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コカシアゲ

標高628m。 高麗川左岸、刈場坂山(ツツジ山表示有)の南にある山。飯能市。

小柏木(コカシワギ)

子の神戸の北、山は深く人家はないが、沢をはさんだ対岸には社がある。
カシワは堅し磐の意もあるが、植物の柏から生まれたのであろう。
小柏木の小は接頭語。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P156』

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2015年5月22日(金)628峰・コカシアゲ山頂

『ものがたり奥武蔵 P57』の略図にある山名。
南西の小柏木、北西の鳥久保、東の岩井沢の三つの小字の境界が交わる山頂。
『ものがたり奥武蔵』の著者の神山氏が地元で聞き込みをして、採取した山名だろう。
コカシアゲだと意味不明だが、コカシワギが訛ったものと理解できる。
南西に柏木という地名があり、それに対して土地が狭いので小柏木と名付けられたようで、もちろん柏の木があったというのが由来。

山頂を南北に、作業道が貫いており、北の外れに電波施設があり、ここが山頂のようだ。

小都津路山(こつつじやま)

標高770m。 高麗川左岸、刈場坂山(ツツジ山表示有)の南にある山。飯能市。
別名:小ツツジ

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2015年5月22日(金)770m圏峰・小都津路山山頂

北の831m峰に、小都津路山の表記があるが、大都津路山が正しいとの注意書きがあり、小都津路山は、標高の低い770m圏峰ということになる。
大都津路山と小都津路山を合わせて単にツツジ山とも呼び、宮内氏の記述には、躑躅山とある。

植林に囲まれた小ピークで、山名標があったと思われるクリアファイルが立て掛けてあったが、中身がなくなっており、何が書いてあったのかはわからない。

大都津路山(おおつつじやま)

標高831m。 高麗川左岸、刈場坂山(ツツジ山表示有)の南にある山。飯能市。
別名:大ツツジ


都津路(ツツジ)

岩井沢の北の広大な山をいう。
初秋には紫のツツジが見事に咲きそろう。
大つつじから水の垂(ミズノタル)、小つつじと登りやがて頂上となる。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P162』

西の岩茸石、東の二ツ岩、南の都津路という三つの小字が831m峰でちょうど交わっている。
小字で言えば、文字通り都津路(小字)の最高地点がこの山になる。

北の879.1m三角点峰は昭和初期に武電が観光開発のためにツツジ山と命名したが、これは間違いということが定説になっている。
831m峰にもツツジ山より標高の低いこの峰に小都津路山の名が公的な指導標に書いてあるが、ツツジ山が間違いというなら、この小都津路山の表記も間違いということになる。
それを証明するかのように、手書きの注意書きがぶら下がっており、それには、大都津路山と書いてあり、「500m北の879m三角点峰がツツジ山ではなく誤認されるところです。」と書いてあるので、本図もそれに従った。

ややこしい話がさらにややこしくなってしまうが、『飯能市史 資料編 Ⅺ』の書き方も誤認があるようで、「小つつじから水の垂(ミズノタル)、大つつじと登りやがて頂上となる。」というのが正解なようだ。
飯能市史でいう頂上とは、879.1m三角点峰のことであろう。

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2015年5月22日(金)831m峰・大都津路山山頂

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2015年5月22日(金)公的な道標には、小都津路山とある

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2015年5月22日(金)手製道標に大都津路山

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2015年5月22日(金)小都津路山が表記された指導標

刈場坂山(かばさかやま)

標高879.1m・三等三角点 点名:正丸。高麗川源頭、刈場坂峠の東にある山。飯能市・ときがわ町。

ここが刈場坂峠でこの峠の三角点、標石(879.1m)のある突起を刈場坂峠ノ頭と呼び、又吾野村の人達はつつじ山とも云っているそうである。



『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著 P123』

今まで外秩父と総称されていたこの峠道一帯を奥武蔵高原と名付け、無名の草刈場の入会地を、草刈場へ登る坂の意味から刈場坂峠と呼ばせ、さらに高原での最高峰の三角点879mをつつじ山と命名しました。


『ものがたり奥武蔵 P182』

苅場坂(カリバサカ) カバサカ

岩茸石の西、飯能市の西北端になる。
北東に苅場坂峠があり西すれば秩父にでる。
カリバは猟の狩場、柴草などの苅場など、いろいろに受け取れるが、文字の上からも地形からもカリ(苅)畑、カリウ(苅生)畑といわれる焼畑であろう。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P163』

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2015年5月20日(水)879.1m三角点峰・刈場坂山山頂

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2015年5月20日(水)山頂からの展望

南西が岩茸石で南東が二ツ岩の小字となっていて、苅場坂は、刈場坂峠の南西一帯で、刈場坂山には接していない。
昭和初期に武蔵野電車が観光開発で刈場坂峠北側にスキー場を作り、その時、刈場坂峠とツツジ山の名が生れたようだが、どちらも字名があるので、これを参照して名付けたようだ。
879.1m三角点峰には、ツツジ山の標示があるが、これは間違いとの意見が数多く聞かれ、それに従い、『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著』の資料を元に、地図では刈場坂山(刈場坂峠ノ頭)と表記した。
宮内氏も『ハイキング 81号 P8』で刈場坂峠ノ頭と呼んでいる。

また横見山(二子山)は、『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著 P120』に「刈場坂峠の西に二つ頭を持った山」とあり、現地を訪れて調査検証した結果、同書が正しいことがわかったのでそれに従って刈場坂峠の西の860m圏峰を横見山と表記した。
参照⇒横見山

横見山(よこみやま)

標高860m。 高麗川源頭、刈場坂山の西にある山。飯能市・ときがわ町。
別名:二子山・牛立ノ久保


次に一寸書き添えるが刈場坂峠の西に二つ頭を持った山は横見山と云い、大野峠の手前の山を陣場平山と云う。



『奥武蔵 ハイキングペンクラブ 著 登山とスキー社 P120』

次の同じ880mの二つ並んだ突起はウシタテノクボで、山稜はここで東微南に傾く主稜と、西南に走る尾根とに分れる。
ウシタテノクボ(牛立ノ久保)の西から出る沢は川鳥(カワドリ)ノ沢となって芦ヶ久保川へ注ぎ、東から出る沢は陣場ヶ久保となる。
俚称この沢の水は毒水と伝えて、未だに飲まぬと云う。



『ハイキング 81号 P8.』

横見山山頂
860m圏峰・横見山山頂

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横見山指導標

ハイキングペンクラブ(著者代表:小林玻璃三)によって書かれた『奥武蔵』によると、横見山は「刈場坂峠の西に二つ頭を持った山」と書いてあり、地図を見ると確かに刈場坂峠の西に二つの頭を持った山がある。
このことから、二子山の別名もあるが、どちらが雄か雌かは不明である。

860m圏峰の北側には巻道があり、かつては越生から秩父へ荷物を積んだ牛が行き来をしていて、横に見上げる山だから横見山の名がついた。
また牛立ノ久保の名もそこから出たようだ。
奥武蔵では、クボとは山頂のことなので、宮内氏のいうように「880mの二つ並んだ突起はウシタテノクボ」というのは間違いでは無く、横見山の別名として妥当である。
横見山の西鞍部の指導標に牛立久保と書かれているが、これはクボの意味を理解しないで、鞍部の名と勘違いして設置してしまったようだ。

『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著』では、刈場坂峠の東の879.1m三角点峰を刈場坂峠ノ頭としているが、これは刈場坂山で詳述する予定。

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横見山北側の巻道

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横見山西鞍部の牛立久保(本来は山頂の名で横見山の別名)

第80回所沢古本まつり

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待ちに待った~!
というわけでもありませんが、古本まつりの季節がやってきました~!

80回という節目の開催と2016年最後ということで、気合いを入れて、オープン前に行くことに。
寝坊しましたが、10時に家を出ても早すぎるくらい早く所沢駅に到着。
吉牛で、豚丼350円を食してから、いざ決戦場へ~!

10:55
駅前に出たら、びっくりくり~w(☆o◎)w
ものすごい行列ができており、並ぶのをためらってしまいます。
人込みはもちろん、行列も苦手です。

11:05
遠目で観察していると、列が前に進みだしたので、おそるおそる近づきます。
するとほとんど人が1階の50円均一コーナーに殺到。
やすやすとエレベーターに乗れました。

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ものすごい行列

今回の特集は、映画、音楽、芸能ということで、映画のパンフやレコード、芸能雑誌などが特集コーナーに置かれております。
旅行とか自然特集なら、山岳古書が並ぶんですけど、さすがに芸能関係じゃ山岳古書は並びませんね。
1時間半かけて、総額4482円遣いました。
なんか目が疲れたなあ。

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志賀高原 マウンテンガイドブックシリーズ 4 朋文堂』定価130円 価格200円 昭和33年5月1日初版発行

この本は、昭和35年3月10日三版発行で、著者は田中勝経氏。
ハイキングガイドというより、スキー場や温泉の紹介が多く、巻末に付属の地図があります。
マウンテンガイドブックシリーズの箱根・伊豆が800円だったので、200円という値段はかなりの破格なので、迷わず購入。

美ヶ原高原 マウンテンガイドブックシリーズ 14 朋文堂』定価100円 価格200円 昭和30年5月25日初版発行

この本は、昭和32年7月10日七版発行ですから、志賀高原よりも倍以上売れたようですね。
著者は、桜庭留三郎氏・斉藤守氏。
上記志賀高原と共に並んでいたので、価格も200円と激安だったので迷わず購入。
マウンテンガイドブックシリーズ 8の奥武蔵を持っていないので、欲しいんだけど、なかなか出回らないようで、見かけたことがありません。

檜原・歴史と伝説 小泉輝三郎 著 武蔵野郷土史刊行会』定価1000円 価格1500円 昭和54年3月31日初版発行

不運の姫、松姫や横地監物について書かれており、購入しました。
これによると、横地監物は、檜原城から小河内峠へ逃れて自刃したとあり、いつか逃走経路をたどってみたいものです。
見取図がいくつかあって、知らない名所も書いてあり、思わず出かけたくなります。
檜原関係の書籍は、色々買ってあり、この本はダブリかな?
と恐る恐る本棚を見てみたら、瓜生さんの本が3冊ありましたが、この本はまだ購入していなかったようで一安心です。
定価より、500円高いなあと思ったら、日本の古本屋で1500円のがいくつかあり、中には3000円の値がついているものもあります。
1000円のが一冊だけあり、これは安いですね。

多摩の地名 保坂芳春 著 武蔵野郷土史刊行会』定価1200円 価格800円 昭和54年12月20日初版発行

極指、恩方、案下などの地名の由来が書かれていたので購入。
それによると案下は、アイヌ語のPanget-Pet(川の下)のP音が省略されてアンゲとなったといいいます。
関東の地名で、アイヌ語説を唱えるのも珍しいことですが、私は理にかなっていると思います。

古地名と日本民族 畑中友次 著 創元社』定価320円 価格500円 昭和35年7月20日初版発行

地名から日本民族が様々な民族から成り立っていることを証明しています。
これこそが、日本の地名が難解と言われる理由の一つなのです。

岳人 1970年9月号』定価200円 価格200円 昭和45年9月1日発行

特集が奥秩父であり、原全教氏が寄稿しているので、迷わず購入。
その他、四つの『雁ヶ腹摺』で岩科小一郎氏が、妖影で真鍋健一氏が寄稿しており、これは買わないわけにいかない。
面白いのは、登山地最新情報で、今は無き獅子口小屋について書かれてあり、素泊500円二食付1100円などとあり、日ノ出山や三頭山のように登山道を階段に整備するのはやめて欲しいとのことが書いてあるが、どこの登山道のことだろう?

昭和30年5月25日発行の『奥多摩 山と渓谷社』で石尾根と略して書かれたのは誤りであるとして抗議しています。
今日ではすっかり定着している石尾根の名称もかつては紆余曲折があったようです。

調べてみると、確かにP88に石尾根とあり、宮内本に石尾根の名が見当たらないので、『奥多摩 山と渓谷社』が石尾根の名付け親というか真犯人のようです。

七ツ石尾根が略されて、石尾根になったと思っておりましたが、山と渓谷社のガイドブックがきっかけだとは初めて知りました。

岳人 8月号136号』定価100円 価格200円 昭和34年8月1日発行

南アルプス特集なので購入。

岳人 8月号160号』定価120円 価格250円 昭和36年8月1日発行

甲斐駒周辺特集なので購入。

むすび山から高川山

2016年11月29日(火)
大月駅~むすび山~オキ山~峯山~天神峠~尾曾後山~高川山~シラノサワコース~熊峠~禾生駅

体調崩している間に秋が終わってシマッタ~。( iдi )
雪も降ったしな~。
鹿鳴ノ滝には、もう一度行きたかったのですが、標高を落として秋の名残りを楽しむために高川山へ出かけることにしました。
高川山へは初狩からが一般的ですが北側なので、朝日を浴びながら登れる大月から縦走することにします。
最近は方角にこだわって登るのがマイブームです。

大月駅から富士急行線沿いに進み、国道に出たら右折。
大月橋付近で工事をしておりまして、以前ハマイバ前からバスで帰ったら、ひどい渋滞に巻き込まれ、30分も遅れてしまいました。
今日も20号が渋滞しており、早く工事を終えて欲しいものです。

病院手前の長浜ラーメンが気になります。
逆コースにすれば良かったかも。(笑)

登山口はどこだろう?以前、迷った場所でまたしても迷ってしまいます。
山道の手前には、民家があるのですが、「アスファルトに泥を落とさないでください」との注意書きがあります。
雪が降った後などは、泥濘になる道なので注意が必要です。
大月から登れば、泥を落とす心配は無用です。

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大月橋の西から高川山と鶴ヶ鳥屋山

久しぶりのむすび山は、相変わらず展望抜群!
竪穴は、B29の音をここで聞いていた場所なのだそうです。

ここから先は、低山ながら雑木の黄葉が楽しめる良い道です。
中央線沿線は、こういう所が魅力の一つです。

512.9m三角点峰は、鉄道省の本にオキ山とあります。
むすび山がトバで、その奥の山なので、オキ山の名があるようです。

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むすび山山頂(防空監視哨跡)

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岩殿山、百蔵山、扇山、菊花山

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秋色の登山道

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512.9m三角点峰・オキ山山頂

以前来た時は、植林が低くて展望がすごかったのですが、あれから数年、さすがに伸びてきましたね。
それと、あちこちにあった岩殿クラブの指導標は一つ残らず撤去されておりました。
なんだか寂しい気がしますね。

祠を見ると天神峠で、その先にも祠がありました。
数年前の大雪でも潰れていなかったのが嬉しいです。
585.3m三角点峰は、尾曾後山の名があります。
天神峠の別名が尾曾後峠なので、その近くの山という意味でしょうが、オソゴとはなんでしょうか?
オソは緩やかな傾斜地という意味で、ゴは場所を示す接尾語「コ」が濁音化したようです。
緩やかな傾斜地は、耕作地に適していたので、この名が付いたのでしょう。

登山道から尾曾後山を往復しますが、やや荒れております。
昔は、ちゃんとした道があったんですけどね。
灌木の藪の先に三角点を見つけてホッとしました。
高川山の眺めが堪能できるのも良いのですが、訪れる人はほとんどおりません。

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菊花山~御前山~馬立山が見える

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峯山(峰山)山名標

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585.3m三角点峰・尾曾後山山頂

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尾曾後山からの高川山

休憩に最適な岩場を過ぎると、ぬかるんだ急登となります。
ロープがありますが、それでも滑ります。
コロコロくんを操作しながらだとバランスがとりにくく、ズルズルと何度も滑って、ロープにしがみつき、悪戦苦闘しました。
登りでこれだけ苦労したのだから、下りはもっと大変かもしれません。
コロコロくんを素直にコロコロできない場所は、注意しないといけない場所です。

その後も露岩が続いて、以前歩いた時、この岩で膝をぶつけてめっちゃ痛かったんだよなあ。
と嫌なことを思い出してしまいました。
痛い思い出というのは、いつまでも忘れないものなのですね~。
二度も膝をぶつけたら、学習能力がないってことなので、慎重に足を運び方ました。
その後もロープの張られた所が続き、露岩を乗り越えて進むダイナミックな道が続きます。

狼煙台跡と書いてありましたが、以前はあったでしょうか?
それを見るとまもなく高川山山頂です。

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ぬかるんで滑りやすい

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大岩

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狼煙台跡

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高川山山頂

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高川山からの富士山

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リニアが~

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ビッキー

さよならビッキー

高川山の名物犬、山頂近くで逝く
その犬は大月市と都留市の境にある高川山(標高975m)に10年近く前から住みついた。
8合目付近を過ぎた登山者をまるで案内するように山頂に導き、テレビのペット番組やネットでいつしか「山頂犬」や「仙人犬」と呼ばれ、誰かが「ビッキー」という名もつけた。
そんな名物犬が息を引きとっているのが、2010年10月6日、見つかった。
ビッキーは雌で、体調60cm。
年齢不詳ながら、毛並みに白い毛が多く交じっていた。
決して吠えず、登山者が歩く道に、いつも静かに姿を現したという。

ふもとから1時間ほどで登ることができるため、首都圏などから繰り返し訪れる人も多い。
有名になってから”彼女”目当てに登る人も増え、ネットのブログには「仙人犬に会ってきました」という書き込みも残る。

山頂付近で亡くなっているのを東京都町田市の人が見つけた。
けがなどはなく、病気や老衰のためとみられる。
知らせを受けた大月市の産業観光課は、ビッキーが長年住んでいた山の中に葬ろうとしたが、土地所有者の同意をすぐに取れないため、ふもとのお寺に7日埋葬した。

2010年(平成22年)10月9日
朝日新聞 MY TOWN 山梨より



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2006年3月21日(火)在りし日のビッキー

風の噂でビッキーが亡くなったと聞いておりましたが、熊に襲われ入院費用を支払ったら極貧生活になってしまい、気がかりであったものの、なかなか訪れることができませんでした。
登山詳細図製作の過程でようやく今日訪れることができたのです。

それにしても、ビッキー捕獲作戦があったとは知りませんでした。
飼い犬にならずに、高川山の主として生き抜いたビッキーは漢(おとこ)です。
雌犬なんだっけ?

山頂に着いて弁当を出すと、ビッキーが近寄って来て、もの欲しそうな顔でこちらをじっと見つめるので、耐えきれずおかずをいくつか投げてやると、それをくわえてどこかへ逃げてしまうのです。
石橋を叩いても渡らない慎重な犬ですね~。
誰もビッキーのご馳走をとったりしないのに~。

山頂でパンを食べていると、どこからかビッキーがやって来て、食い物をねだるような気がしますが、山頂は静まり返ったまんまです。
ビッキーはやって来ません。
確かにいなくなってしまったようで、寂しい気持ちになりました。( iдi )

さて、下山はシラノサワコース(古宿西コース)で禾生へ向かいます。
いきなりものすごい岩場が出て来てビビリます。
ロープに体を預けないと下れないので、ストックやコロコロくんを下に放り投げてから下ります。
本日一番の危険箇所です。
ここをハイキングコースにしちゃっていいんでしょうか?
このコースは登りがおすすめです。

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シラノサワコース(古宿西コース)恐怖の岩場

その後もロープのある急下降があり、肝を冷やしましたが、それを過ぎると平凡な道になりました。
谷筋に下ると日影に入ってしまい、薄暗くなりやはりこのコースは、登りにとる方が良いようです。

久しぶりに熊峠を通ると、どうぞ歩いてくださいと言わんばかりの三角点への道がありました。
いつか歩けるでしょうか?

川茂橋は架橋されていて、迂回せずに禾生駅に着くことができました。
大月駅のそば屋は、工事中で残念。
まさか閉店?

西国のすき家で牛丼350円を食して帰宅しました~。

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大棚集落から見る道志山塊

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熊峠にも熊が出るらしい

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真新しい川茂橋

長尾根山(ながおねやま)

標高273m。 関ノ入谷右岸、愛宕山の東にある山。飯能市・日高市。

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2015年3月11日(水)長尾根山山頂

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2015年3月11日(水)長尾根山山名標

関ノ入谷右岸の尾根が長い尾根で、そのピークに付けられた山名。
『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』にも載っていないし、手元の資料を探しても山名は見当たらない。

急登を強いられる山なので、巻道もある。

インフルキャンセル

昼夜交代勤務がさすがに体にこたえるようになってきました。
昼勤から夜勤への切り替えがなかなかうまく行かず、頭痛と寝不足と睡魔と闘う毎日です。

恐ろしく広い会社なので、入口から建物まで徒歩10分もかかり、それだけでも毎日だと疲れます。
山のトレーニングにはなりそうですが…。

一昨日は、昼勤明けで山へ行くには絶好の日和りだったのですが、インフルエンザの予防接種を受けるように言われ、立川の病院へ出かけました。
こんな快晴の日は山に行きたかったよ~。

病院で待つこと数10分…。

看護師さんがやって来て、「お待たせいたしました~、今回のお代はけっこうですので、お帰りになって大丈夫です。」

と言われました。

一瞬、おかしいな?
まだ注射やってないんだけどな?

と思いましたが、大嫌いな注射をせずに、帰っても良いという解釈をして、こりゃ儲けもんとばかりに病院を飛び出しました。

せっかく立川の大都会まで出て来たのに、何もせずに帰ったんじゃもったいない。

なんかうまいもんでも食って帰ろうと思い、ブラブラ…。

カレーライスのお店があるとの看板を見つけて、路地を入るとありました。
隠れ家のようなカレーショップですよ。

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時刻は11:55なので、店内は誰もいません。
最近のお昼は、レトルトカレーばかりですが、カレーはやっぱり飽きません。

とにかく、せっかく立川まで来たのだから…という思いと空腹に耐えかね、迷わず入店。

店内は、カウンターだけのシンプルな作り、丸椅子が並んでおります。
この後、客が来ると思われるので、いっちゃん奥まで進みます。

チキンカレーとか一般的なメニューが並び、縁起の良いカツカレーを注文。
もう何と勝負しているのかわかりませんが、とにかく勝つことにします。

人生に?

普通のお店って、低い壁があって、料理の様子が見えるようで見えないようになっているんですが、ここは丸見えなんですよ。
盛り付けとかミスっても丸見えなんです。

以前、飲食業やってたこともあるのでわかるのですが、よほどの自信がないとこのスタイルはできません!

粋でいなせなお兄様が一人でお店を切り盛りしているようで、大きなカツを冷蔵庫から取り出し、ジャー!とフライヤーへ投入!
いくつも小さな鍋があるのは、何が入っているんでしょうかね?

左の一番大きな、ラーメン屋で使うような寸胴には、きっと煮込まれたカレーがたんまり入っているのでしょう。
一度でいいから、がぶ飲みしてみたい!

付け合わせはラッキョウと福神漬けで、ちょっと値が張るラッキョウが置いてあるって~のは嬉しいですね。
そうこうしているうちに、店内はあっちゅう間に満席になっておりました。

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最初にこんなかわいいサラダが来ましたよ。

あまりの可愛さに、胸がキュンとしてしまいました。

三口でペロリ…。

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来ました~!

カツカレー1080円

横にちょこんと添えてあるコロッケが手作りコロッケで、じゃがいもがフワフワでうまい!
コロッケだけでいけるじゃ~ん!

魔法のランプのような容器(グレイビーボートというらしい)にあるカレーってのも、池袋のデパートの食堂で食べたカレーを思い出してしまい、とても懐かしいです。

自分でカレーをかけながら食べるスタイル、好きですね~。
個人的には、混ぜないでさくさく食べるのが好きです。

チーズカレーだとこれにチーズが入っていて、スプーンを使わずにそのまま流して入れてくださいとか書いてあり、今度来た時はチーズカレーを頼みたくなってきます。
注文した後で、やっぱチーズカレーにすれば良かったかな?と後悔しました。

男が一度決めたら、最後まで一途に筋を通します!
浮気はダメダメ~。

カツはスプーンでちぎれるほど柔らかく、欧風カレーとの相性バッチリです。
立川まで来たかいがあるってもんです。

お会計を済ませてお店を出ると、二人ほど外で待っている客がおりました。
人気あるんやな~。

家に帰ってまったりしていると、携帯の着信履歴に、見たこともない電話番号が15件ほど入っていて、びびりました。

どこの誰がこんなストーカーみたいなことしてるんだ~?

コワッ!

あまりにも、何度も何度もかけてくるので、「ちょっと、しつこいよ!」と軽く説教してやろうと電話に出たら、若々しい女性の声が…。

どこかで俺に惚れてしまった女子がいたのでしょうか?

いやいやいやいやいやいやいやいやいや…。

やっぱり怪しい…。

新手の詐欺か?

と思いつつ、よくよく話を聞くとお昼にインフルを受けに行った病院のようで、「間違えてお帰ししてしまい、すみませんでした」
と何度も謝ります。

これでようやく、事態が飲み込めました。

つまり、私は他のインフルが終わった患者に間違えられて、受けていないのに、帰されてしまったようなのです。

「え?インフル受けなくていいの?やった~!」と浮かれていた自分が恥ずかしくなってきます。

それにしても、ま~た立川まで行かねばならんのは面倒くさいなあ。

夜勤が始まり、そのことを同僚たちに話すと、大爆笑されてしまいました。

社内でインフルを受けていないのは私だけとなっておりました。

いやはや、早とちりも恥ずかしいもんだ。

同僚の一人が鋭い指摘をします。

「インフルエンザになってから、予防接種したんじゃ意味ないんじゃないの~?(笑)」

確かに、それはいくらなんでもアホ過ぎるな…。
12/5にインフルエンザ予防接種を受けに、再び病院へ行くことになっております。

それまでに、風邪など…ましてやインフルエンザなどにかからぬよう、よりいっそう注意せねばなりません。

徹夜で夜勤をこなしたので、少々熱っぽい気がします。
こりゃあ、ヤバイな…。

城ヶ峰

2016年11月6日(日)
落合入口バス停~桜井峠~一古沢バス停~稲荷神社~烽火台跡~城ヶ峰(堂所)~クロコマ峠(一古沢峠)~上野原駅

この前の合同踏査で、行きそびれてしまった桜井峠~一古沢を踏査することにしました~。
日曜なので、無生野行きは数人のハイカーが乗っております。

落合入口で下車して、桜井峠の北側から峠を目指します。
ポストがあって、民家の入口っぽいですが、すぐに民家への道(立入禁止)を分けて、どんどん上がって行きます。

桜井峠手前の扉はどうやって入るのかな?と思っていたら、扉じゃなくて扉のような柵が置いてあるだけです。
少し動かして、中に入ったら元に戻します。
一古沢への道は、巡視路にもなっているので歩きやすい尾根道です。
扉を開閉して進むと、明るい雑木林になり雰囲気が良くなります。
車道に出るとしっかり指導標があったのでびっくりしました。

一古沢バス停へ行くと、城ヶ峰、堂所の文字が落ちており、稲荷神社まで戻って奥へと進みます。
一古沢は明るい山村で、冬の日だまりハイクにはもってこいの場所です。
地元の方に、烽火台跡の場所を尋ねると、神社の裏ということでした。

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桜井峠入口

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雑木で明るい

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ネコ耳のような三本杉山東尾根

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城ヶ峰、堂所

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烽火台跡

烽火台跡には、いくつか石造物があり、信仰の場だったようです。
更に奥へと進みますが、薮っぽいです。
ピークに着くと、甲斐国志にある城ヶ峰で、平らな場所なので、堂所とも呼ばれているようです。
祠があり、奥ノ院だったようです。

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城ヶ峰(堂所)山頂

薮っぽい道を更に進みます。
むむ?あのピークは何かあるな?
と予感がして行ってみたら、明治期の養蚕信仰にまつわる石造物が並んでおり、驚きました。
ここまで来る人は、なかなかいないでしょう。
村人にも忘れ去られてしまっている石造物を見つけてしまいました。

トラバース道を見つけて進みますが、細くなって来て、柵のある尾根にぶつかり、柵伝いに登りますが、かなりの急登でへばります。
先ほどたどって道をたどって、車道に出たら北へ進みます。
石垣の所で山道に変わり、峠道っぽい雰囲気です。
右下からも道が上がって来ているところがコマクロ峠のようです。
静かな峠の雰囲気で、悪くはありません。

でもその後、道が荒れて来て、倒木やシノヤブで歩きにくくなり、廃道に近い感じで、車道に出ると落合への旧道が分岐する地点ですが、薮で入口がわかりません。
これじゃあ、行きで通った時に見つけられなかったわけだ。

バスが来るのは2時間後なので、上野原まで歩いて、駅前食堂に入ります。
牡蠣カレー焼き飯は、大粒の牡蠣が濃厚で、焼きカレーもうまかった~。

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養蚕信仰の名残

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トラバース道を進む

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コマクロ峠(一古沢峠)

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北側の入口は薮

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バリアフリー化工事

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牡蠣カレー焼き飯 970円

鹿鳴ノ滝紅葉!

2016年11月5日(土)
ハマイバ前バス停~日向部(ひなたべ)・桑西駐車場~桑西林道~鹿鳴(ろくめい)ノ滝~1525m点~ハマイバ丸~往路を戻る~ハマイバ前バス停

静かな山歩きを求めて、紅葉していると思われる鹿鳴ノ滝へ行くことにしました。
以前、歩いた時は、夏の花が咲き乱れている最中でしたが、あれから数年、どう変わっているのでしょうか。

ハマイバ前バス停から車道を歩くこと50分。
日向部のテニスコートに着きました~。
って駐車場になってるじゃないですか~。
市営桑西テニスコートの道標が寂しいです。
考えてみれば、なぜこんな山奥にテニスコートが必要なのか疑問もありましたが、やはり閉鎖になりましたか。
桑西林道を入って行きますよ~。
林道終点に着くと、以前とは違う光景にびっくりです。
なんと作業道が延びているじゃあ~りませんか!
しかも、重機があって、できたてホヤホヤの感じです。

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日向部のテニスコート跡から桑西林道へ

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林道終点から新たな作業道が…

作業道は、砂利が丁寧に敷き詰められ、平らにならされております。
この後舗装するのでしょうか?
どこへ行くのかわからない作業道に怯えつつ、進んで行くと、やがて終点になってそこから山道になっており、ホッとしました。

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作業道終点から山道

でも、この辺りの記憶は、ほとんどないので、半信半疑です。
やっぱり道を間違え炭焼き窯跡で行き止まり、引き返すと下へ下る道を発見です。
手製道標が出て来ますがこれも見覚えが無く、無視して進んだら確かに崩壊しており進めなくなりました。
すみません、ちゃんと指示に従っていれば良かったです。
でも、巻道が良くわからないので、白看板の裏から高巻いてトラバースします。
降り口に苦労しましたが、緩い斜面を見つけてそこから沢べりへ下ります。

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手製道標

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崩壊地点

ピンクテープがやたらとあって、どうやら巻道のようです。
しっかり調べておかないといけません。
戻って見ると、かなりの大回りですよ。
手製道標からだと、やや下流へ戻る感じで沢べりに下るのですね。
これはちょっと難しかったなあ。
右岸へ渡ってから左岸へ戻る感じですが、徒渉に多少てこずります。

巻道探索にけっこう時間がかかってしまいました。
トタン板の散らばる場所を過ぎると、沢沿いの道はわかりにくく、ルートファインディングに時間がかかります。

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まだ緑が多いジョーロザス沢沿いを進む

鹿鳴ノ滝が近くなると、紅葉が出て来て感激!
左俣にある滝を見に行ってみましたが、日当たりが悪くて、地味な印象なのが残念

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鹿鳴ノ滝下段の小滝

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左俣にある滝

鹿鳴ノ滝は、明るく開放的ですが、もうちょっと色が欲しいですね~。
でも、奥にある紅葉が秋らしくて良いですね~。

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鹿鳴ノ滝

なんか赤テープが増えてますよ~。
右へトラバースして上がった後、左のトラバース道にも赤テープがあって、行ってみると途中でわからなくなり、尾根に戻りました。
踏み跡が途中で横切ったので、先ほどのルートのようです。

そのうち、前も後ろも紅葉がすごくなって来て、首が痛くなるほど…。
まさかこれほどとは予想外です。

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紅葉だらけ~

GPSを頼りに、スズタケの縁をたどって1525m点へ行ってみます。
いや~すごい紅葉ですよ~。
ピークでは無く、鞍部の辺りが1525m点でした。
この周囲の紅葉もすごい…。

この先の急登は、記憶にありますので、リュックをデポして登ります。
仕事の疲れが出てきついです。
往路を戻る事情も出て来たし。

右側が崩壊しているので、寄り過ぎないよう注意です。
特に積雪時は、庇を踏み抜いてしまう恐れがあります。

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1525m点

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急な登りが始まる

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雁ヶ腹摺山が見えてちょっと一息

踏み跡や赤テープがありますが、とにかくものすごい急登です。
ここを下るのやだな~。

左に草地が見えると、以前はそこから出たような気がしますがその上で、縦走路に出ました。
ハマイバ丸からの富士山はちょっと薄くなっており、時計を見たら13時ですよ。
こりゃあ時間かかり過ぎだあ。
紅葉狩りに時間をとられましたね。

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以前とは違うここに出た

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ハマイバ丸からの富士山

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1525mをパスして本来の尾根を下るとここも紅葉がすごかった

登って来た尾根をまた下るのもつまらないので、南東へ向かう踏み跡をたどってみます。
窪地でワイヤーを見ると、スズタケの薮ですが、ちゃんと踏み跡があります。
広場に出ると、あやふやになりますが、ここも紅葉が見事。
酒瓶を見て、その右から下ると、トラバース道らしきものを発見。
スズタケの薮をかき分けつつ西へトラバースします。
こういうことができるのもGPSのおかげですね~。
登りで使った尾根に合流すると、スズタケの薮から解放されますが、振り返っても入口がわかりません。
さらに進むと、尾根道に合流し、登りで発見した踏み跡と判明。
直登ルートとは別に、大きくジグザグを切っている女坂もあったのですね~。

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尾根を外れて踏み跡をたどって行くと?

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スズタケの薮

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紅葉の広場に出る

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酒瓶が落ちている

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スズタケのトラバース道を振り返るが、わかりにくい

鹿鳴ノ滝をまた見ますがすっかり日が傾いて、薄暗くなっており、急ぎます。
ハマイバ前バス停に着くと、15:50で土休日は16:25が無いので、17:15まで待ちました。
中央高速が大月~調布まで渋滞しているらしく、それを避ける車で国道も渋滞。
大月には、20分ほど遅れて到着し、乗る予定だった電車には乗れませんでした~。( iдi )
鹿鳴ノ滝は、近々また行く予定です。

明日は、桜井峠~コマクロ峠を歩きますよ~。

五常山(ごじょうやま)

標高305m。 関ノ入谷右岸、小瀬名富士の南西にある山。飯能市・日高市。

関ノ入谷とヘバラ谷の間にある尾根にある山で、植林に囲まれ展望は無い。

五常(ごじょう)とは、儒教で説く5つの徳目で、仁・義・礼・智・信を指し、五常ノ滝の南西に位置するので、名付けられた。
『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』に載っている山で、それを参考にした方が山名標を作ったものと思われる。

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2015年3月11日(水)五常山山頂

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2015年3月11日(水)五常山山名標

三本杉山南尾根

2016年11月2日(水)
神野下村バス停~都留線148号~三本杉山~都留線144号~中野~大地~大丸~四方津駅

平日の無生野行きに乗ったのは私一人です。
この路線、大丈夫なんでしょうか…。
道が狭い場所があるので、少し小さめのバスです。
利用客も少ないから燃費の良い小型バスがいいよね。

神野下村バス停で下車して、旧鎌倉裏街道の看板の裏から登ります。

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都留線148号入口

最初は急坂で、木につかまりながら登り、トラバース道が出て来たら、そちらに入って、右に折れて尾根に乗って尾根上を進む感じです。
試しにトラバース道をそのまま進んだら行き止まりでした。
擁壁工事のための道だったのでしょう。

しばらく歩きやすい尾根道でしたが、倒木や灌木の藪で歩きにくくなります。
切開きに出たら左へ行くと、都留線148号です。
南の尾根に踏み跡があって、行ってみましたが、尾根上は灌木の藪が酷くて進めなくなり、左の踏み跡も途中で消えて薮になりましたので、先ほどのルートが正解なようです。

明瞭な巡視路もありますので、時間のある時にゆっくりと探索してみたいものです。
ちなみに、この辺りの尾根はいくつか歩いたことがありますが、622m峰の尾根は、密薮で傷だらけになりました。
今はさらに酷い薮になっていることでしょう。
その東隣の尾根、433.9m三角点峰の尾根とその東隣の尾根も歩いたことがあります。
いずれも広葉樹林が多くて楽しい尾根です。

斜度40度はあろうかという急登は、本当に厳しいです。
私の足腰は、ここで鍛えられたのかもしれません。(笑)
時々、石ころが勢いよく転がって行きます。

植林が切れて、伐採跡地になりますが、以前歩いた時よりも、樹木が成長しており展望が悪くなっていたのは残念です。
でも、岩峰は相変わらずの好展望!
道志山塊が一望できて、今までの苦労が報われます。

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岩峰

灌木帯の急登をこなして行くと、いくつかコブを越え、倒木の根っこがやっかいな場所が出て来ます。
両手が塞がっていると流石に厳しいですね。

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岩峰から南の道志山塊が一望!右は二十六夜山

見覚えのある場所に着いたら、先日上がって来た尾根が左から合流し、三本杉山はすぐそこです。
ここにリュックを置いて、山頂を往復したら、わずかな景色を楽しみつつ、パンを食べます。
ほんとに最近、年のせいなのか、食が細くなって、パン一個でもつようになりました。
いいのか悪いのか良くわかりませんが、費用面から見るとお得ですね。

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都留線144号分岐でランチタイム!

それでは、腹も膨れたし、都留線144号目指して下るとしますか~。
歩きやすい尾根に間違えて入ってしまい、サガサワキャンプ場へ向かってしまうところでした。
しかし、この尾根も気になるなあ。
戻って、左の尾根をわずかに下ると、この前都留線139号から登って来た場所です。
ついこの前なのに、懐かしく感じます。
考えてみると、あのルートはなかなか良いルートだったと思いますよ。

この後、やはり急下降となり、木につかまりながら慎重に下ります。
シノヤブはここにもありますが、薄いし短い距離です。
その後、急に視界が明るくなって、送電線鉄塔に飛び出て、ちょっぴり感動!

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この前、都留線139号から上がってここに出た

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露岩のある都留線144号

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眺めが良いので休憩に最適

このまま尾根上を下るか、巡視路を下るか迷いましたが、左の巡視路をチョイス!
吉と出るか凶と出るか、ドキドキする選択ですね~。
小沢を渡って、別の尾根上を下ります。
この辺りは複雑なんで、地図が欲しい~。
って今、作ってんだよね~。

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崩壊気味のトラバース道には、補助ロープがある

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急な下りにはお助けロープがある


でででででた~~~~!













































恐怖の木橋…。

高所恐怖症の私にはつらいです。





































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こわっ!(°口°;) !!

長さ50mはあろうかという長大な滑滝に木橋を渡しちゃってますよ。
落ちて滑ったら、止まらないかも~。
これはスリル満点ですね~。
なんて、呑気なことを言ってられなかったですよ。
マジで怖かったです。
高所恐怖症にはつらい。

その後、分岐になり、左はジグザグに上がっているので、右のトラバース道へ。
早く帰りたいという気持ちの焦りが、判断を狂わせてしまいました。
この道が廃道なのは後で気が付きました。
細くてやばいトラバース道だなあと思いましたが、なんとか通過、先ほどの沢のやや下流へ来ると滝がありました。
秋山にはいくつか滝がありますが、名前がついているのかな?

その後、シノヤブと格闘し、沢へ出そうになりますが、なんとか踏みとどまって、水平に進みます。
それにしても酷い道だなあ?
と思ったら林道に出ましたよ???
振り返ると色あせた赤テープがありました。
おそらく、この道は、林道ができてから廃道になった昔の道なのでしょう。
すぐ近くに林道があったことにまったく気付かなかったのでショックを受けました。
まだまだ未熟やな~。
( iдi ) ハウー

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間違えて右のトラバース道(廃道)へ入ってしまう

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滝が見れたの良いけど…

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酷い道だったけど、色あせた赤テープがあった(笑)

林道を上流の方へ戻ると、やっぱりプラ製階段があって、下ると先ほどの分岐。
その距離わずかに20mです。

なんで、こんなすぐ上の林道に気づかなかったんだろ~?
ショックショックショック…。

平日の午後は上野原へ行くバスが無いので、昔の旅人のように、峠越えをして四方津へ出ようと思います。
時刻は12:50です。

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林道入口

大地へ向けて歩きますが、車の通りが少なく、のんびり歩けるのが良いですね。
バス停の写真がたくさん撮れるのが個人的にはうれすぃ~。(≧∇≦)
尾根上ルート入口も発見しましたよ。
こちらの方が楽かもね。
私は、巡視路の方がアドベンチャーで楽しかったですけど。
中央館もなぜか懐かしい。

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尾根上ルート入口

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この前、合同踏査で集合した場所

大地から大地峠目指して進みます。
林道工事で、登山道が使えなかった時は、キャンプ場の右へ入って、甚之函山経由で行っていた時代もありますが、今では道形も消えてしまい、過去の話です。
あの時歩いておいて良かったなあ。

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嵯峨沢支流の三滝

あれ?

林道が延びてる?

うそ…。

草ボウボウでまったく歩かれていないようす。

やっぱり、登山道が廃道になってる~!

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かつてのハイキングコースも廃道に…

昔は、林道終点から山道で上に上がったのですが、林道が延伸され廃道になったようです。
ぐるっと迂回している林道を進み、かつての登山道を上からさぐってみますが、まったくわかりません。

昔、歩いた道が、消えてしまうのは、なんだかちょっと寂しいですね。
腹が減ったので、道志山塊を眺めつつ、二度目のランチ…。

あれ?

あの白い橋はなんや?

リニアか?

リニアが道志山塊をぶち抜いてる(°口°;) !!

わしの好きな道志山塊が~。

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リニアが道志山塊をぶち抜いてる(°口°;) !!

あそこに駅を作ったら、長尾山とか近そうだな。
需要無くて赤字になりそうだけど~。
なんてありえない妄想をしてしまいます。

久々に、リニア残土捨て場のようすを見に行ってみました。
以前は、ダンプカーが来て、土砂を神田木沢へ捨てており、物々しい風景でしたが、シーンと静まりかえっております。

うわ!

工事が終わってるやんけ~!

時の流れっちゅうのは恐ろしいな~。

なんか、どこかのスキー場みたいになってますよ。
雪が降ったらソリで滑れそう…。

昔は、この下の道も歩いたんですよね~。
まさか、残土で埋まってしまうとは~。( iдi )

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甚之函山とリニア残土捨て場

やっぱり、林道も延伸してますね~。
かつて歩いた、熟達者向きルートが立入禁止になっており、あの時歩いておいて良かったと思います。
林道のルートが、東に来ないのは良かったですよ。
これで、399も安泰です。

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昔歩いた熟達者向きルートが立入禁止

四方津には、15:40に到着しました。
木金と仕事をして、土日が休みです。
久々の土日休みはどこへ行こうかな~?
土曜は、本社ヶ丸か大蔵高丸。
日曜は、桜井峠~一古沢~城ヶ峯~コマクロ峠で軽い踏査の予定。

深沢山東峰(ふかざわやまとうほう)

標高350m。 ヘバラ谷右岸、愛宕山の北にある山。飯能市。
別名:コワタ

ヘバラ谷

高麗川の北、白子東端の地。
ヘバラとは臭いバラがあって、それが地名になったろうという話がある。
なお思いついた解釈を試みると、ねばるとかねばりつくことをヘバリつくという。
すなわちネバ土の谷津ということか。

またヘタバル(疲れる)⇒ヘバルで、急な山坂の八津か。

水穴は水を吹き出すように勢いよく溢れる所をいうようである。
七曲りは道がくねっている。

ニテノ久保はいわゆるニタ場、ヌタ場の窪地。

スズ久保はスズの生えている久保であろう。
スズは長沢813スズノ子参照。

入口はヘバラ谷の入口。
飯能の山方では入(イリ)地名が多いせいか、わりあいと少ない地名。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P87』

南西が平山谷岩穴、北西が深沢谷後山、北東がヘバラ谷水穴、南東がヘバラ谷ニテノ久保に囲まれている山頂。
東に深沢谷後山の字名があるので、深沢の背後の山という意味で深沢山と呼ばれるようになった。
南東に313.2m三角点峰(点名:深沢)があるため、便宜上深沢山東峰とされているが、単に深沢山といえば、やや標高の高い350m峰が深沢山であり、山名標もそれに基づいている。

別名のコワタは、『ものがたり奥武蔵 P66 略図』にあり、次の二つの由来が考えられる。

①コワとは崩壊地形という意味で、タ(処)は場所を示す接尾語(ト:戸と同じ)

②樹林の茂った所、古い畑という意味の小幡(こばた)がコハタ⇒コワタと転訛した。

深沢の由来については、深沢山西峰を参照されたい。

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2015年3月16日(月)深沢山東峰山頂

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2015年3月16日(月)深沢山東峰山名標

牛奥ノ雁ヶ腹摺山

2016年10月31日(月)
すずらん昆虫館前バス停~牛奥ノ雁ヶ腹摺山~川胡桃沢ノ頭~黒岳~白谷ノ丸~湯ノ沢峠~やまと天目山温泉バス停

甲斐大和と上日川峠を結ぶバスの運行が今シーズンは12月11日までなので、今のうちに行っておくことにしました。
本当は、9月の終わりには行きたかったんですけどね~。
このバス路線はかなりの人気で、6台も増発することがあるそうですね。
そんなわけで、平日を狙って行くことにしました~。
平日といえど、満員の状態でバスは発車ですから、人気あるんですね~。
すずらん昆虫館前で下車したのは、私の他にもう一人だけで、残りは上日川峠へ行くようです。
近年、大菩薩嶺の人気が上昇しているのは本当のようです。
すずらん昆虫館は、ペンションの一角にあるようですが、そそくさと準備を済ませて登り出します。
入口も道標があってわかりやすいです。
林道を横切り、山道を進むと八ヶ岳の甲斐大泉付近を歩いているような気分になるのは、カラマツ林が多いせいなんでしょう。
鹿柵に沿って進むと、真っ赤なもみじのところで左折して、林道に出ます。

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林道に出る手前の紅葉

砂利道の林道ですが、眺めは良いし、周囲は紅葉しているので、なかなか楽しい林道歩きです。
林道終点から防火帯のような伐採地脇を登ると、また林道を横切って登ります。
背後は、南アルプス~八ヶ岳~奥秩父の大展望が広がります。
いったいいくつの百名山が眺められるんでしょうかね。
いや~この道はええですわ~。

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林道から北側を眺める

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八ヶ岳と奥秩父

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大菩薩嶺

樹林帯に入ると、紅葉黄葉が鮮やかで飽きることのない道が続きます。
悪場は無いし、急登も少なくて登りやすいので、かなり良い道です。
でも、甲斐郡内西編では範囲外なんですよね~。残念。
パノラマ岩からは、大菩薩湖を眺めることができるので、ちょうど良い休憩になります。

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沿道の紅葉黄葉

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沿道の紅葉黄葉

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沿道の紅葉黄葉

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沿道の紅葉黄葉

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パノラマ岩からの大菩薩湖

奥秩父のような苔むした原生林の中を進むと、立ち枯れが多い場所になり、富士山が見えます。
どうしてここだけ立ち枯れしてるんでしょうかね~。
遮るものがないためか、やたらと風が強いです。

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縞枯山のような立ち枯れが目立つ

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立ち枯れと富士山

牛奥ノ雁ヶ腹摺山に到着すると、とにかく風が強くて寒いです。
景色はいいんですけど、寒いですね~。
とバスで一緒だった女性に声をかけて出発。
牛奥ノ雁ヶ腹摺山って今までは、大菩薩からの単なる通過点だったけど、牛奥ノ雁ヶ腹摺山を目標にして登るのもいいもんですね。
南大菩薩って過去に何度か歩いてますが、北に進んだことが無いんですよ。
やはり富士山を眺めながら歩ける南進がいいですよね。
富士山の展望スポットがあちこちにあって、何度来ても良いなと思うし飽きません。

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牛奥ノ雁ヶ腹摺山からの富士山

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富士山を眺めながら歩く

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やっと雪化粧しましたね

川胡桃沢ノ頭、黒岳を過ぎて樹林帯を抜けると白谷ノ丸で大展望が広がります。
いきなり展望が広がるのはドラマティックですよね~。
こういう展開があるのも、南進ならではです。
南大菩薩でも、私が一番好きなエリアです。
山名標が新しくなっており、茶臼岳の名がありました。
茶臼の名があるのは知ってましたが…。

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「しろや」ではなく「しらや」のようです。茶臼岳の別名も

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白谷ノ丸からの富士山

当然のごとく、白ザレのピークへ立ち寄ります。
雪のような白ザレと岩が点在する不思議なピークで、甲斐駒にいるような気分になってしまう場所で、本当にここは、添い寝がしたいくらい猛烈に大好きな場所です。

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白ザレのピークは平日とは思えない混雑ぶり

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白谷ノ丸

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白ザレのピーク

この先、道が変わったようで、崩壊気味だった場所を西側から迂回しておりました。
崩れてしまったのでしょうか?
スリルがあって楽しい道だったんですけどね。

湯ノ沢峠では、大きな標柱が倒れていて、ショック!
時間の流れを感じてしまいます。
湯ノ沢峠駐車場は、平日でも6台ほど止まっていて、土日はどれだけ混雑するのか想像すると恐ろしくなってきます。
避難小屋のノートに、記録を残しておいたので、興味のある方は探してみてくださいね~。

沢沿いの木橋は、傷んでいるものが多いですね。
徒渉に苦労した場所もあります。

林道歩きが長いですけど、紅葉を眺めながらだと長く感じないです。
焼山の廃屋は、数年前の大雪でもつぶれなかったようで、一安心。
やまと天目山温泉に着きましたが、バスの来る15分前だったので、温泉には入らずにバスに乗りました。

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左が新道、右が旧道で通行禁止

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倒れてしまった湯ノ沢峠の標柱

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湯ノ沢峠の紅葉

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大蔵高山?ハマノバ丸?

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沢沿いの黄葉

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空が高い!

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林道付近の紅葉

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焼山の廃屋

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やまと天目山温泉バス停

半年以上勤務して有休がとれるようになったので、さっそく使うことにしました。
明日明後日も休みです。
1日は天気悪そうなんで、2日に踏査へ行こうと思います。
秋山か本社ヶ丸か南大菩薩の予定。
迷うなあ。

深沢山西峰(ふかざわやませいほう)

標高313.2m 四等三角点 点名:深沢 深沢谷左岸、愛宕山の北にある山。飯能市。

深沢は平戸と白子の境を南流する奥深い沢。
深沢谷の川向うが平戸の深沢、その北は虎秀の深沢、入り組んでいる。
白子側は深沢谷をはじめ深沢谷を冠した4字(あざ)である。
すでにあげたが天正7年の文書に深沢がある。

滝坂は西光院の下の沢を登る道で寺の下に小さな滝が見られる。

後山は西光院の後山。
ショウジ渕は西光院登り口に近く流れのふちに精進場があった。
なおショウジは立岩などを障子にみたてたということもある。

鍛冶太郎は沢に沿った平で、今は林になっているが、住居があったとみられる場所の下に、小さな水田跡と思われるところさえある。
今は人気の全くない深沢のまた奥地だが、鍛冶の太郎さんがトンテンカンと農具や刀を鍛えていたのであろう。
この鍛冶屋の前を登って行けば毛呂山町土山から同町権現堂に出る。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P87』

西光院の少し西の沢の出合が旧虎秀村 深沢・旧平戸村 深沢と境を接する旧白子村 深沢谷である。
旧白子村 深沢谷は、深沢谷を含めて5字に分れており、西光院付近が深沢の中心地であろう。

深沢谷の谷筋は、スカリ山直下まで長々と奥深く食い込んでおり、これが深沢の由来である。
深沢山は、深沢の東に位置する顕著な山として名付けられ、西峰と東峰の二峰に分れている。
西光院から北向地蔵(土山峠)に向かう道は、地元の方に古道と教えられたが、今は歩く人がほとんどいないという。
『飯能市史資料編Ⅺ』により、滝坂の名があることを後で知った。
この道は分岐にある倒木のために迷いに迷って、ようやく探し当てた古道であり、思い出深い道である。

鍛冶太郎経由の古道は、沢山峠西側の道だが、途中で道形が消えており、すでに廃道になっていたのが残念だ。
なんとか歩き通したが、あわや遭難?という事態にもなったほどなので、安易に入り込まない方が良い。

深沢山西峰分岐にある指導標に、白子・平戸地区の文字があり、道を探してみると、平戸方面は急坂であるものの、下部が巡視路になっており、白子・平戸に出られるが、西光院方面は、難易度が高い熟達者向きの道である。


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2015年3月16日(月)深沢山南部の難所

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2015年3月16日(月)古い手製道標(文字が消えている)

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2015年3月16日(月)トラロープと手製道標が新たに設置された

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2015年3月16日(月)深沢山西峰分岐

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2015年3月16日(月)手製道標

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2015年3月16日(月)公的指導標

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2015年3月16日(月)深沢山西峰山頂

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2015年3月16日(月)深沢山西峰山名標

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2015年3月17日(火)西光院南西の分岐に指導標が立てられる

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2015年3月17日(火)ニスを塗って完成!

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2015年3月17日(火)西光院(滝坂入口)

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2015年3月17日(火)滝坂

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2015年3月17日(火)わかりにくい倒木の分岐(滝坂)

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2015年3月17日(火)ショウジ渕・精進場

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2015年3月17日(火)沢山峠分岐(鍛冶太郎の古道入口)

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2015年3月17日(火)鍛冶太郎の古道

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2015年3月17日(火)鍛冶太郎の古道

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2015年3月17日(火)次第に道が荒れてくる

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2015年3月17日(火)倒木を越える

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2015年3月17日(火)苔蒸した大岩を過ぎる

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2015年3月17日(火)わずかに残る道形

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2015年3月17日(火)どこを歩けと…?

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2015年3月17日(火)出合で踏み跡消失

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2015年3月17日(火)完全に歩けなくなり、この後、倒木と薮と崖を進むようになり遭難しかける

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2015年3月17日(火)上に登ってようやく踏み跡らしき道形を見つけて安心する

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2015年3月17日(火)沢山峠の手製道標には、確かに×してあり、この通り歩いてはいけない廃道。

水晶山(すいしょうやま)

標高250m。 ヘバラ谷右岸、愛宕山の北にある山。飯能市。

東がヘバラ谷(ヤツ)ニテノ久保、北西が平山谷(ヒラヤマヤツ)岩穴、南西が平山谷池田の三つの小字が交わる山頂。
いずれも旧白子村である。

由来のヒントとなる地名は、平山谷岩穴で、水晶を産出していた坑口があったのではないだろうか。
さらに北にはヘバラ谷水穴という名もある。
西の平山谷明王入は、屋敷跡でそこの氏神が明王様だったといい、平山谷岩穴と合わせて詳しく探索してみたい地域である。

山頂は植林に囲まれた展望の無い小ピークで、初めてこの山を訪れた時は、なぜこんな小山に水晶山の名があるのか?と驚いてしまった。

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2015年3月16日(月) 水晶山山頂

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2015年3月16日(月) 水晶山山名標

愛宕山(あたごやま)

標高250m。 高麗川左岸、釜戸山の北にある山。飯能市。
別名:後山・白子山・白子富士

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2015年3月16日(月) 武蔵横手駅付近からの愛宕山

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2015年3月16日(月) 長念寺の東の踏切付近からの愛宕山

後山 ウシロヤマ

長念寺の後ろ山。
山頂に愛宕神社がある。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P87』

奥武蔵登山詳細図範囲内で、同名の山が7座あるうちの一つ。
西が旧白子村 後山、東が旧白子村 ヘバラ谷ツスズクボの境界にある山で、愛宕神社が祀られていることから愛宕山と呼ばれるようになった。
また長念寺の後ろの山なので、後山の別名もあり、その他、旧白子村を代表する山なので、白子山、山容が富士山に似ているので、白子富士の別名もある。

『飯能市史』では、白子の由来を「高麗川の洲浜が太陽のもとで白く輝いていることにようろか」としているが、新羅(シラギ)⇒新楽木(シラキ)⇒白子(シラコ)と転訛したと考えられるので、新羅からの渡来人が住み着いた地が由来と思われる。
その証拠に、新羅ゆかりの白髭神社が長念寺の西にある。

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2015年3月16日(月) 愛宕山山頂

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2015年3月16日(月) 愛宕山山名標

橋本山(はしもとやま)

標高320.2m。 虎秀川左岸、虎秀山の東にある山。飯能市。

橋本、橋場などすでに見た。
『郡村誌』は「橋本橋 沢口橋の上に架す長三間巾五尺木造」とす。
屋号もある。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P93』

西が旧虎秀村 橋本で、東が旧虎秀村 深沢でその境界にある山。
橋の近くを橋本と言い、郡村誌によれば、木造の橋本橋と沢口橋があったようだが現在その橋名は見当たらない。
辞典によれば、丘の端の下(もと)で橋本と呼ぶ場合もあり、こちらの可能性も高い。

橋本山の東に女坂の巻道があり、山頂からは低山にしては珍しく展望が良いが、私との相性が悪いのか晴れたことが無く、まだ展望を拝んだことが無い。

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2015年3月20日(金) 橋本山山頂

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2015年3月20日(金) 橋本山山名標

雨乞塚(あまごいづか)

標高288.8m。 虎秀川左岸、虎秀山の東にある山。飯能市。

アマゴヒ

夏の日照りに農民が水を欲して行う祭りである。

『山ことば辞典 岩科小一郎 著 P4』

『飯能市史 資料編 Ⅺ P92』によると、南が旧虎秀村 田中で北が旧虎秀村 橋本となっている山。
かつてはここで雨乞の神事が行われていて、奥武蔵では山よりも小さなピークを~塚と呼んだ。
虎秀やまめクラブが発行している『虎秀ものがたり絵図』に山名が書いてあり、それによると近くを通る古道飛脚道は、「昔、緊急連絡道として使用されていた裏道(飛脚道)と言われていたのをハイキングコースに整備された山道である。
尚、維新戦争時、彰義隊振武軍最後の戦いの場、能仁寺(飯能戦争)で敗れた兵士がこの道を通って新田の農家で食事を乞い越生方面に逃れたが逃げ切れなかったといわれている。」と悲話が伝わっている。

踏査時、虎秀川沿いをコロコロしていると、古道飛脚道を整備した虎秀やまめクラブの方に出会い、色々な話をうかがった。
雨乞塚から西へ行く人が多く、麓の民家の方が迷惑をしているとのことだったので、地図でも通行禁止と表記した。
間違って入り込まないよう注意してもらいたい。


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2015年3月20日(金) 雨乞塚山頂

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2015年3月20日(金) 雨乞塚山名標
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プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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