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日和田山(ひわださん)

標高305.1m・四等三角点 点名:日和田山。高麗丘陵にある山。日高市。

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2015年2月3日(火)四ツ辻付近からの高指山と日和田山

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2015年2月6日(金)巾着田からの日和田山

高さ1000尺 高麗村高麗本郷の東北にあり眺望開濶なり名勝の條参観すべし



と武蔵通志にある。

日和田山の由来は、どんな書籍で調べても載っていないし、不明とされている。
由来解明を難しくしているのは、やはり日和田という漢字だろう。
漢字にとらわれると、本質が見えなくなるし、由来を解明することが困難になってしまう。

武蔵通志には、ヒワタとふりがなが振ってある。
現在は、当たり前のようにヒワダと濁って読まれるが昔はヒワタと濁らなかった。
タとダの違いは重要である。

地図に目を向けると、日和田山の南に日向川が流れ、日向という陽当たりの良い場所に名付けられる地名が見られる。
日和田と日向だとわかりにくいが、ヒワタとヒナタならたったの一字違いだ。
元は、日向集落の上の山だからヒナタ山と呼ばれていたものに、和という文字は「和(ご)む」とも読むので、粋な風流人がヒナタに日和田と当て字して、ヒワタと読まれるようになり、ヒワダになったようだ。

ヤマかサンか?

一般的には、ヒワダヤマと読まれることが多いが、戦前の山岳雑誌や『日高町史』は、ヒワダサンとなっているので、これを採用した。
ヒワダヤマと呼ばずに、ヒワダサンと呼ぶ人は、奥武蔵通と言っても良いだろう。

宝篋印塔は、「聖天院35世隆敞が立たる宝篋塔あり」と『新編武蔵風土記稿』に書いてあり、聖天院の35代目の隆敞という住職が建てたもののようで、享保十乙己天三月吉祥日と彫ってある。

日和田山には、雄と雌の名があったようだが、男坂・女坂、男岩・女岩のことだろうか?
これは今後の研究課題である。

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1990年1月4日(木)日和田山山頂

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1991年7月19日(金)

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1996年11月13日(水)

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2001年5月12日(土)

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2015年2月13日(金)

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2015年2月13日(金)

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2015年2月13日(金)四等三角点標石

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2015年2月13日(金)記念碑

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2015年2月13日(金)日和田山山頂からの眺望
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Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

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