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からかさ岩 2016.07.20(水)

体調不良が続いて、しばらくお休みしておりましたが、ようやく踏査に行けるようになりましたので行ってきました。
平日に仕事が休みの時は、宝鉱山へ行くことにしております。
都留市発9:40のバスは平日のみ運行なので~。

終点の宝鉱山で下車して、さっそくからかさ岩(巡視路)入口へ向かいます。
いくつかテントが張れそうな平坦地が点在しているので、ここも宝鉱山の施設があったようですね。
観察小屋は、倒壊寸前です。
以前来た時は、覗き窓から覗けたんですけどね。

送電線鉄塔を過ぎると、右下に林道が見えます。
林道終点の階段がどこへ続いているのか気になりますね~。
巡視路も分かれたので、夏が終わったら再び来ようと思います。

ちらりと稜線が見えるたりするのですが、遠いですね~。
でもこの山深い雰囲気が良いのです。
晴れたり曇ったりで、お天気さんは忙しそう…。
それにしても暑い~。
風があればすぐに休むのですが、ほとんど無風です。
結局、からかさ岩まで行ってしまいました。
長かったです。
ここは、平坦地が広がり民家か畑があったのでは?と思える場所。

からかさ岩からは、斜面を斜上して行き、道が曲がる場所では、手製道標がありました。
確かに下りの場合だと、助かります。

上の方へ行くと、雲の中に入ったようで、ようやく涼しくなって来ます。
雰囲気もいいですね~。


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からかさ岩(巡視路)入口

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壊れた観察小屋

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からかさ岩

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手製道標

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雰囲気のいい道を登る

稜線は、風が抜けてほんとに気持ちがいいですよ。
夏でも、快適に歩ける場所ってあるんですね~。
道標のところから石切山北尾根に入りま~す。
落ち葉が積もっていて、以前より不明瞭になっておりました。
歩く人が少なくなってしまったのでしょうね。
ところどころにプラ製階段があるので、ルートファインディングに役立ちます。
道を探しながら歩くのも面白いですね~。
自分の技量が試されます。

一本栂は、枯れておりました。残念。
以前は、標示があったはずなのですが、見当たりません。
これも時代の流れでしょうか~?

西群馬幹線の送電線鉄塔を過ぎて次の分岐を右だったのですが、間違えて左へ行ってしまいました。
赤テープも左だし、踏み跡も左が明瞭だったので。
間違いに気が付いた時には、もうかなり下っていたので、そのまま明瞭な巡視路を下ることにしました。
葛野川線の送電線鉄塔を過ぎると、擁壁上で展望を得られます。
にょきにょき生えている送電線鉄塔が壮観です。
黒野田林道には、すんなり着地して、逆コースの場合もわかりやすい入口です。
この先の尾根も下りたかったのですが、暑さでダウン寸前なので、黒野田林道経由で帰ることにしました。
いくつか巡視路を発見し、白樺林も健在でなにより。
秋になったらまた来るよ~!

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石切山北尾根入口

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プラ製階段が良い目印

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わかりにくいところには、矢印が

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人面樹発見!コワッ(°口°;) !!

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一本栂

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分岐、左は巡視路 右はオクノセト

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笹子雁ヶ腹摺山

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東山梨変電所

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擁壁の上から東の眺め

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黒野田林道に出る

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白樺林

時刻を調べると、次の電車まで時間があることがわかったので、また大衆食堂しらかばに寄ってみました。
今回も日替わりが無いとのこと。
マーボー丼食べたかったなあ。
代わりにチキン南蛮定食を頼みます。
ヒエヒエのスイカに、瓜の塩漬けもいい。
自家製っぽいタルタルソースもうまくて、チキン南蛮の衣がサックサク!
ベチョっとなったチキン南蛮もいいけど、やっぱりサクサクの歯応えの方が好きですね。
キャベツの千切りがね、新鮮ですよ。
自家製っぽいドレッシングもいい。
最後はゴボウの味噌汁、おふくろのあじ~。
作ってるのは、アンちゃんですけど~。(笑)
クーラーが無くて、暑いですけど、そんな中で食べるスイカがほんとにうまかったですね。
店を出た後の爽快感が半端なくすごかったです。

今度はビールでも飲みたいなあ。

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チキン南蛮定食 830円
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経ヶ峰(きょうがみね)

標高640m 名栗川左岸にある山。飯能市。

子ノ権現境内案内図に経ヶ峰と書いてある山で、子の権現の奥ノ院となっている山。
辞典によれば、経文を埋めた峰と書いてあり、仏教に関係する山名である。
毛呂山町にあった経ヶ峠は、石で作った五重塔があったと『ものがたり奥武蔵 P68』に書いてあったが、経文を埋めたとは書いていなかった。

経ヶ峰山頂には、釈迦堂と鐘楼があり、鐘をつく時は2分以上間隔をあけるようにと注意書きがある。
連打すると、山火事の合図になってしまうそうだ。
ここの鐘の音はかなり遠くからでも聞こえ、これが聞こえると子の権現が近いのだなあと感じる。

踏査時も大勢の人で賑わい、スカイツリーが見えて歓声があがっていた。

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2015年1月18日(日)子ノ権現境内案内図

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2015年1月18日(日)現地案内図

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2015年1月18日(日)現地案内図

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2015年1月18日(日)スカイツリー眺望処

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2015年1月18日(日)釈迦堂

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2015年1月18日(日)石造物

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2015年1月18日(日)鐘楼注意書き

阿字山(あじやま)

標高620m 名栗川左岸にある山。飯能市。

天長9年(832年)紀伊国天野郷に阿字という賢い女がいました。
一生独身でいましたが、60歳になったある夜、気高い層が救世の願があるので、阿字の女胎(はら)をおかりしたいといい、持っていた剣を口の中に突きさしました。
目が覚めると阿字女は懐妊していました。
そうして、子の年、子の月、子の日、子の刻に生まれたのが、子の聖だと言われています。



『飯能の伝説 P82』

子の権現入口の反対側に、阿字山入口の標柱が立っていて、そこから2分ほどで阿字山山頂に立てる。
東側の展望が良く、土日は多くの人で賑わっていて、踏査時も多くの人が昼食をとっていた。
山名由来は、阿字という女性が剣を口に突き刺して、子の年、子の月、子の日、子の刻に生まれたのが子の聖で、子の権現が創始され、その子の聖の母親が阿字という名だったことにちなむ山名である。
さらに阿字とは、密教で「空」を象徴するものとされ、大日如来のことでもある。

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子ノ権現境内案内図

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2015年1月18日(日)阿字山入口

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2015年1月18日(日)東屋

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2015年1月18日(日)阿字山山頂

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2015年1月18日(日)山頂からの展望

子ノ山(ねのやま)

標高630m 名栗川左岸にある山。飯能市。

子ノ山 ネノヤマ

子の権現、大鱗山天龍寺の山。
慶長検地帳に見られないが守護不入の地として貢租の対象でなかったためであろう。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P139』

子の権現の縁起は、子の聖が十一面観音を祀ったのが始まりとされ、その子の聖の名は、年子月子日子刻に生まれたことから名付けられた。
子の権現のある山が子ノ山なのであるが、子の権現の方があまりにも有名すぎるので、子ノ山という名称を知る人は少ない。
というのも、子ノ山の上に子の権現のお堂が建っているので、山頂という雰囲気がしないからである。
そんな忘れられつつある子ノ山だが、一部の指導標には記載があり、子ノ山ってどこの山?ということになってしまうかもしれない。
子ノ山=子ノ権現と覚えておけば良いと思う。
昔は旧南村に属していた。

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2015年1月25日(日)小床口参道にある看板

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2015年1月25日(日)キワダ坂付近の指導標

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2015年1月25日(日)前坂付近の指導標

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2015年1月24日(土)子ノ権現(子ノ山)

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2015年1月18日(日)子ノ権現本堂(子ノ山)

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2015年4月19日(日)子の山林道の標示

近況報告

昼夜二交代制勤務で12時間労働のお仕事は、予想以上にきつくて、先日は脱水症状になってしまい、会社を早退し、翌日の踏査も中止にしました。
まだ、回復したわけじゃありませんが、仕事は休めません。
栄養ドリンク飲みながら出勤しておりま~す。

【追記】

7月15日(金)は休みだったんですけど、腹痛と腰痛で踏査は中止にしました。
あと、夜勤から日勤の体の切り替えがうまく行かず、自律神経がおかしくなってしまったようで、頭痛にも悩まされ寝たきりでした。
仕事は難しいものではありませんが、勤務時間が長いのと、昼夜二交替制がきっついですね~。
次の休みは行けますでしょうか…。

【追記】

8月2日(月)仕事がきつくて、この時期に山に行くのが厳しいです。
本社ヶ丸南部の作図をやっておりました。
つづら折りが多いコースは、けっこう苦労します。
あ~涼しくなったらこの尾根(1161m峰)歩きたいなあとか思います。

久久戸山(くぐとやま)

標高538m 中藤川左岸、スルギ尾根にある山。飯能市。

久々戸 クグド 小名:潜戸

鏡岩の北。沢を少し遡ると民家が集まり、久々戸下、久々戸上の屋号もある。
慶検に117文うち楮(かじ)3束とある。
地名の由来は『原市場の地名』に「くぐ、潜(くぐる)で、隙間を通り抜ける所の意。
山狭の道路が吾野へ抜けられる。」とのせられる。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P137』

『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』に久久戸山と書いてある。
久々戸川に沿う峠道を歩いてみたが、隙間を通り抜けるような感じはしなかったので、別の由来を考えてみた。
久々戸に入る手前の中藤川に沿って歩いていると、川が岩の下を潜っている箇所に気が付いた。
このような地形は、なかなか無いので、これが地名の由来になったのではないだろうか。
それこそ、修験者が腹這いになって、この岩の下を濡れながら潜る修行をしていたような気がする。
戸は場所を表す接尾語である。
山頂は、縦走路から外れているので、訪れる人は少ないが雑木に囲まれた明るい雰囲気の山頂である。

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2015年4月22日(水)岩の下を潜っている中藤川

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2015年1月25日(日)久久戸山山頂

豆口山(まめぐちやま)

標高629.1m・二等三角点 点名:南。標高 名栗川左岸にある山。飯能市。

旧名栗村側に豆口、豆口入、旧吾野村(南村)側には、大豆口の地名がある。

大豆口 オオマメグチ

子の山の西、名栗村に隣る広い山中。
並沢から笹能境の道を降ったり登ったりして豆口峠に出るが、ここの峠(たわ)は狭く小さいので豆口といったのに対し、その手前の方の峠(たわ)は大きいということなのだろう。
地名には同じ豆なら大きい方がよい。
豆口峠を越えれば名栗村の新館に通じ、子の権現道の一つである。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P139』

飯能市史によると、豆口峠の由来は、「狭く小さい峠」と書いてあり、その峠の近くの山なので、豆口山と名付けられたようだ。

点名の南は、旧南村(中沢組)に属していたことによる。
中沢組は、南村(元組)の分村で、『風土記稿』には、南氏が住み着いたから南村が起こったと書いてあるが、古文献には秩父郡 上我野南村と書いてあり、吾野の南に位置していたことが由来という説もあり、はっきりしない。
南村は明治22年4月1日に吾野村に合併後、昭和31年9月30日に飯能市に合併して現在に至っている。

山頂は狭く、植林に囲まれ展望も無い。

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2015年1月24日(土)豆口山山頂

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2015年1月24日(土)豆口山山名標

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2015年1月24日(土)豆口山山名標

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2015年4月22日(金)豆口山山頂

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2015年6月13日(土)豆口山山頂

風木クボ(ふうきくぼ)

標高580m 名栗川左岸にある山。飯能市。

『ものがたり奥武蔵 P17』の略図に風木クボと書いてあり、辞典によれば、山峰、尾根、峠など境界となる地点を「」(ひょう)というとある。
風木クボのある尾根は、旧名栗村と旧南村(中沢組)の境界の尾根に当たり、境界の目印となる木を標木といい、それが訛ってフウキになり、風木の文字が当てられたようだ。
武川岳の別名の箒平や風木平も元々は標木からの転である。

『ハイキング 92、93号』によると、奥武蔵(外秩父)では、山頂のことをクボというそうだ。
刈場坂峠近くの鞍部にある分岐の指導標に牛立久保と書いてあるが、本来は山頂の名である。

三田久保峠の近くには、峠ノクボというややこしい地名もあり、クボ地名を難解にさせているが、それが地名の面白さでもある。

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2015年1月24日(土)風木クボの電波塔

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2015年1月24日(土)風木クボからの眺め

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2016年5月9日(月)510m圏峰入口

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2016年5月9日(月)大山祗命山神大明神

船橋沢から宝鉱山 2016.07.03(日)

今日は、笹子駅を出て、船橋沢の踏査へ向かいます。
二俣の先で沢を渡りますが、この辺りが少々わかりにくくなっておりました。
大雪か台風で荒れてしまったのでしょう。
宝越えから、角研山を経て、222号へ向かうと、やっぱりこの辺りは雰囲気が良いですね。
小笹は見た目にも涼しいです。
巡視路を下って本社川に下ると、用水路がありました。
旧宝鉱山の採掘場からトンネルでここまで引っ張っているようです。
閉山しても水は流れ続けているんですね~。

宝鉱山発12:55のバスは、6分ほど遅れて到着。
都留市駅に着くと、待ち時間が30分もあったので、中華料理一番へ入って天津丼を食べます。
そういえば、都留ってカレーのお店もあったよなあ?
とカレーは別腹でお店を探すと、準備中。残念!

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船橋沢の滑滝

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角研山と葛野川線30号

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明るく気持ち良い登山道

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三ツ峠山と石切山

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大岩

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ヌタ場

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用水路と木橋

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宝鉱山バス停

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中華料理一番

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天津丼 650円

金毘羅山(こんぴらさん)

標高581m 名栗川左岸にある山。飯能市。

奥ノ院の金毘羅神社は、藤原秀郷が将門討伐の記念に祭祀したものといわれ、また戦争中、梵鐘応召の一つとしてどこかの海の底に沈んでしまったのですが、平和の鐘というのがありました。
これは明治のはじめ、上名栗と下名栗の村が学校建設問題で騒動を起こしましたが、その解決の記念に平和の鐘と銘して作ったもので、かつては朝夕名栗の山間の村々にひびき渡ったものでした。


『ものがたり奥武蔵 P41』

『ものがたり奥武蔵 P17』の略図に金毘羅山と書いてあり、竹寺が牛頭天王を祀っていたことから、奥ノ院が天王山とも呼ばれていた。

金毘羅神社は、金毘羅山の少し下にあり、小さな木祠がある。
敷地が広いので、かつては社殿があったようだ。

鐘楼のある金毘羅山山頂は、展望が大変良く寄り道しておきたい山頂。


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2015年1月24日(土)金毘羅山(天王山)山頂

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2015年1月24日(土)金毘羅神社

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2015年1月24日(土)金毘羅山から蕎麦粒山方面を見る
         
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プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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