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越上山(おがみやま)

標高566.5m・三等三角点 点名:越上。 長沢川左岸、鼻曲山の南西にある山。飯能市・越生町。

別名:古諏訪・古スワ山・拝み山

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2015年3月30日(月)十二曲峠付近からの越上山(右) 人間のお尻に見える

越上(ヲカミ)山

入間郡梅園村黒山村の南にあり、高麗郡東吾野村長沢村に跨る。高さ3600尺山中一泉あり、藤淵と称す。即ち越辺川の源なり、故に越上の名ありと云う。
山巓に登れば東南平濶にして遙矚に佳なり。



『武蔵通志(山岳篇)』

拝沢 オガミザワ

山伏入の南、越上山(オガミヤマ)に対する拝(オガミ)沢であろうが、山伏入で述べたように霊地を礼拝する気分が、この地名にうかがえる。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P108』

武蔵通志(山岳篇)では、越辺川の源流なので越上山と書いてあるが、それは字義から推測しただけで誤りである。
なぜなら、おっぺとはオ(川尻)・ウ(互いに)・コツ(合流する)・ペツ(川)というアイヌ語が転訛したものであり、それに越辺川と当て字されたものなので、当て字から由来を推測するのは大きな間違いである。
越辺川は、越上越沢上流を源頭に、左から越辺川源流を合わせ、越上沢と名を変え、顔振(かあぶり)川に合流し、黒山で左から三滝川を合わせると越辺川と名を変える。
いくつもの支流が合流する川なので、アイヌ語の意味とも合致する。
顔振(かあぶり)川のカアブリもカム(神・高台)・フル(丘)というアイヌ語の転訛であると思われる。
それに顔振と当て字され、義経が振り返ったなどという付会伝説が生まれたのだろう。

越上山の由来は、武蔵通志にヲカミとなっているように、オ(尻)・カム(神・高台)というアイヌ語からの転訛が考えられる。
山容を見ると、確かに山頂部が二つに裂けているので、人間のお尻に見える。
古代人の目からは、信仰の山というよりも、身近にある人間の部位に例えて山を呼んだことは想像に難くない。

『ものがたり奥武蔵 P106』には、京から貴人が来て、越上山山頂に諏訪明神の幣帛(へいはく)を立てて、この辺りを開拓して土民を治める祈願をしたのが、諏訪神社の始まりとある。
その後、少し下の現在地に神社を移したので、この山を古スワ山と呼ぶようになり、神社が無くなっても村人が登拝して信仰したために、拝み山と呼ばれるようになり、越上山の字が当てられたという。

元々のアイヌ語のオ・カムと大和語の「拝み」の音が偶然似ており、しかも信仰の対象にもなったので、オガミ山が定着したと思われる。
古代人(縄文人・アイヌ人)の後から入って来た、和人の言葉がうまく融合して地名として残ったのだろう。

オ・カム(アイヌ語)⇒オガム(大和語)⇒オガミ山⇒越上山(当て字)

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1997年10月4日(土)越上山分岐

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1997年10月4日(土)岩場

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1997年10月4日(土)越上山山頂

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1997年10月4日(土)西側からの越上山 人間のお尻に見える

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2001年6月30日(土)越上山山頂



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2015年3月20日(金)越上山分岐

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2015年3月20日(金)杣徑分岐

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2015年3月20日(金)岩場

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2015年3月20日(金)越上山山頂

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2015年3月20日(金)石祠

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2015年3月20日(金)石碑

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2015年3月20日(金)神社入口(鳥居)

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2015年3月20日(金)神社

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2015年3月20日(金)信仰のあった岩

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2015年3月30日(月)岩屋ノ滝と竜ノ淵(藤淵)
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