スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

丸山(まるやま)

標高640m。 花桐川左岸、伊豆ヶ岳の北東にある山。飯能市。

s8790175.jpg
2015年5月2日(土)丸山山頂

丸山 マルヤマ

滝ノ入の西の山中で人家は全くない。
滝ノ入の沢道から丸い山に見えることでいうか。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P166』

奥武蔵登山詳細図範囲内で7座あるうちの1座。

山容が尖っておらず、丸みを帯びている山に多くつけられる山名。

北西の旧南川村 実谷(ジッコク)、北東の柊木(ひいらぎ)、南の丸山の三つの小字が交わる山頂。

実谷は、十曲を音読みしたもので、胸突き八丁の急坂が由来。
十国峠(一説には、十国が見えるから)、十石峠もつづら折りの峠道が由来であろう。

琴平山(ことひらやま)

標高620m。 大蔵山川左岸、松茸山の南にある山。飯能市。

北の旧坂元村 柿ノ久保、西の旧南川村 仁手ノ久保、南東の旧南川村 大蔵山の三つの境界が交わる山。
『ものがたり奥武蔵 P17』略図にある山名だが、西側がガーデンハウスのバリケードで進入できないし、東側もルートが不明であったため、踏査ができず未踏の山である。

『飯能市史』によると、古さびた小社があるらしいので、そこが琴平山なのかもしれない。
昔は山の上にも民家があったそうなので、それらの信仰を集めていたのだろう。

松茸山(まつたけやま)

標高550m。 高麗川右岸、川越山の東にある山。飯能市。

s8880053.jpg
2015年5月20日(水)松茸山山頂

北のシャリクリ、南東の中平、南西の二ノ渡戸(にのわたど)の境界が交わる場所に山頂がある。
『ものがたり奥武蔵 P17』略図に見える山名で、かつては松茸が採れたらしい。
正丸から登って行くと、擁壁階段から雨乞山までかなりの急坂なので、下りは不向き、登りにとるのがおすすめ。
その後も東の岩場にぶつかってしまい冷や汗をかきながら山頂に立ったが、南にちゃんとした迂回路があったので、調べ直した。
踏査時には、よくあることである。
山頂は、枯れた松が横たわり、薮山の雰囲気が漂っていて、松茸も採れそうな場所。
南へ少し行くと展望が広がり、山頂から西へ進むと岩場になるので、これも北から迂回することになり、人を寄せ付けない雰囲気がこの山の魅力の一つになっている。

シャリクリは面白い地名だが、『飯能市史』によると、「砂利石の多いえぐられた場所」という意味だそうだ。
「お茶に栗を添えて山に行く人を接待したので、茶に栗といったと伝えている」という面白い話もあるが、後から付け足した話である可能性が高い。

s8880052.jpg
2015年5月20日(水)東の岩場

s8880058.jpg
2015年5月20日(水)西の岩場

松尾山(まつおやま)

標高620m。 岩井沢左岸、刈場坂峠の南東にある山。飯能市。

松尾(マツオ) マツウ

舟久保の西南、越生みちだが左すれば檥峠にでる。
松尾は尾根の松による命名であろう。
日影指との境に小さな馬頭尊石仏があり、「安永三甲午三月吉祥日/秩父郡北川村之内岩井沢」と刻み、更に願主3名がのっている。
近くに二反田と呼ばれる土地もあり、水田もあったのであろうが、作柄の良いはずはない。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P162』

s8940072.jpg
2015年5月28日(木)620m圏峰・松尾山山頂

s8940077.jpg
2015年5月28日(木)松尾山の北、越生みちにある馬頭観音

『ものがたり奥武蔵 P57』略図と『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』にある山名。
西の石風呂、東の北袋の境界にあり、松尾は北東にあって、松尾山とは接していないが、由来となった松がこの山頂にあったのかもしれない。

喜多川神社の西の枝尾根を登ってしまったが、『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』によると、更に西にジグザグに登る良い道があったようなので、再調査の必要がある。

s8940053.jpg
2015年5月28日(木)松尾山への好ルート?左? 右は喜多川神社へ

コカシアゲ

標高628m。 高麗川左岸、刈場坂山(ツツジ山表示有)の南にある山。飯能市。

小柏木(コカシワギ)

子の神戸の北、山は深く人家はないが、沢をはさんだ対岸には社がある。
カシワは堅し磐の意もあるが、植物の柏から生まれたのであろう。
小柏木の小は接頭語。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P156』

s8900033.jpg
2015年5月22日(金)628峰・コカシアゲ山頂

『ものがたり奥武蔵 P57』の略図にある山名。
南西の小柏木、北西の鳥久保、東の岩井沢の三つの小字の境界が交わる山頂。
『ものがたり奥武蔵』の著者の神山氏が地元で聞き込みをして、採取した山名だろう。
コカシアゲだと意味不明だが、コカシワギが訛ったものと理解できる。
南西に柏木という地名があり、それに対して土地が狭いので小柏木と名付けられたようで、もちろん柏の木があったというのが由来。

山頂を南北に、作業道が貫いており、北の外れに電波施設があり、ここが山頂のようだ。

小都津路山(こつつじやま)

標高770m。 高麗川左岸、刈場坂山(ツツジ山表示有)の南にある山。飯能市。
別名:小ツツジ

s8900044.jpg
2015年5月22日(金)770m圏峰・小都津路山山頂

北の831m峰に、小都津路山の表記があるが、大都津路山が正しいとの注意書きがあり、小都津路山は、標高の低い770m圏峰ということになる。
大都津路山と小都津路山を合わせて単にツツジ山とも呼び、宮内氏の記述には、躑躅山とある。

植林に囲まれた小ピークで、山名標があったと思われるクリアファイルが立て掛けてあったが、中身がなくなっており、何が書いてあったのかはわからない。

大都津路山(おおつつじやま)

標高831m。 高麗川左岸、刈場坂山(ツツジ山表示有)の南にある山。飯能市。
別名:大ツツジ


都津路(ツツジ)

岩井沢の北の広大な山をいう。
初秋には紫のツツジが見事に咲きそろう。
大つつじから水の垂(ミズノタル)、小つつじと登りやがて頂上となる。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P162』

西の岩茸石、東の二ツ岩、南の都津路という三つの小字が831m峰でちょうど交わっている。
小字で言えば、文字通り都津路(小字)の最高地点がこの山になる。

北の879.1m三角点峰は昭和初期に武電が観光開発のためにツツジ山と命名したが、これは間違いということが定説になっている。
831m峰にもツツジ山より標高の低いこの峰に小都津路山の名が公的な指導標に書いてあるが、ツツジ山が間違いというなら、この小都津路山の表記も間違いということになる。
それを証明するかのように、手書きの注意書きがぶら下がっており、それには、大都津路山と書いてあり、「500m北の879m三角点峰がツツジ山ではなく誤認されるところです。」と書いてあるので、本図もそれに従った。

ややこしい話がさらにややこしくなってしまうが、『飯能市史 資料編 Ⅺ』の書き方も誤認があるようで、「小つつじから水の垂(ミズノタル)、大つつじと登りやがて頂上となる。」というのが正解なようだ。
飯能市史でいう頂上とは、879.1m三角点峰のことであろう。

s8900047.jpg
2015年5月22日(金)831m峰・大都津路山山頂

s8900048.jpg
2015年5月22日(金)公的な道標には、小都津路山とある

s8900049.jpg
2015年5月22日(金)手製道標に大都津路山

s8900050.jpg
2015年5月22日(金)小都津路山が表記された指導標

刈場坂山(かばさかやま)

標高879.1m・三等三角点 点名:正丸。高麗川源頭、刈場坂峠の東にある山。飯能市・ときがわ町。

ここが刈場坂峠でこの峠の三角点、標石(879.1m)のある突起を刈場坂峠ノ頭と呼び、又吾野村の人達はつつじ山とも云っているそうである。



『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著 P123』

今まで外秩父と総称されていたこの峠道一帯を奥武蔵高原と名付け、無名の草刈場の入会地を、草刈場へ登る坂の意味から刈場坂峠と呼ばせ、さらに高原での最高峰の三角点879mをつつじ山と命名しました。


『ものがたり奥武蔵 P182』

苅場坂(カリバサカ) カバサカ

岩茸石の西、飯能市の西北端になる。
北東に苅場坂峠があり西すれば秩父にでる。
カリバは猟の狩場、柴草などの苅場など、いろいろに受け取れるが、文字の上からも地形からもカリ(苅)畑、カリウ(苅生)畑といわれる焼畑であろう。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P163』

s8880165.jpg
2015年5月20日(水)879.1m三角点峰・刈場坂山山頂

s8880166.jpg
2015年5月20日(水)山頂からの展望

南西が岩茸石で南東が二ツ岩の小字となっていて、苅場坂は、刈場坂峠の南西一帯で、刈場坂山には接していない。
昭和初期に武蔵野電車が観光開発で刈場坂峠北側にスキー場を作り、その時、刈場坂峠とツツジ山の名が生れたようだが、どちらも字名があるので、これを参照して名付けたようだ。
879.1m三角点峰には、ツツジ山の標示があるが、これは間違いとの意見が数多く聞かれ、それに従い、『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著』の資料を元に、地図では刈場坂山(刈場坂峠ノ頭)と表記した。
宮内氏も『ハイキング 81号 P8』で刈場坂峠ノ頭と呼んでいる。

また横見山(二子山)は、『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著 P120』に「刈場坂峠の西に二つ頭を持った山」とあり、現地を訪れて調査検証した結果、同書が正しいことがわかったのでそれに従って刈場坂峠の西の860m圏峰を横見山と表記した。
参照⇒横見山

横見山(よこみやま)

標高860m。 高麗川源頭、刈場坂山の西にある山。飯能市・ときがわ町。
別名:二子山・牛立ノ久保


次に一寸書き添えるが刈場坂峠の西に二つ頭を持った山は横見山と云い、大野峠の手前の山を陣場平山と云う。



『奥武蔵 ハイキングペンクラブ 著 登山とスキー社 P120』

次の同じ880mの二つ並んだ突起はウシタテノクボで、山稜はここで東微南に傾く主稜と、西南に走る尾根とに分れる。
ウシタテノクボ(牛立ノ久保)の西から出る沢は川鳥(カワドリ)ノ沢となって芦ヶ久保川へ注ぎ、東から出る沢は陣場ヶ久保となる。
俚称この沢の水は毒水と伝えて、未だに飲まぬと云う。



『ハイキング 81号 P8.』

横見山山頂
860m圏峰・横見山山頂

s8880133.jpg
横見山指導標

ハイキングペンクラブ(著者代表:小林玻璃三)によって書かれた『奥武蔵』によると、横見山は「刈場坂峠の西に二つ頭を持った山」と書いてあり、地図を見ると確かに刈場坂峠の西に二つの頭を持った山がある。
このことから、二子山の別名もあるが、どちらが雄か雌かは不明である。

860m圏峰の北側には巻道があり、かつては越生から秩父へ荷物を積んだ牛が行き来をしていて、横に見上げる山だから横見山の名がついた。
また牛立ノ久保の名もそこから出たようだ。
奥武蔵では、クボとは山頂のことなので、宮内氏のいうように「880mの二つ並んだ突起はウシタテノクボ」というのは間違いでは無く、横見山の別名として妥当である。
横見山の西鞍部の指導標に牛立久保と書かれているが、これはクボの意味を理解しないで、鞍部の名と勘違いして設置してしまったようだ。

『奥武蔵 ハイキング・ペンクラブ著』では、刈場坂峠の東の879.1m三角点峰を刈場坂峠ノ頭としているが、これは刈場坂山で詳述する予定。

s8880128.jpg
横見山北側の巻道

s8880127.jpg

s8880126.jpg

s8880134.jpg
横見山西鞍部の牛立久保(本来は山頂の名で横見山の別名)

長尾根山(ながおねやま)

標高273m。 関ノ入谷右岸、愛宕山の東にある山。飯能市・日高市。

s8440148.jpg
2015年3月11日(水)長尾根山山頂

s8440149.jpg
2015年3月11日(水)長尾根山山名標

関ノ入谷右岸の尾根が長い尾根で、そのピークに付けられた山名。
『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』にも載っていないし、手元の資料を探しても山名は見当たらない。

急登を強いられる山なので、巻道もある。
奥武蔵登山詳細図コースガイド

アクセスカウンター

山名索引

あいうえお順で山名を探せます!

検索フォーム

プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。