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龍谷山と論地山

原市場中学校から、グランドの向こうに見えている、急な石段が、今回の取付点です。

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息を切らせつつ登って振り返ると、展望が広がって癒されます。
見えている山は、これから踏査予定の中藤尾根の高山という山らしいです。

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峠のような鞍部には、注連縄にみかんが吊るしてあり、地元の方が今でも信仰しているようです。
名のある峠に感じましたが、無名の峠のようです。

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↓こちらが、柳島峠のようですが、先ほどの鞍部より、峠の雰囲気に欠けます。

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切通しのある鞍部が中ノ坂。
妻沢側には、立派な指導標も立っています。

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奥秩父線55号、286m点を過ぎると、明るくなって、南東の眺めが広がり、アンテナが建っています。
ここが300m圏峰の朝見山です。

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急坂を登ると、龍谷山(りゅうがいさん)で、真新しい秋葉神社の石祠が置いてあります。
昔は、山名標があったようですが、今は見当たりません。

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龍谷山とは、要害山が転訛したものだという説があり、要害とは城跡のこと。
数百年を経た現在は、すっかり樹木が生い茂っておりますが、かつての空堀跡が確認できました。
鎌倉時代の岡部忠澄の山城だったそうです。
本丸を挟んで、南が二ノ曲輪、北が三ノ曲輪です。

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384m点、奥秩父線50号を過ぎると、前回通った天神峠と交差します。
手前には、去年の大雪で崩壊したと思われる木祠がありました。
尾根入口は、峠の少し先からです。

林道に出てそのまま尾根通しに登ろうと道を探しましたが見当たりません。
北東へ進むと、赤テープがぶら下がる道があったのでそこから取り付きます。

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501m点を捲き、548m点で笹を分けて下ると、奥秩父線47号、わずかに下ると、登山道ですが、指導標は見当たらず、黄標柱があるだけです。

黄標柱に従って下ると、車道の越える仁田山峠です。

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楢抜山へは、東へ少し進んで、擁壁脇から登ります。
短い岩場を越えると、前回の河又分岐に合流し、急登をこなして、楢抜山山頂です。
天狗積、505m点を過ぎて、赤テープがいくつもぶら下がる場所から南へ下ります。

340mの論地山には、山名標がありました。
この尾根は、旧名栗村の境界線が走っており、境界論争のあった地だから論地山なのです。

次のコブに、社があり、天王神社です。

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墓地に出て、さらに下ると円福寺で、車道に出ると、右に久林バス停がありました。

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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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