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湯ノ花山(ゆのはなやま)

標高389m 樫久保入右岸にある山。飯能市。

湯の沢

むかし、ここからは、温泉が湧いていたそうです。
ある時、狩人がこの岩山にいた鹿を討ち、その血を湯壺で洗ったので、湯の権現はその不浄をお怒りになって、千年たったらまた帰ると言って、上州の伊香保に飛んでいってしまいました。

それから湯は冷泉になってしまったということです。
また湯壺の下の沢の石が今でも赤いのはその時の、鹿の血潮で染まったものだといわれています。


『飯能の伝説 P74』

小西 コニシ

赤岩の西南。
湯ノ花のわずか西の意。
屋号オキの家があって、おくまん様(熊野社)の小祠がその裏手にある。

おくまん様と湯ノ花の伝説があり、鉄砲打が熊をうったので、おくまん様が怒られ湯は出なくなってしまった。
と言うことである。

湯ノ花 ユノハナ

小西の東。山麓に小集落があり、南むきの広い平がある。
平を昇って、東に曲る小径を少しゆくと大岩があり、ぽたぽたと水が落ちている。
そのしたたる水が白い湯ノ花になっていたのだそうだが、いま湯ノ花はみられない。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P134』

キワダ坂の湯ノ権現

子ノ権現入口の吉延から、中藤側の飛村(ひむら)へ越える峠をキワダ坂と呼びますが、その頂上の一軒家に湯ノ権現がまつってあり、昔は湯が湧いていて、また、そこから流れ出た湯の花のたまった所が、飛村の下の湯の花の部落だといっています。
しかし、ある日狩人が獲物の血を湯壺で洗ったので、湯ノ権現は怒って上州の伊香保へ飛んでいってしまいました。
飛村はこの時湯ノ権現が上を飛んだのでこう名付けられたといい、それから湯は冷泉になってしまったのだといいます。

伝説は以上のように地名にも結びつけているが、実際は飛村は『新編武蔵風土記稿』に日村という文字で書かれてあるように、語源は日のよくあたる村という意味です。
また湯ノ花部落は、裏高尾の小仏川沿いにある湯ノ花山と同様で、猪ノ鼻から転訛した地形語と考えるのが妥当であります。
因みに独標467の南沢山と小沢一つ隔てる東隣りの山に、湯ノ花山の名が与えられています。

またこの湯ノ権現のそばには、天狗の腰かけ松と呼ばれる老木があって、昔は天狗が通行人にいろいろといたずらをしたそうです。


『ものがたり奥武蔵 P29』

湯ノ花という地域は、詳細図の樫久保入右岸、樫久保と書かれた付近で、小西は尾根を越えた南沢左岸の地域である。
おくまん様が怒られ湯が出なくなったという話は、北の湯ノ権現の伝説と酷似しており、関係があると思われる。
『ものがたり奥武蔵』では、湯ノ花山の由来を猪ノ鼻から転訛した地形語としているが、湯ノ花山がそのように見える場所はまだ見つかっていない。
昔、湯ノ花があったという伝承をそのまま素直に由来とするのが正しいと思われる。

黄柏坂には、二軒の民家があり、湯ノ権現もそこにあったようだが、峠は採掘によって破壊され、地形も変わってしまった。
スルギ尾根の入口に移設されたと思われる祠から黄柏坂の痕跡を求めて、林道の北へ下るとかつての峠道と思しき踏み跡があったが、黄柏坂まであと少しの地点で、立入禁止吾野鉱山の看板で行き止まりとなってしまう。
黄柏坂は、破壊されてしまったらしい。
別の道をたどると、桑畑の跡に出て、脇を細い水流が流れている。
黄柏坂にあったという民家が糧にしていた田んぼの跡だろう。

湯ノ花山への入口には、黄テープがあるが、入口はわかりにくい。
もし気づいたとしても、尾根上は薮である。
苦労の末にたどり着いた湯ノ花山山頂は、丸みをおびていて小広い。
山名標を見つけて安堵した後、そのまま尾根上をたどってみたが、踏み跡消失。
往路を戻るのが賢明だ。

伝説にある、赤い石はチャートという堆積岩で、太古の動物の殻や骨片が海底に堆積してできた岩石で、奥武蔵ではけっこう目にすることが多い。
湯ノ権現が上州の伊香保へ行ったという話の湯ノ権現は、修験者がそれに関わる信者のことではないだろうか。

地元の方に「飛村は日当りが良いから日村の転のようだ」と教えると、「それほど日当たりが良いとは思えない」との返事が返って来て苦笑してしまった。
谷間では確かに日当たりはそれほど良くないだろう。
日照を求める村人の思いが、日村の名を生んだのかもしれない。

いつか、おくまん様を拝みに行って、湯ノ花の由来となった岩も見てみたい。

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2015年4月18日(土)湯ノ花山山頂

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2015年4月18日(土)湯ノ花山山名標

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2015年1月25日(日)黄柏坂から移設されたと思われる湯ノ権現

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2015年1月28日(水)湯ノ権現から林道に沿った北側の細道を下ると足場板の橋がある

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2015年1月28日(水)足場板の橋

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2015年1月28日(水)今はもう誰も見ることが無い、立入禁止看板

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2015年1月28日(水)田んぼか桑畑の跡、この先で林道に出る

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2015年1月28日(水)前坂側の立入禁止看板
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Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

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