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物見山(ものみやま)

標高390m 吾野駅南東、高麗川右岸にある山。飯能市。


平野 ヒラノ

平野とつぎの坂入および大高は上井上鎌倉坂に接した飛地である。
平野は鎌倉坂の南東に接した山中、平(ひら)といっても急な傾斜であったり山影だったりする。
寛検には切畑だが2反4畝ほどもある。
面白いのは長沢の飛地を坂あるいは宿(坂石町分)の人が所有していることで、この意味はよくのみこめない。
ついでに坂入、大高をみても宿の人が耕地をもっている。
宿の商人が往復してたまたま手にしたのであろうが、質流れかもしれぬ。
とにかく宿が力をもっていたことはたしかだろう。
井上に限らず寛文時代に宿の人の土地が散在しているのに注意したい。
不在地主として発展していく過程ともいえよう。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P109』

山下 ヤマシタ

坂石町分宿の南方、権ノ上の南になる。
南はずれに「りゅうがい山」がある、その山下。

りゅうがい山は「村の南にあり、土人(ところのもの)岡部六弥太忠澄が城跡なりと云 登ること10町計許、頂上平坦五六十坪、松杉及び雑木茂れり、堀石垣等の形存せり、是より東の方谷を阻て、物見山と云へる處あり、その下に四五百歩の平地あり、是を中屋敷と云」。
以上が「りうがい山」についての全文で、藤兵衛屋敷へんが中屋敷、栃野谷入の山中にあるのが物見山であろう。
ともあれ『新編武蔵風土記稿時代の情景が今も残されている。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P171』

s8650050.jpg
2015年4月16日(木) 物見山山頂

新編武蔵風土記稿によると、りゅうがい山の東に谷を隔てて物見山があると書いてあり、この場所は平野砦跡とも呼ばれている。
飛地の大字長沢 平野と大字南 栃野谷入 栃野谷日影の境となっている辺りに、平野砦跡があった。
現地へ行ってみると、耕作地となってしまったようで平坦地が広がり、城址の面影は薄い。
平野が飛地になっていることからも、土地の所有者が何度か変わったようである。
物見山というのも、広大な平坦地の一角の盛り上がりに過ぎず、意識していなければ通り過ぎてしまう小さなコブである。
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2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

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