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高岩山(高岩)

怒った天狗

むかし、高岩には天狗が住んでおりましたが、あるとき、山仕事をしている伝八じいさんが、その道を通りかかると、木の上のほうで、カチカチという拍子木を打つような音がしました。

おどろいてあたりを見ましたが誰もいません。

そのうちに背筋から寒気がしてきて、昼間だというのにガタガタ震えだしました。

伝八じいさんは、これはきっと天狗のしわざに違いないと思い、急いで山小屋に駆け戻りました。

夜になって、みんな寝静まった頃、山の方でドサン、ドサンという木を切り倒す音がしてきました。

恐ろしくなって布団の中でぶるぶる震えていると、今度は山小屋がグラグラと揺れてきました。

伝八じいさんは、もう生きた心地がしなかったそうです。

次の朝、外へ出て調べてみても、木は一本も切られていません。

家がグラグラ揺れたことも、一緒にいた人は気が付かなかったそうです。

伝八爺さんは、大岩の近くにあった、大人が両手を広げてふたかかえもある大きな松の木を切ったことを思い出しました。

その木は、昔から天狗の腰掛松、といって誰も切ろうとしなかった木でした。

伝八じいさんは、これはきっと天狗が怒ったのだといって、二、三日寝込んでしまったということです。」

『飯能の伝説 P58』

「この前坂を越えると飛村とよぶ、周囲を山に囲まれたささやかな山村があります。
部落の入口には高岩、または高岩山とも呼ばれる岩峰があり、岩上の祠は日立の蚕影山の神を勧誘してある養蚕の神様であります。
また近頃は三峰神社の眷族をかりてきていっしょにまつり、これは部落の災難盗難除けに霊験があるといいますが、一年ごとに返却しては新たに手数料を収めて、お借りしてこなければならないという、めんどうなものであります。
またこの岩は天狗の住み家だといわれ、村人からたいへんおそれられています。」

『ものがたり奥武蔵 P32』


平坂飛村林道を歩いていると、いくつか作業道の入口を見ます。
林道歩きも、作業道入口を探しながら歩くと楽しいものです。
林道が左へヘアピンカーブするところでかなり明瞭な踏み跡が延びていたので、入ってみることにしました。

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前坂入口

沢筋をつめて行くと、短い距離で登山道に出て、そこは指導標があり、419m点への道が分かれる場所になっており、峠状を成しておりました。
このまま吾野へ下って帰りたいという気持ちを抑えて、今日はもう少し頑張ります。
前坂から栃屋谷林道に出て、黄柏坂を目指します。
かつての峠は石灰岩採掘で失われてしまいましたが、至近の場所に祠が遷座されたので、ここを黄柏坂と呼んでも語弊が無い感じです。

見晴らしの良いガードレール脇の小石に座っておにぎりを食べていたら、トレラン女子が挨拶をして、走り去って行きました。
そういえば、トレランコースでしたねここは。

スルギへ向かう登山道とは反対の踏み跡に入り、コブに着くとそこから下は岩尾根で、踏み跡もあまりはっきりとしません。

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石灰岩の尾根を下る

次のピークに来ると、これまた露岩で、大杉が一本立っております。
正面からは無理なので、右から迂回して登ると、崩れた祠がありました。
これが『ものがたり奥武蔵』に書いてあった「蚕影山の神」すなわち蚕影社のようです。

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露岩のピークと大杉

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崩れた祠(蚕影社)

倒木を避けて下ると、そこからは歩きやすい尾根道となります。
おそらく、飛村から蚕影社は、良く歩かれていたものと思われます。
高岩山に着くと、伝説にあった大きな切り株と、朽ち果てた倒木があり、これが天狗の腰掛松のようです。
倒れても腰掛られるよね?
まさか、実在する伝説だとは知らず、ちょっぴり感動しましたよ。
高岩は下にあるようなので、基部へ降りてみることにしました。

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高岩

なるほど、これは確かに大きな岩です。
今では灌木が育ってしまって、下からでは容易に見えませんが、飛村から見れば高所にある大岩なので、高岩と名付けられたのも納得です。
地形図で見ると、等高線がかなりの密度なので下りたくありません。
下は、ほぼ垂直な崖なので、伝八じいさんでなくとも震えます。
高岩基部を回るのも、木につかまりつつ慎重に移動します。

すると、傾いて庇のようになった大岩がありました。
かつてはここで博打が行われていたのでしょうか?
ちょっと寝ころんだら谷底へ落ちてしまいそうですが。
地元の女性に、「高岩は登ってはいけないと小さい頃に言われた」との話を聞き、女人禁制の場所であったことがわかります。
その理由は、博打が行われていたからではないでしょうか。
天狗が出るとかの話は、人を寄せ付けたくない理由があったのは間違いなさそうです。
何かの痕跡がないかと探すと、小さな徳利が落ちておりました。
なんらかの祭祀が行われていたようです。

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高岩の庇のある岩

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なぜか徳利

尾根通しは、あまりにも危険過ぎて下れないので、少し戻って、林道が見えた場所から下りました。
平坂飛村林道を歩くと、飛村集落とその上の桜が見事です。
栃沢峠への尾根もマーキングがぶら下がり、いつか踏査しなくてはいけないようです。
竹寺に行く時にしますかね~。
女淵、二ツ岩、大淵も見つけたいですね。
中藤上郷は何度か歩いているのですが、まだ未発見です。

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飛村集落と桜

高岩は時間が余ったから寄り道したので、本当は、湯ノ花山、南沢山と一緒に踏査する予定でした。
林道を戻り、吾野飛村林道に入って下ると、林道脇に積もった土砂を掃除している光景に出くわしました。
こうやって手入れしている人もいるのですね~。

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林道の土砂掃除

明治43年土石流災害之地というのがありました。
当時この地を襲った土石流は、高麗川を堰き止め、その痕跡は、高麗川に転がる大岩に今でも見ることができます。
この辺りは、やたらと砂防ダムが多いのも納得です。

以前、調べたアズサズの他、ザンバミ、ザル久保、ジョウロ、ワニゴ沢は、崩壊が激しい地名を示すものです。
地名には、そこでかつて何があったのか、災害を未然に防ぐヒントが隠されているものも少なくないのです。

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明治43年土石流災害之地

ワニゴは、『飯能市史 資料編 Ⅺ』でも詳細不明となっておりますが、ワは漢字で「曲」と書き沢が曲がりくねった様子をあらわし、ニゴは、ヌケの転で数ある崩壊地形用語の一つです。
また大雨が降れば沢水が濁るの語幹のニゴとも関係があるように思います。
地形図を見ると、前坂を源流とするワニゴ沢は、確かに曲がりくねっておりますね~。

太古の人のネーミングセンスには脱帽します。

ふれあい小道経由で吾野駅へと戻りました。

南図も残すところ二日分となりましたが、明日は、そろそろ北図にもとりかかりたいと思い、天狗岩から武川岳へ出かける予定です。
ってまた天狗関係の場所ですかい…。(笑)

おわり。
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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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