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北川

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北川まっぷ

>『風土記稿』などは岩井沢を源に東流し山崎で我野川(高麗川)と合流する北川をもって「村名の起りこれによる」としている。

慶長4年の「上吾野御なわの上そう郷高辻之事」に31貫36文北川分、などとあり、これは慶長2年の検地にもとずく記録と言うことで、現在のところ地名「北川」の出典として最も古い。

しかも注意されるのは同文書に「かまくらさかより小丸あなきりまて/くすう分/中沢分/北川分/高山分」を、上吾野(村)としており、南川が載っていない。

つまり当時は南(南元組)や南川が「かまくらさかより小丸あなきりまて」となっていて、地名として確立していなかった。

以上のことから察すると、北川といったのは吾野川(高麗川)の北を流れることから川の名が生れ、地名となったとみる『風土記稿』の説は正鵠(せいこう)を得たものといえよう。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P157』

北川村は、明治22年(1889年)4月1日に秩父郡吾野村に合併されるまでの村名です。

北は都幾川村、東は高山村と坂元村(東)、南は南川村と坂元村、西は坂元村(西)と接していた村です。(村名は旧)

北川を中心に南北に細長い漏斗形をしていて、北から岩井組、柏木組、中組、間野組と自治会が分かれております。

中組は、柏木組と間野組の中間に位置することから名づけられたようです。
『飯能市史 資料編 Ⅺ』に解説が無いのが残念です。

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2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

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