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中沢バス停~権五郎神社~堂平山 2015.1.29

今回は、中沢バス停から堂平山、スルギ、小床峠を経由して、西吾野へ北上することにしました。
一番の目的は、主要ルートから外れている堂平山の登頂と指導標のあった小床峠道の踏査です。

飯能駅から中沢行バスに乗って、閑散とした終点の中沢バス停で下車して、下中沢橋を渡ると左上に石造物が立っているのが見えます。

「南無阿弥陀佛」

「ミぎねのごんげんみち 是より三十六丁」

「ひだりごづてん王みち 是より十六丁」

ごづてん王というのは、牛頭天王でつまり、竹寺のことです。
なぜ「み」⇒「ミ」なのかは不明ですが、理由を考えながら歩くのも楽しいものです。

s8180004.jpg
三十六丁石

ここは、子ノ権現参詣道の一つ、中藤口(表口)にあたります。
今は裏口のようにも見えますが、大正4年(1915年)4月に西武鉄道が飯能まで開通すると、吾野口に変わって中藤口が表口になりました。
しかしそれも、西武線が昭和4年(1929年)に吾野駅まで延伸すると、吾野が再び表口になり、中藤口は、廃れてしまったようです。
中藤口が表口だったのは、僅か14年だけでした。
この石造物は、移り変わる人の流れをずっと見てきたのでしょう。

栃屋谷林道を進むと左上に「三十二丁目」石を見上げます。
s8170014.jpg
三十二丁目

三十五、三十四、三十三丁石は、道路拡張の際に失われてしまったのか見当たりません。

まもなく、権五郎(ごんごろう)神社が見えてきます。

s8180007.jpg
権五郎神社

権五郎神社は、御霊神社の別名があり、鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏の5氏(関東平氏五家の始祖)の霊を祀った神社で、五霊が転じて御霊神社と呼ばれるようになったそうです。
権五郎とは、5氏の一人、鎌倉権五郎景政のことで、史書によれば、後三年の役で奥州で鳥海弥三郎に右眼を射抜かれましたが、それにも屈せず相手を討ち果たした豪の者です。

金属伝承ではお馴染みの人物で、ここにも製鉄、鉱山に関する信仰があったことをうかがわせます。

天目指峠、鍛冶屋橋など付近には、金属伝承にまつわる地名が多いのです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここからはバリエーションルートです。

社殿の右をジグザグに登ります。
平坦地に出たら右の植林帯に入ってから左へ折れるのがコツです。

s8180009.jpg
社殿の右から登る

踏み跡をたどって、ジグザグに登り、尾根に乗ったら、後は尾根上を登ります。

s8180014.jpg
大きなモミの木

520m圏峰の堂平山は、植林に囲まれた静かな山頂です。
近くには、集落跡もありますから、鐘突き堂でもあったのではないかと思われます。

美麗な書体で綴られた山名標が掲げられ、篤志家を迎え入れてくれます。

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堂平山

つづく…。
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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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