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大月駅から真木 2016.05.15(日)

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浅利橋からの貧乏山

夜勤明けの日曜はお天気も良いので、世話人さんから任された甲斐郡内西編、はじめのい~~っぽに出かけることにしました。

申し遅れましたが、わたくし池田和峰と申しまして、山好きな父によって、和峰と命名されました。
ちなみに、弟も妹も山関係の名前がついております。(笑)

昔の話ですけど父は、岳人や山と渓谷などの雑誌に記事を書いておりました。
名刺には山岳写真家の肩書があり、記事も書いてましたが、写真が主だったようです。
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【岳人に掲載された父の作品】

私はというと写真の方に興味が行かず、人が歩いた痕跡、踏み跡に興味が行きましたので、撮影テクニックは遺伝しておりません。(笑)
登山歴26年、色々な山域を歩きましたが、中央線沿線が一番お気に入りです。
なんといっても、明るい自然林が豊富なこと、悪場が少ないこと、自宅から近いことなどが主な理由です。
あまりにも好き過ぎて、集めた関連書籍は、ほとんどが中央線沿線です。
誇りまみれの古書たちが日の目を見る日が来たかもしれな~い?
熊に襲われたのも中央線沿線で~っす。

首都圏に近い、中央線沿線の山域といっても、奥多摩、道志、大菩薩、御坂という様々な山域が合わさって成り立っております。
甲斐郡内というタイトルは、熟慮された上で決定されました。

甲斐というのは、現在の山梨県の旧国名で、山と山の谷間を意味する【峡(かい)】からその名が生まれました。
正倉院に「甲斐国山梨郡可美里日下部□□□□□絁一匹和銅七年(714年)十月」と書かれた絹織物の「あしぎぬ」があり、一番古い史料のようです。

その甲斐を二分した呼び名が国中(くになか)と郡内(ぐんない)で、戦国時代に武田氏が治めていた中心地がある笹子峠以西を国中、武田氏と血縁関係にあった小山田氏が治めていた都留郡一帯を郡内と呼んでいました。

私が製作担当になった西編は、牛奥ノ雁ヶ腹摺山から佐野峠、百蔵山、九鬼山、三ツ峠、本社ヶ丸という範囲を裏表で表現することになっております。

コインロッカーに預けておいたコロコロくんを回収しようとしたら、日付を跨いでいたために超過料金を取られてしまいました。
( iдi ) ハウー
これは何か別の良い方法を考えねばなりませんね。

大月駅に着いたのは、10時過ぎで多くの人で賑わっていたのにも驚きましたが、一番驚いたのは、富士急行線の駅本屋がリニューアルされていたことです。
新型車両も並んでいて、思わず足が向きそうになりましたが、10時スタートでは予定していた三ツ峠には少々遅いスタートです。
これはまたの機会にして、大月駅から手軽に行けて静かそうな花咲山を踏査することにしました。

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富士急の新型車両(乗りたい!) 

真木まで国道を歩くのも味気ないので、橋倉を通って真木へ行くことに~。

はたちの頃に毎日のように教習所へ通っていた駅前は、こじゃれた雰囲気になりましたが、跨線橋は昔のまんまで嬉しくなります。
坂道を下るところは、けっこう眺めが良く山座同定が楽しい場所です。
いや~なつかし~。

浅利橋が新しくなってました。
うわ~ショック!

富士急のバス停も新デザインになっており、これまたショック!!
しばらくご無沙汰の間に、色々変わっており、時の流れを感じずにはおれません。
薮道の入口をいくつか発見しましが、抑えて子安宮沢神社を目指します。
車道歩きですが、車の通りが少なく快適です。

5月とはいえ、けっこう暑いので自販機を見つけて、桃ジュースを飲みます。
そういえば、百蔵山もそのうち行かねばなりませんが、いつでも行けそうなところは、後回しです。

岩殿山への道を分けると、すれ違うハイカーがまったくいなくなり、「←宮の沢」と書かれた指導標で左の道に入ります。

二つの道に挟まれた尾根上に子安宮沢神社があり、どちらの道からも行けますが、やはりここは末端から取り付いてしまうのがサガというやつです。
古い石造物もあるし。

ここを訪れるのは、二度目。
子育ての杉は、どの角度から見れば、子育てしているように見えるのでしょうか?

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子育ての杉

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子安宮沢神社

登里山牧場と書かれた辺りは、のどかな山村風景が広がり、気持ちの良いところ。
登里山という山はあるのでしょうか?
傍らで石仏を見つけ、この舗装路もかつては峠道だったことがわかります。

資材置き場を過ぎると、ブランコの設置してある眺めの良い場所となり、アルプスの少女の気分が味わえるかもしれません。
40過ぎの男が一人でブランコは、あまりにも寂し過ぎるので、今回は控えました。(笑)

おや?あれは橋倉鉱泉か?
と思ったら看板が塗りつぶされております。
後で調べたら、平成24年3月で休館したようです。
これも時の流れか~。

小山田信茂が発見し、杉沼の金工夫が療養していたと伝わる鉱泉です。

橋倉峠は、わかりにくいですが、尾根の切通しです。
この辺からも花咲山へ登ったことがありますが、正規の登山口を目指して下ります。

老人ホームを過ぎると墓地になり、素晴らしい景色が広がります。
冬なら富士山が見えることでしょう。

ハマイバからの道に出て、大月西小前バス停を目指します。
でも、そのバス停は見当たりませんでした。
これはいったいどういうことでしょうか?

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登里山牧場

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峠道の石仏

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ブランコしながら景色が見られる?

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橋倉鉱泉の看板が…

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橋倉峠

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大丸(杉沼)からの道が合流

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殿平(でんでえろ)

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お伊勢山があるらしい

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地図に載せたい道発見!

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一度は泊まってみたい真木温泉

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辻の地蔵尊

つづく…。
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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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