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関八州見晴台(かんはっしゅうみはらしだい)

標高771.1m。 北川左岸、飯能市越生町境界尾根にある山。飯能市・越生町。

別名:一盛山・関場ヶ原(かんじょうがつば)・堂平山

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2015年2月1日(日)顔振峠見晴台からの関八州見晴台

陽は麗らかに、秋ともなればはじの葉の紅匂ふ尾根筋は白木平からハトムネを過ぎて堂平山(ドウダイラヤマ)となる。
770mのこの山は今では丸山展望台と謂った方が分かりやすいかも知れないが、土地では堂平または堂平山と言わなければ通用しないのである。



昭和14年3月20日発行『ハイキング 81号 奥武蔵高原 宮内敏雄 P9』

明治発行の武蔵通志に一盛山と書かれているのが、手持ちの文献に登場する最初の名称で、高山不動の本堂があったことから、堂平山と呼ばれるようになったが、大火により本堂は焼失し、今は奥ノ院が残る。
それではいつ頃から関八州見晴台と呼ばれるようになったのだろうか?
手持ちの文献で関八州見晴台に関するものを年代順に列挙してみた。↓

発行年月日不明(明治24年?)『武蔵通志』一盛山
昭和15年10月15日発行『奥武蔵 朋文堂』堂平山(高山不動展望台)
昭和26年5月1日発行 『奥武蔵 新編登山地図帳 山と渓谷社』堂平山
昭和34年6月15日発行『登山ハンドブック1 奥武蔵の山 朋文堂』関八州見晴台

これらの文献によれば、戦前~昭和20年代は堂平山で、昭和30年前後に関八州見晴台と呼ばれるようになったようである。
関八州とは、上野、下野、相模、武蔵、上総、下総、安房、常陸の旧八か国をいう。

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1997年9月28日(日)関八州見晴台山頂

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1997年9月28日(日)関八州見晴台山頂

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1997年9月28日(日)関八州見晴台山頂

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2001年3月3日(日)関八州見晴台山頂

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2015年1月31日(土)関八州見晴台山頂

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2015年1月31日(土)高山不動奥ノ院

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2015年1月31日(土)山名標

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2015年1月31日(土)祠

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2015年1月31日(土)好展望の山頂から武甲山を見る

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2015年1月31日(土)指導標


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2015年3月22日(日)関八州見晴台山頂

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2015年3月28日(土)関八州見晴台山頂

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2015年11月28日(土)関八州見晴台山頂

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2015年3月22日(日)岳岩からの関八州見晴台
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Author:池田 和峰
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