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釜戸山の由来

表参道探索で体力を使い切ってしまったようで、体が重たいです。
絶対に見つけてみせる!
と意気込んでいたのに、廃道だったことも精神的なショックが大きかったです。

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空模様は心の中を表わしている?

それでも、屋船山をやっておかないと、後のスケジュールがきつくなります。
後悔だけはしたくないので、東峠を過ぎて、新所沢線58号を目指して進みます。

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巡視路入口

新所沢線58号から巡視路に入ると、すぐに尾根上を下るようになり、薮も無いすっきりした歩きやすい尾根です。

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岩ゴツの尾根

字名でいうと、釜戸谷所ヶ林と釜戸谷北高沢スの境界尾根ということになります。
釜戸谷は、旧白子村にあり、白子村は、高麗川を境に、南を下白子、北を上白子と呼んでいたそうで、ここは、下白子になります。
白子の由来は、志木や新座と同様に新羅という意味で、ここにも渡来人の痕跡があります。
新羅の人⇒白子ということではないでしょうか。
ちなみに、新羅の読み方をシラギと学校で教わりますが、ギというのは、「新羅憎し」という意味で、新羅に滅ぼされた百済が憎しみを込めて呼んだ名称と聞いたことがあります。
実際に韓国へ行って調べたら、新羅は「シラ」と読んでおり、ギはどこにもありません。
日本だけの呼び名のようです。

釜戸谷のカマドとは、深く入り込んだ場所という意味で、地形図を見ればちょうど鎌のように谷が奥深く入れ込んでいるのがわかります。
地形が鎌状なのと、釜戸の意味がここでは一致するのは偶然なのかもしれません。
字面から釜戸山には、炭焼き窯があったのが由来だろうなと思いがちなのですが、そう簡単にはいかないのです。

釜戸谷所ヶ林のトコロというのは、所沢の由来と同じで、野老のことです。
野老は「トコロ」と読みます。
そのトコロとは、ヤマノイモ科のつる性多年草の植物のことで、別名オニドコロ。
自分には、こちらの方が馴染み深いです。
その野老がたくさん生えている林というのが由来です。

釜戸谷北高沢スというのは、こんな奥地でも焼畑が行われていたことの証です。
この場合の「沢」はザと読みます。
カマドヤツキタタカザスと読むのが正解です。

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新所沢線59号

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左の巡視路へ

新所沢線59号から急下降して、黄標柱で左へ巡視路を下ると、ぽっかりと植林されていない空間に出ました。
おそらく畑跡でしょう。

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畑跡

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朽ち木橋は渡らず、徒渉する

釜戸谷1号線に出て少し下ると、黄標柱があったので入ってみます。
薄い踏み跡をたどると、なんとか尾根に乗りましたが黄標柱が立っておりません。

少し進むと全然関係無い場所に黄標柱が立っており、この矢印が指し示す斜面を振り向いて見てみますが、当然道は無く、灌木の藪が広がるばかりです。
黄標柱が間違っているのは、初めてのような気がします。
これだけを頼りに歩くのも危ないんですね~。

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間違って設置された黄標柱

新所沢線60号へ行くと、巡視路の土留めがレールですよ!
西武線のレールでしょうか?
にしては、レールの大きさが一回り小さいですよ。
軽便鉄道のようなレールです。
会社名が銘打ってあればいいのですが。
って今日はこんな道草を食っている余裕がないのですよ~!

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新所沢線60号

屋船山の分岐まで往復して、巡視路を下ります。

s8620101.jpg

この巡視路も踏み跡が薄いものでした。
釜戸谷林道に出て、最後の課題に取り組みます!

つづく。
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Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

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