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西道庭(にしどうにわ)

スカリ山の南にある山で、昔はお堂があって、高山に移りそれが高山不動になったという。
『新編武蔵風土記稿』によると、

堂庭:昔秩父郡高山村の不動堂ここにありしと云う。


お堂も無いのに、堂庭ではおかしいから、道庭と改名されたようだ。
権現堂西地区にあるので、西を冠しているが、一般には堂庭ともいう。

三堂の一つ観音堂は権現堂部落に、薬師堂は中野に、それぞれ昔の名残りをわずかにとどめて、形ばかりの小祠が今も置かれていますが、不動堂はなく、ただ伝説が昔のその存在を伝えているのであります。
この堂は、土山から湯ガ手に行くみちの途中で、そこを今も堂庭(どうにわ)といい、布目瓦などが発掘されたこともあったそうで、付近の水田の底には不動堂の釣鐘がうずまっていると伝えられています。
この不動さんは、昔は霊験あらたかで、たいした栄えかたであったそうですが、何か気に入らぬことがあって、高山へ飛んでいってしまいました。
それから高山は、関東三大不動の一つとして知られるほど繁昌しましたが、この権現堂はさびれてしまったのだと、いろり端で土山の老人は語りました。



と『ものがたり奥武蔵 P62』に書いてあり、三堂の一つの不動堂が、この地にあって、それが高山不動へ移転したらしい。
ということは、西道庭は、高山不動の旧地で歴史的価値が非常に高いということになるが、問題はその場所で、『ものがたり奥武蔵』では、土山から湯ガ手に行くみちの途中と記しており、若干の食い違いが見られる。

そこでもう一つの文献を引用してみよう。

スカリ山から南西に尾根が出て、その尾根を奥武蔵グリーンラインが横切っている。
その辺りが道庭と云われ、小字にもなっている。
此の所に昔お堂があって、此のお堂が高山に移って、高山不動になったと云われている。
グリーンライン工事の時、布目瓦が出て話題になった事もあった。
しかし、此のお堂は始めは小瀬名の東の方にあって、後に此の所に移ったと云われている。



なんと!グリーンラインから布目瓦が出土したという。
西道庭380m圏峰は、ちょうど『ものがたり奥武蔵』の「土山から湯ガ手に行くみちの途中」でもあり、グリーンラインにも近く、場所的には、土山から湯ガ手に行く道とグリーンラインの中間なのである。
これで、西道庭の位置は確定した。
資料の標高も380mで完全に一致したので間違いは、ないだろう。

s8530072.jpg
2015年3月23日(月)権現堂林道(グリーンライン)からの入口。右の作業道だと山頂を巻いてしまうので、黄標柱の立つ巡視路に入る。

s8530073.jpg
2015年3月23日(月)作業道に削られているが、かろうじて踏み跡が残っているのが嬉しい。

s8530074.jpg
2015年3月23日(月)左:巻道から奥秩父線82号へ 直進:西道庭山頂へ

s8530075.jpg
2015年3月23日(月)西道庭山頂 380m圏峰 植林に囲まれた突起。かつては、鐘楼程度はあったかもしれないという雰囲気。

西道庭の先で二手に道が分かれ、左は先ほど分かれた巻道が合流し、奥秩父線82号を経て登山道から武蔵横手駅へ。
右は作業道と並走して登山道からユガテへ。

s8530082.jpg

s8530084.jpg
2015年3月23日(月)奥秩父線82号

s8530085.jpg
2015年3月23日(月)登山道に出る地点(左の道)

公図では訛って「西ダラニワ」と記載されている。
西道庭より更に前のお堂の場所が小瀬名の東の方というがそれはどこだろうか?
祠のある場所?
それともベンチ、テーブルのある所?

s8330055.jpg
2015年2月20日(金)不動堂跡地?
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Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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