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五輪山(ごりんやま)

標高770m。 花桐川源頭、伊豆ヶ岳の北にある山。飯能市。

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2001年5月26日(土)鎖場からの五輪山

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2001年5月26日(土)五輪山山頂

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2001年5月26日(土)五輪山山名標

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2015年5月2日(土)五輪山山頂

北東の旧南川村 実谷(ジッコク)、南東の伊豆ヶ嶽、東の旧名栗村 新田の小字境界が交わる山頂。
五輪とは仏教で言う地水火風空の五大を表し、密教系の信仰による山名で、伊豆ヶ岳に祀ってあったという、虚空蔵菩薩と関係していると思われる。

『ものがたり奥武蔵 P17』略図にオハヤシとあり、御林が五輪に当て字された可能性も高い。
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伊豆ヶ岳(いずがたけ)

標高850.9m・三等三角点 点名:伊豆岳。 湯ノ沢川左岸、小高山の南にある山。飯能市。
別名:虚空蔵山・虚空蔵岳

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2015年4月23日(木)子ノ権現展望台からの古御岳と伊豆ヶ岳

伊豆ヶ嶽 イズガタケ

丸山の西、標高851.4m。
静岡県伊豆山の伊豆権現と関係する地名であろうか。
伊豆山が見えるので伊豆ヶ嶽というとも聞くが、いささかむり。
山頂へんに愛宕、虚空蔵、山神などの小祠ほか、諸々の神仏が集まって、ここが神聖な山であることがわかる。
『郡村誌』は「頂上に虚空蔵を安置」とのせるが、『風土記稿』は高麗川の水源の一つとして「村の西南小名穴切入伊豆ヶ嶽の辺より流れ出、」とあげるが、社寺の存在に触れていない。
伊豆ヶ嶽はさきの畑井に伊豆大権現が祀られるし、静岡県の伊豆山と何らかの関係はあると思われるのだが積極的な裏付けはない。
そこで『風土記稿』の水源地としてのイズをも考えねばなるまい。
元来静岡の伊豆にしても出湯(イズユ)から生れたという。
ここの伊豆ヶ嶽も井出(イイズ)ということをいったのではなかろうか。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P166』

北東の旧南川村 伊豆ヶ嶽、南東の藤ノ入、南西の旧名栗村 釜ノ入、北西の新田の小字境界が交わる山頂。

伊豆ヶ岳の由来には、いくつかの説がある。

①アイヌ語説
突峰状の山容をアイヌ語でイズというと山頂の解説板にあると書いてあるが、辞典を見てもイズは載っていない。
似た語だと、イト=岬とあり、岬も海に突き出た地形で、意味は似ている。
イトは、エツ、イツ、イトに変化し、そのうちのイツが濁ってイヅになったようだ。
因みに、伊豆と江戸もアイヌ語では岬を意味している。
日本語の出(いず)もこれが語源と思われる。

②伊豆ヶ岳説
山頂に登ると伊豆まで見えたと山頂の解説板にあると書いてあるが、残念ながら伊豆は、見えないようである。
これは伊豆ヶ岳の山名から出た後付け説であろう。

③柚ヶ岳説
ユズの木が多くあったからと山頂の解説板にあると書いてあるが、植物が由来の地名は数が少なく、これも伊豆ヶ岳の山名から出た後付け説であろう。

④湯津ヶ岳説
麓の湯ノ沢で温泉が湧き出ており、その前の山だからと山頂の解説板にあると書いてある。
『ものがたり奥武蔵 P14』によると、湯ノ元という小池から昔は温泉が湧いていたという。
また同書P149には、湯ノ沢部落の奥に湯ノ元があると書いてあり、いつか訪れてみたい。

①のアイヌ語説が一番無理の無い説で、突き出た地形がイツと呼ばれ、起源は縄文時代まで遡ることができる。
それに伊豆の字が当てられて伊豆ヶ岳と呼ばれるようになった。
また東方の岩場では修験者の修行が行われ、信仰の山にもなり、虚空蔵山の別名も生まれたと思われる。
『日本山岳伝承の謎 P167』には、虚空蔵と金属伝承の関係について書かれており、虚空蔵は鉱物神で周辺には、久通、鍛冶屋平、天目指峠、花桐と金属に関係する地名が多い。



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1990年6月21日(木)伊豆ヶ岳山頂

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1998年11月21日(土)伊豆ヶ岳山頂

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1998年11月21日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2001年5月26日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2001年5月26日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2015年4月26日(日)伊豆ヶ岳山頂

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2015年4月26日(日)伊豆ヶ岳山名標

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2015年5月2日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2015年5月2日(土)伊豆ヶ岳山名標

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2015年5月2日(土)伊豆ヶ岳由来解説板

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2015年5月8日(金)伊豆ヶ岳山頂

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2015年5月8日(金)伊豆ヶ岳のヤマツツジ

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳山名標

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳三角点

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳大黒天???

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳山名標

古御岳(こみたけ)

標高820m。 湯ノ沢川左岸、伊豆ヶ岳の南にある山。飯能市。
別名:小御岳・古伊豆

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2015年4月23日(木)子ノ権現展望台からの古御岳と伊豆ヶ岳

黄柏橋 キワダバシ ワウバクキャウ

藤ノ入の南、中腹の平口川をはさんで数戸がある。
サルイワ、ヒジリと呼ぶ場所があり、西北の山を古伊豆という。
伊豆ヶ嶽は尾根伝いに300mほどになる。

黄柏橋にはキワダの木があって明治の頃まで染料に使ったという。
キワダの地名は白子685大倉谷キワダ久保などがあった。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P168』

北東の旧南川村 藤ノ入、南東の黄柏橋、西の旧名栗村 釜ノ入の境界が交わる山頂。
『ものがたり奥武蔵 P16』によると、伊豆ヶ岳を主峰として、その前山なので小御岳としていて、地元では伊豆ヶ岳と古御岳の二山を合わせて、大山と呼んでいるという。
よって、古御岳の「古」は、本来は「小」が正しいようだ。
『飯能市史 資料編 Ⅺ』によれば、古伊豆と呼ばれているとあるが、これも元々は小伊豆だったのであろう。
ミは美称で、タケは、元々「峯」と書き、山名語尾の古い言葉でかつては日本全土の山が~岳だったらしく、ユーラシア大陸全域に広がっている言葉である。
御岳信仰も、かなり古い信仰のようだ。
南北アルプスに~岳が多くあるので、岩山の山名語尾として考えられている。

子ノ権現展望台から見ると、丸みを帯びた山容の伊豆ヶ岳とは対照的に、先の尖った尖峰であるので、どちらから登っても急登を強いられる。

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1990年6月21日(木)古御岳山頂

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1998年11月21日(土)古御岳山頂

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2001年5月26日(土)古御岳山頂

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2015年4月28日(火)古御岳山頂

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2015年4月28日(火)古御岳山頂

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2015年4月28日(火)古御岳東屋

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2015年4月28日(火)古御岳山名標

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2015年4月28日(火)古御岳山名標

高畑山(たかばたけやま)

標高695m。 名栗川左岸、伊豆ヶ岳の南南東にある山。飯能市。
別名:楢生ノ高畑山

楢生 ナロウ

黄柏橋の南の山。
その名が示すように楢の木が多いが、近隣の山々と同様今は杉の植林で覆われている。
かつては楢をはじめとした雑木で占められていた。
麓の大山祗社の下に登り口があり深林を切り登ると眺望の良い平(ヒラ)に出る。
いまは一軒を残すのみだが、以前は4軒あったという。
楢生屋号のこの家は300年も前の建築で、柱は蛤刃の手斧で削られている。
南の空は明るく秩父境の尾根ははるかでその麓は東の方からイモグナ、ショウブガヤツ、ホソクボ、ホトケクボ、古屋敷、クルミノ木入、などと呼ばれ、その間に高畑山(正しくは中ノ沢ノ頭)622.7mがある。
昔はいずれも耕されていた。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P168』

北の旧南川村 黄柏橋、東の楢生、南の旧名栗村 柏木入の小字境界が交わる山頂。
高畑は、普通タカハタと読まれるが、この山はタカバタケ呼ばれている。
高指なら焼畑だが、高畑の場合は、普通の畑(焼畑ではない畑)が広がっていた場所をいう。
南東にある中ノ沢ノ頭の別名のイモグナノ頭のクナは焼畑であったが、ここは焼畑ではなかったということになる。
旧版地形図を見ると622.7m三角点峰に高畑山の名があり、それは間違いで、最新の地形図では訂正されている。

別名の楢生ノ高畑山の楢生とは、『飯能市史 資料編 Ⅺ』によると東方一帯の小字で、楢の木が生えていたことによるらしい。
楢生林道の奥には、民家があったそうなのでいつか訪れてみたい。
山頂の山名標には、ナローノ高畑山となっており、楢生が難読なので、カタカナ書きにしたものと思われる。
小字を冠して山名を呼ぶ時は近くに同じ高畑山があるので区別をするためだろうが、近くには見当たらない。
思いつくのは鳥沢の高畑山だが、距離が遠いので区別する必要はないように思われ、なぜ楢生を冠したのかが不思議である。

山頂は植林で展望が無く、ベンチが置いてあるだけである。

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1990年6月21日(木)高畑山山頂

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1998年11月21日(土)高畑山山頂

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2001年5月26日(土)高畑山山頂

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2015年4月28日(火)高畑山山頂

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2015年4月28日(火)高畑山山名標

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2015年4月28日(火)楢生ノ高畑山山名標

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2015年5月1日(金)高畑山山頂

高岩山と大窪山

2016年12月23日(金)
初狩駅~高岩山~大幡峠~大窪山~近ヶ坂峠~向峠~初狩駅

『子どもといっしょに遊べる山』という本に紹介されている高岩山へ出かけることにしました~。
この本に紹介されている山は、子供と一緒に遊べないような山が多く、高岩山もその一つです。
初狩駅で1年ぶりにTさんと再会し、踏査開始。
線路を歩いて高岩四所神社へ行き、社殿の奥から取り付きます
左に眺めの良い擁壁二箇所に出るところがありますが、右寄りを選んで進むのがコツ。
平坦な尾根に出れば、明瞭な踏み跡が出てきます。
急登の後、平坦な尾根になれば、高岩山で松が生えております。
ここから、高岩のてっぺんへ出るルートが、かなり難しいです。
急下降なので慎重に下って、脆い岩を登ればてっぺんですが、怖くて上には立てません。
オーバーハングしていて、覗き込むとあまりの怖さに体が縮み上がります。
子供と一緒には遊べません!(笑)

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初狩駅付近の案内図、チカヂカザカトウゲになっていた。

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線路を歩ける珍しい場所

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最初の目的地、高岩

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地獄覗きは、ホントに怖い…

高宕山から下ると、富士山の見える岩場出て来てしばし鑑賞。
この付近、滑りやすくて注意が必要です。
進むにしたがって、薮が深くなり、北側の迂回路を進みますが、ほぼ同じ場所で私もTさんも滑ってしまいました。
雨上がりの後は要注意です。
尾根上の薮を我慢して進むのが得策のようです。

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高岩からの富士山

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上級者もびっくりのヤブ

一旦車道に出て、中初狩観測局の脇から斜面を斜上しますが、道が細く滑りやすいの注意しながら登ります。
薮もあるので、逆コースだと躊躇してしまいそうです。
主尾根に出ると、良い道が西へ延びていたので、行ってみると、茶色い物体に出くわし、びっくりくり~w(☆o◎)w
なぜ犬がこんなところにいるのでしょう?
ゴルフ場入口のところで県道に出ましたが、初狩駅へはちょっと遠回りです。

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左の道へ

道標の無い尾根ですが、10年前に歩いた時より歩きやすくなっていて、薮がありません。
大窪山山頂には、山名標がありますが、展望はほとんど無く、静かな山頂です。

近ヶ坂峠でパンを食べて、しばらく歓談してまったり~。
都留市側へ行くと、風も無くあたたかです。

鍵掛峠~金井分岐区間にマーキングが付けられていてびっくりくり~w(☆o◎)w
この道を愛する人がいるのですね~。

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のどかな尾根歩き

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大窪山山頂

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雰囲気の良い近ヶ坂峠

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四が四つ (°口°;) !!

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鍵掛峠~金井分岐区間にマーキングが…?

向峠から右へ峠道を下ると、林道になって蚕種石(こたねいし)なるものを見つけました。
しかし、道標の指す方向を見ても、普通の岩にしか見えません。
右岸にも岩があり、穴らしきものもあるので、行ってみると、Tさんが蛇に見えるといいます。
私は、蚕蛾の成虫に見えますが、道標の指す方向があやふやなので、真相はわかりません。

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蚕種石

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蚕種石???

明日は休日出勤になってしまいました~。
イブに仕事か~。( iдi ) ハウー

中ノ沢ノ頭(なかのさわのあたま)

標高622.7m・三等三角点 点名:南川。 名栗川左岸、伊豆ヶ岳の南東にある山。飯能市。
別名:イモグナノ頭

楢生 ナロウ

黄柏橋の南の山。
その名が示すように楢の木が多いが、近隣の山々と同様今は杉の植林で覆われている。
かつては楢をはじめとした雑木で占められていた。
麓の大山祗社の下に登り口があり深林を切り登ると眺望の良い平(ヒラ)に出る。
いまは一軒を残すのみだが、以前は4軒あったという。
楢生屋号のこの家は300年も前の建築で、柱は蛤刃の手斧で削られている。
南の空は明るく秩父境の尾根ははるかでその麓は東の方からイモグナ、ショウブガヤツ、ホソクボ、ホトケクボ、古屋敷、クルミノ木入、などと呼ばれ、その間に高畑山(正しくは中ノ沢ノ頭)622.7mがある。
昔はいずれも耕されていた。

中野沢 ナカノサワ

楢生の東。
中ノ沢なのであろう。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P168』

北の旧南川村 楢生、南の旧名栗村 柏木入の境界上にある山。
古い地形図では、高畑山となっているが、現在は直されていて、『飯能市史 資料編 Ⅺ』の「高畑山622.7m」も旧地形図に従ったものと思われる。

中野沢の源頭にあるので、中ノ沢ノ頭と呼ばれるようになった。
中野沢は、天目指谷と楢生ノ沢の中間という意味で、野は当て字。
問題は別名のイモグナノ頭の方である。
イモグナとはどういう意味だろう?
これがなかなか難しい。

イモは、「埋も」の転、小さい、山芋の自生地などの意味があり、クナは、連作の畑、焼畑の二年目など耕作地を意味する。
近くに高畑山の名があるとおり、この辺りはかつては耕作地で、小さな焼畑地があったのではないだろうか。

アイヌ語だと、イ(我)・モ(小さい)・クシ(越える)・ナイ(沢)になるが、いまいち意味が通らない気がするので、焼畑のクナの方がしっくりくるようだ。

伊豆ヶ岳から天目指峠方面へは何度か歩いていて、1990年6月21日(木)と1998年11月21日(土)に歩いているが、写真が無いので、どうやら巻道を使っていて登頂していないようである。
初登頂は、2001年5月26日(土)のことであり、その時、山名標が割れて落ちていた。
木彫りの板には、イモグナの頭と書いてあるが、現在この山名標は見当たらない。

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2001年5月26日(土)622.7m三角点峰 中ノ沢ノ頭山頂

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2001年5月26日(土)中ノ沢ノ頭山名標

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2015年4月28日(火)622.7m三角点峰 中ノ沢ノ頭山頂

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2015年4月28日(火)中ノ沢ノ頭山名標

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2015年4月28日(火)中ノ沢ノ頭三角点

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2015年5月1日(金)中ノ沢ノ頭山頂

雨乞山(あまごいやま)

標高590m。 穴沢右岸、中ノ沢ノ頭の南東にある山。飯能市。

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2015年5月1日(金)590m圏峰 雨乞山山頂

『あしなか 第213号 P2』略図にある山名で、柏木橋から柏木林道に入り、八幡神社の裏から尾根に取り付くが、笹薮と急登があり、たどり着くのが困難な山頂である。
山頂は、樹林に囲まれ展望が無いが御神木と思われる杉の大木があり、かつては雨乞いの神事が行われたことを思わせる。

越上山の雨乞いと同じように、南東の穴沢に釜淵があり、ここで雨乞いをした後、この雨乞山に登ったのだろう。

釜淵には、次のような龍の伝説がある。

昔、釜淵には龍が住んでいて、伯林寺に近い入間川の鬼丸淵と地下で通じていた穴から行き来していたらしい。
この龍は近くに住む機織りの娘に恋をしていた。
人寄せなどで膳椀が必要なときは、釜淵に来て龍に頼むと貸してくれた。
ある時、借りた器を壊してしまった人がいて、それからは膳椀は浮いてこなくなったそうだ。



『埼玉の川を歩く 飯野頼治 著 さきたま出版会 P17』

『ものがたり奥武蔵 P155』にも同じような話が書いてあり、こちらの龍は沢の入口に池を作ろうとしたができなかったという話がある。
この他『名栗の民俗 上 P340』にも「釜淵の竜神様とお膳」というタイトルで同様の話が書いてある。



登中(とっちゅう)

標高501m。 花桐川左岸、伊豆ヶ岳の北北東にある山。飯能市。

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2015年5月2日(土)501m峰 登中山頂

登中 トッチュウ

前ノ沢の東。
大蔵山と花桐の途中だと簡明な説明を土地の古老から伺った。
なるほど地図でみるとそのとおりである。
もっとも栃生(トチウ)⇒途中も考えてみたい。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P165』

南西の旧南川村 大多比良、北の登中、南東の花桐の三つの小字の境界が交わる山頂。
『あしなか 第213号 P2』略図では、この山を笠岩(かさや)としているが、それらしい岩は見つからない。
しかし、『飯能市史 資料編 Ⅺ』でも花桐に笠岩の小字があるとしており、花桐の西端になるので、ここが笠岩であってもおかしくないことになる。
真相を確かめるために再調査が必要な山である。

参照⇒笠岩

奥武蔵には、原市場の登戸(ノボット)をはじめ、いくつかノボットという地名があり、「坂道を登ったところ」というのが由来のようである。
登中にも、ムジナ峠を越える坂道があり、登りの途中だからトッチュウといったのも頷け、ノボットの親戚のような地名なのである。

参照⇒登戸


明るくなった近ヶ坂峠

2016年12月19日(月)
都留市駅~近ヶ坂入口バス停~近ヶ坂峠~鍵掛峠~向峠~大岩山(大岩ノ頭)~屏風岩山~初狩駅

ほんとは、昨日の18日にも踏査へ行く予定でしたが、夜勤明けで昼まで寝てしまい、行けませんでした。
やっぱり、昼夜交代勤務は、山行に向いてないですね~。きつい~。
今日は、Dさんと近ヶ坂峠に行く約束をしていたので、不眠症気味で睡眠不足ですが、なんとか起きて出かけます。
都留市でDさんと合流して、近ヶ坂入口バス停を過ぎると、染色工場跡の石標を発見。
いったい何を染めていたんでしょうかね~。

戦国時代の武将、小山田信茂も越えた歴史のある峠道で、近ヶ坂往還の道標があります。
近ヶ坂峠が近づくとだんだん雰囲気が良くなって来て、峠に到着します。

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近ヶ坂往還入口

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大岩の上の石仏

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支流の滝

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新しい木橋

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落ち葉の積もる峠道

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鍵掛峠分岐

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近ヶ坂峠付近は明るい峠道が復活!

以前来た時、2006年~2007年頃は、灌木とシノヤブが酷く、倒木もあって、どこが近ヶ坂峠なのかわからないほどでしたが、嘘のような明るい近ヶ坂峠になっていて、びっくりくり~w(☆o◎)w
この峠は好きになるわ~。

ここから石仏が良く見えるので、パンを食べた後、行ってみることにしました。
二体あって、一体は割れていたのか、補修された跡があります。
以前歩いた時は北側を歩いてしまったので見つけられませんでした。
南側は灌木の藪が酷くて、まったく歩けなかったのです。
それにしても、明るくなった近ヶ坂峠は素晴らしい!

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2007年1月27日(土)ヤブヤブの近ヶ坂峠 下の画像と比較してみて~!(ほぼ同じ場所から撮影)

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2016年12月19日(月)向こうから早馬が来そうな雰囲気の近ヶ坂峠

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西側から明るい近ヶ坂峠を見る

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石仏は谷村方面を見ている

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2006年12月16日(土)近ヶ坂峠 10年後左の木の手前に指導標が立った

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2007年1月27日(土)近ヶ坂峠 左の枯れ木は撤去されている とにかく灌木がすごい!

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2016年12月19日(月)明るくなった近ヶ坂峠

荒れ放題だった、近ヶ坂峠が復活したのは、まことに喜ばしいことです。
この峠は何度も訪れたいですよ!
くどいようですが、明るくなった近ヶ坂峠は素晴らしい!

高川山方面も以前は、猛烈なシノヤブだったのですが、すっかり歩きやすくなっておりました。
鍵掛峠で、ザックを置いて、先ほどの分岐まで地形図破線路を踏査します。
崩壊箇所やシノヤブがあって、上半分が廃道です。
下半分は、畑があったような平坦地が広がっており、雰囲気が良いです。
下の指導標に、鍵掛峠とありますが、物好き以外は入らない方が良いです。

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鍵掛峠から金井方面の峠道へ

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崩壊が激しく廃道っぽい…

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崩壊してる

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シノヤブの峠道

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この辺は良い雰囲気

崩壊の激しい峠道を引き返す気になれず、もう一度近ヶ坂峠へ向かい、鍵掛峠へ出ます。
ザックを回収して、横木を跨いで、左のトラバース道(地形図破線路)へ
『峠のむこうへ』さんの鍵掛峠プレートがひっそりとかかっておりました。
左後方から、近ヶ坂峠からの道と思われる道を合わせると、崩壊の激しいトラバース道になり、肝を冷やします。
この道は廃道ですね~。
久しぶりに、ドキドキしてしまいました。

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鍵掛峠~向峠の地形図破線路へ 倒木越えが厳しい!

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崩壊して危険なトラバース道

向峠に着くと、行けないように横木があります。
かなり厳しい道なので、物好き以外は入らない方が良い道です。
一般には、尾根上の道を使うのが良いです。

大岩山では、岩殿クラブが設置していた、山名標があったはずですがありません。
10年経ってますからね。

屏風岩山からは、相変わらずの好展望で、富士山をはじめ、三ツ峠山~滝子山~雁ヶ腹摺山まで見えます。
やっぱりこの山にして良かった~!
ここからの下りは落ち葉で滑りやすいので木につかまりながら下りました。

左から林道をかすめた後、シノヤブが酷い道になりました。
10年前は、これほどひどくなかったんですけどね。
手入れがされていないのでしょう。
車道に出たらホッとしましたよ。

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屏風岩山からの富士山

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薮好きにはたまらない道?(笑)

初狩では、ちょうど電車が来て、平日の14時過ぎは空いてますね~。
正月は有休を使って10連休にしたので、今から計画を練りま~す。

笠岩(かさや)

標高598m。 花桐川左岸、伊豆ヶ岳の北東にある山。飯能市。

南の旧南川村 丸山、北の柊木の境界にある山。
『飯能市史 資料編 Ⅺ P166』小字花桐に笠岩(カサヤ)とあり、『あしなか 第213号 P2』略図では東の501m峰を笠岩としているが、このピークではそれらしい岩が見当たらない。
598m峰の岩が半円形で岩の形に見えるので、これを笠岩としたが、501m峰の可能性もあるので、再調査が必要である。

ムジナ峠の位置は間違いで、501m峰の西鞍部が正しいようだ。
申し訳ございません。

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2015年5月2日(土)岩場を登る

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2015年5月2日(土)598m峰 笠の形に見える

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2015年5月2日(土)岩峰
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プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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