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仁田山峠旧峠道探索 2016.4.16(土)

548m峰の嶺から奥秩父線47号へ下り、右へ曲がって竹寺分岐に出てから左へトラバース道を進みます。
こちらの方が緩やかなのです。

古い地図にあった仁田山峠~久戸沢峠のトラバース道を探しながら下りますが、やはり道形は無いようです。
桜の咲く仁田山峠に降り着き、鍛冶屋橋への旧峠道入口を探しますがなかなか見つかりません。

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端正な蕎麦粒山を眺める

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桜咲く仁田山峠

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楢抜山へは標示が増えた

仁田山峠から少し下ったところから沢へ下ると踏み跡らしきものを見つけましたが、擁壁の先ですぐに消滅。
仕方がないので、沢へ強引に下ります。

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旧峠道入口

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擁壁に沿って下る

沢に下り着きましたが、倒木だらけで、踏み跡がわかりません。
倒木を越えるのに苦労しながら沢沿いを下ると、ガイシのマーキングから道が出て来て嬉しくなりました。
古い地図では、ここからジグザグに仁田山峠へ上がっているようですが、見上げても倒木だらけで道形がわかりません。
林道工事で消滅してしまったようです。

ともかくここからは、旧峠道を筏乗りになった気分で歩きます。
倒木もありますが、ご愛嬌ってやつです。
右に先週歩いた尾根が見えて来て、堰堤を二つほど越えると、石がゴロゴロ…。
っていうかこれって石畳~~~~~~~~^?

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鍛冶屋入源頭は倒木だらけ

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ガイシから道が出て来る

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旧峠道を行く

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倒木

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旧峠道を行く

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名栗往還の名残、石畳

やはりここは紛れもなく、江戸時代に多くの人によって歩かれていた名栗往還なのです。
筏乗りもこの石畳を踏んでいたのかと思うと嬉しくなります。
更に下ると、コンクリ舗装され、こちらは明治~昭和初期に舗装されたものと思われ、重要な峠道だったことがわかります。

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謎の物体

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コンクリ舗装された部分

先週歩いた尾根が合流すると、原市場名栗林道に出て、桜を鑑賞。
舞い散る花びらも風情があっていいですね~。

さてさて、もう一つ重要な宿題をやらねばなりません。

久戸沢峠道と仁田山峠道の分岐にあったという馬頭観音を探し出すことです。
去年の踏査時も探したのですが、発見できなかったです。

s9120061.jpg
林道の桜は終わりかけ

あちこちくまなく探して、東側を見上げると、波板?を見つけます。
なんだろな?と思って近づくと、小屋がけの波板が倒れて目隠し状態の馬頭観音様でした。
いやった~~~~~~~~~~~~~~~~~!
ついに見つけたど~!

林道工事で場所を移動されたということですが、この下が仁田山峠道と久戸沢峠道の分岐ということはこれで確定しました。

眼下ではサイクリングの若者が走り抜けていきます。

これからもここを行き交う人たちを見守りください!
お礼を述べて、林道に下ります。

左俣左岸沿いに道に入ると、確かに峠道の雰囲気です。
でも、少し登ると、大きく割れた沢で道が途切れておりました。
出水で崩壊してから歩かれなくなくなってしまったのでしょう。

それでも、久戸沢峠道の痕跡を見つけることができて大満足。
これにて、久戸沢峠探索を完了としました。

鍛冶屋橋バス停から飯能へ出て、吉野家で豚丼を食べて帰宅しました~。

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1年がかりでようやく見つけた馬頭観音

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久戸沢峠入口

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ここで道が途切れている

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わずかに残る久戸沢峠道

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飯能駅前の吉野家

おまけ動画↓



おわり。
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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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