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山ノ神と姥神様

旧道はまだまだ終わりではありません。
車道に寸断されていて少々わかりにくいのですが、車道を下らず右の山伏峠方面へ進むと、古びた鳥居があり、そこを入ると、山ノ神があります。

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山ノ神入口

かつては毎年8月31日に山ノ神祭りをしていたそうです。
すぐ下の沢は、七段の滝があったそうですが、今は涸れ果てており、雨乞の神事が行われていたことを想像するのは難しいです。

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山ノ神と稲荷神社

さらに山伏峠方面へ進むと、舗装された小道が左へ分かれ下るのでそれに入ります。
天女の羽衣を纏ったような馬頭観音で、「右大三や、左稼治原講中 文化九壬申吉日」と彫ってあります。
稼治原は、鍛冶原という金属伝承地名で、八ヶ原(はちかばら)のことです。
土道の山伏峠旧道がここで合流しますが、車道で破壊されていることは容易に想像できます。

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馬頭観音

車道に出て、姥神橋を渡ると、右に姥神様があります。
フェンスの切れ目を少し上がったところなのでわかりにくいです。

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姥神様(嘉永元年 1848年)

昔、今の14区の高橋のそばの金掘りという所にある一軒の家がありました。
かなり豊かに暮らしていたようでした。

ある晩、裏山の方から山姥のような頭の毛を乱し、みすぼらしいおばあさんが、この家の戸を叩きました。

そして、「頭がかゆくてたまらない、頭のしらみをとってくれ」と言いました。

この家のおかみさんは、汚くて嫌だなと思いましたが仕方ありません。

渋々火箸を焼いてとってやりました。
おばあさんは、とぼとぼ帰って行きました。

次の日の夕方もまた、現われてしらみをとってくれと言いました。

それからというもの、毎晩毎晩現われるのでこの家の者は困ってしまいました。

そこでこの家の夫婦は相談して、このおばあさんをころすことにしました。

また、夕方現れましたので夫婦は、「毎日毎日なんだって人にそんなことをさせるのか、もう我慢できない!」
と、二人でおばあさんに飛びかかり、喉をしめてころしてしまいました。

ぐったりしたおばあさんをみて、二人はがっくりしたり、ほっとしたりでした。

主人は鉈で首を切り、湯の沢の一番奥の山に埋めました。

この話を聞いたこの山の持ち主が、ねんごろに葬り、姥神という文字を入れた石を建てました。

石の奥に某建之と彫られています。

その後、氏は留守になるため今の氏宅の先祖へ山ごと、その姥神様を守ってもらうため譲ったということです。
氏宅は屋号を姥神といいます。

また胴体は芦ヶ久保にある姥神様に葬ったといわれます。

そして、そのあたりを姥神といい、姥神橋もあり、氏宅の屋号を姥神といいます。

湯の沢の姥神様も、道路ができるために三度位移転したそうですが、その時掘ったところが、かめの中に頭蓋骨のようなものが入っており、通りかかった人が、「なんだ、こんなもの!」と杖でつついたそうです。

すると、その人は大変な高熱に悩まされ、何日も床に伏せっていたということです。

姥神様の首に巻かれている真綿を首にかけると風邪をひかぬとか、百日咳を治してくれるとかいわれ、お参りするそうです。

『名栗の伝説 P16』

姥神様には、怖ろしい言い伝えがあったのですね。
なんだか悪寒がしてきましたよ。
再訪することがあったら花でも供えたいですね。

名郷発14:44のバスになんとか間に合って帰宅しました。

明日は、天目指峠付近を歩く予定です。
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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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