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大高山(おおだかやま)

標高493m 吾野駅南東、高麗川右岸にある山。飯能市。

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2015年1月28日(水) 山頂

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2015年1月28日(水) 山名標

『飯能市史 資料編 Ⅺ P142』

坂石町分 大高(オオタカ)

大高山(487m)の北にある広い傾斜地。
大高山は山頂を境に長沢、中藤などの大高がある。
『風土記稿』には「村の南に当りて飛地なり、登ること17、8町、芝山にて雑木繁茂せり」とある。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P109』

長沢 大高(オオダカ)

平野の南で間に大嶽がある。
大高山(487m)は井上、坂石町分、中藤上郷にまたがるこの辺での高峰だが井上分が長沢の飛地ということになる。

慶検での土地所有者3名は鎌倉坂などを中心とする地主あるいは耕作者であったからまだ飛地で無かったといえる。
したがって長沢の飛地ができたのは慶長から寛文の間であった。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P136』

中藤上郷 上大高(カミオオタカ) 大高 下大高

大高山を中心に、井上にある長沢の飛地843大高(オオダカ)、坂石町分 1248大高もある。




昔は、訪れる人の少ない寂峰で、数十年前の初心者の頃に歩いた時は、雨だったこともあり、ルートミスをして、怖い思いをしたことがある。
天覚山からたどって行くと、アップダウンが激しく苦しい山歩きだった。
展望の無かった天覚山は伐採されて南側の展望が広がり、人気が出て隣の大高山もセットで登られるので、ここも大勢の人が訪れるようになった。
初めてルートミスをした経験や、つらいアップダウンがあったことを昨日のことのように思い出せるのは不思議だ。
楽しかった山よりも、つらい経験をした山の方が印象に残るようだ。

数十年ぶりに大高山の山頂を踏むと、自分が成長しているということが実感できて嬉しくなってしまった。
あの時は雨で見えなかったが、大高山からもわずかに展望があることが今回の踏査でわかったのは収穫だった。

読み方は、オオダカでもオオタカでもどちらでも良い。
というのも、山頂の東は長沢の飛地でオオダカ、北は坂石町分でオオタカ、西~南は、中藤上郷の上大高(カミオオタカ) 大高 下大高になっている。
同じ字名が近くにある場合、文字を変えたり、読み方を変えたりする場合があり、大高の場合は、オオダカとオオタカと読み方を変えて区別している。

大高山の周囲の地名がどれも大高になったのは、それだけ大高山が特徴的な山だからだろう。

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2015年1月25日(日)子の権現からの展望 左が大高山 右が天覚山

大は接頭語で美称、この辺りで一番高く特徴的な山というのが由来である。

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1989年8月29日(火)大高山山頂 雨の上に日も暮れてしまった…
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芝山(しばやま)

標高273m。中藤川の支流、萩沢左岸にある山。飯能市。
大高山の南の枝尾根末端の盛り上がり。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P130』

ドウメキの北、恐らく入会地をいったものであろう。
同名に笠縫384があり、そのほか芝のつく字に、芝際、芝口、芝原などがある。
多くは入会地と思われる。

ドウメキ 公図:洞芽木

滝ノ沢の南。番ヶ指辺からの流れは、ドウメキで落差が大きい。
どよめき→ドウメキで川のどうと流れる音をいう。
類似地名に「とどろき」、「どどめき」などがある。



芝とは柴のことで、薪の原料であり、煮炊きをする際に欠かせない生活の必需品であった。
入会地とは集落で共有した土地のことで、度々争い事の種ともなっていた。
論地山や論所山は、かつて土地の所有権を巡って争いがあったことを物語る山名である。
芝山は、生活に密着した山だった。
いつか訪れてみたい山の一つ。

ドウメキはドヨメキからの転訛で、川音が地名になった。
山名ではないが、カタカナであることも珍しい。

霜山から下吉田駅

新倉山分岐まで戻って、いよいよロープの張られた急坂を下ります。
断続的にロープがありますので、慎重に下り緩やかになると、ヤマツツジが咲いておりました。
なかなか良い尾根ですよ。

御殿と書かれたピークでは、アヤメが咲いていて、富士山の展望、東側の山々も眺められます。
張り出した岩があったので、それが御殿の由来のようです。

新倉山は、平坦な尾根上の山なので、山頂らしい雰囲気はありません。
テレビ塔の辺りから、寿駅への尾根に入ろうとしたら、踏み跡も無く薮が深いです。
この時期はちょっときついので、下吉田へ下ることに予定変更。

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新倉山分岐の手製道標

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ロープのある急坂

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ヤマツツジ咲く道

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御殿

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御殿のアヤメ

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御殿からの富士山

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新倉山山頂

穴に頭を入れるとゴーゴー音がするというゴンゴン石で、登山詳細図に興味津々二人組とお話し。
ジグザグに下って、送電線鉄塔のすぐ先でアヤメ群生地(アヤメ平)に出ました。
なぜこの一角だけアヤメが群生しているのか不思議です。

運が良ければ、アヤメと富士山の組み合わせも楽しめます。

東屋が二つ建つところから最後の富士山を楽しみ、浅間公園に出ます。
この辺りは桜の時期も良さげですが、残念ながら範囲外です。
下吉田駅までは道標に従って進みます。
下吉田駅はおしゃれな駅舎になっていて、ブルートレインの富士も停車しております。

接続が良く、西国分寺まで来てしまい、本屋さんを偵察すると登山詳細図のラインナップが一通りあります。
しかも奥武蔵登山詳細図が一番前に~。
ありがたいですね~。

腹が減ったので、ポポラマーマの半熟卵カルボナーラを注文。
自分では作れないうまさですよ。

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ゴンゴン石

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アヤメに囲まれた三角点(アヤメ平)

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アヤメ群生地

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展望台からの富士山

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新倉浅間神社

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下吉田駅のブルートレインテラス

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ポポラマーマ

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半熟卵カルボナーラ

次の休みは日勤明けの6月2日(木)と3日(金)で、大棚ノ滝と巡視路に行きたいと思います。

おわり。

三ツ峠山荘から霜山 2016.05.28(土)

三ツ峠山荘からは、三つ峠駅方面へ下ります。
ジグザグに下って、階段を下ると前回登って来た分岐に着いて、ここでつながりました~!
裏登山口~笹子駅がつながったのです。
踏査をやっていて、この瞬間が一番嬉しいです。

クライマーたちが続々とやって来て、屏風岩方面へ向かいます。
屏風岩はクライミングのメッカですね!

四季楽園へ上がって、展望ピークへ行きます。
『分県登山ガイド 山梨県 山と渓谷社』ではここを木無山としておりますが、山名標はありません。

三ツ峠山荘へ戻って、右へ裏登山道を見送って直進すると、展望地があります。
ここはツツジも咲いていて、富士山も見えるし気持ちが良いです。

天狗岩に寄り道すると、ここにもクライマーが数人いて、邪魔しないよう岩の突端まで計測しました。

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屏風岩のクライミング風景

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四季楽園

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展望ピークからの開運山

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展望地

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展望地からの富士山

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天狗岩(クライミング中)

展望盤があるけど、展望の無いピークを過ぎると木無山で母ノ白滝への道を右に分けます。
東のピークが本当の木無山ですが、高山植物保護のために立入禁止となっております。

御巣鷹山、開運山、木無山の三山で三ツ峠山の説がここに書いてあります。
私が様々な文献を当たって、麓からの三つの突起の見え方なども検証した結果。
開運山と東のピーク二つで三ツ峠山の説が正しいようです。

自然林の中を歩いて、時折展望があります。

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木無山山名標

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木無山山頂は立入禁止

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滑りやすいザレ場からの展望

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アンテナからも眺望あり


目の前が明るくなって、展望が広がると送電線鉄塔で、富士山が再登場です。
ここで、英語を話す人に道を尋ねられてしまいました。

三ツ峠? 2アワーと答えたら、センキューベリーマッチと言われ、なんとかお役に立てたようです。
世界遺産効果なのか、外人が多い気がします。

富士山の見える場所から、トラロープが急下降している場所が、新倉山分岐で、手製道標があります。
ひとまず、甲斐郡内西編の一番左下の霜山へ行きます。

霜山は、登山道からわずかに外れた位置にあって、ここを訪れる人は少ないようです
過去に天上山へ歩いたことがありましたが、これでは気付かなかったのも無理ありません。

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送電線鉄塔 天竜南線1号

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新倉山分岐からの富士山

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霜山山頂

つづく…。

裏登山口から三ツ峠山荘 2016.05.28(土)

夜勤後、昼間に眠ってしまい起きられるかどうか不安でしたが、なんとか起きられて中央線に乗りました。

大月駅でJRから富士急に乗り換える際は、ICカード(スイカ・パスモ)のタッチは不要です。

駅員さんが、何度もタッチは不要です!

と言っているのに、間違えてタッチしてしまう人が続出しております。
乗り換え時間もわずかですから、焦ってアナウンスが耳に入らないのでしょう。

車内では、観光アナウンスがあり、富士山が見える場所では、徐行運転というサービスもあり、驚きました。
河口湖駅から天下茶屋行バスに乗って、標高1,230mまで一気に上がってしまいました。
いや~これはほんとに楽ですね~。

バス停名は三ツ峠登山口ではなく三峠登山口となっております。

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三つ峠登山口バス停 9:38

測ってる人がいるよ~!

と後ろで声が聞こえ、まずは西川新倉林道を進みます。

そういえば、壊れたというか壊してしまった6代目に代わり、7代目コロコロくんのデビューなのです。
その姿はのちほど…。
ややこしいですが、前回まで使っていたのは、復活した5代目コロコロくんです。
また緊急事態になった時には、御登場願うことになるでしょう。

トイレのある裏登山口はすでに車が溢れていて、やむを得ず路駐している車もあります。
三ツ峠山は大人気の山ですね~。
ここのトイレも行列気味でした。

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裏登山口(トイレ) 9:49

ほんとは旧道を歩く予定でしたが、うっかり入口を見落としてしまったので、そのままジープ道を行きます。
何度かジグザグして、ガードレールが見えて来ると、そこが旧道分岐です。
いつか下りで踏査しないといけませんね。

平坦な尾根になるとテーブルとベンチがあって休めます。
しばらく進んで、左へ分かれる踏み跡は、茶臼山方面への巻道ですが、上級者向けです。

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旧道分岐 10:13

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テーブル 10:24

三ツ峠山荘に着いて一息入れていると、小屋番さんがやって来て、名刺をいただいてしまいました。
甲斐郡内西編がここに置かれる日が来るかもしれません。
甲斐犬はガレージに引っ込んでましたが、元気そうでなによりです。

曇り予報で、富士山はまったく期待していませんでしたが、さすがにこの近さだと見えてしまうようです。

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三ツ峠山荘 10:50

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甲斐犬

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三ツ峠山荘からの富士山

つづく…。

明日は、三ツ峠山から霜山へ

厳しい夜勤が終わって、9時に帰宅しました。
明後日から日勤が始まるので、今日は15時くらいまで起きている予定です。

明日は、三ツ峠裏登山道~霜山~寿駅と歩く予定です。
甲斐郡内西編の一番左下になります。

【追記】

最近買った折り畳みベッドで横になっていたら、いつの間にか眠っていて、気が付いたら18時。
明日は起きられるでしょうか…。(´Д`)

足沢山(あしざわやま)

標高310m。中藤川左岸にある山。飯能市。
天覚山の南西、表参道の尾根上にあり、『ものがたり奥武蔵 P33』の略図に記載がある。

種木入と入の間にある山だが、足沢という沢は見当たらない。

アシとは、悪(あ)しのことで、交通困難な場所に名付けられることが多い。
西に下ると岩場があるので、ここのことを言ったと思われる。
足沢という沢があるのかどうかは今のところ不明。

天覚山から表参道を下ってみると、尾根が分岐している一角で山頂という雰囲気は無い。
麓から見上げると、山に見えるということだろう。
顕著なピークではないにもかかわらず、山名が付いている山が奥武蔵にはいくつかある。

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2015年3月13日(金) 西の岩場

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2015年4月3日(金) 南の岩場

ゼンゴ山(ぜんごやま)

標高325m。中藤川左岸にある山。飯能市。
天覚山の西、410m峰から南西に延びる枝尾根上にあり、『ものがたり奥武蔵 P33』の略図に記載がある。

田ノ上、休戸、並木の境界となっている場所で、古くは耕作地もあったことがこれらの地名から推測される。

ゼンゴという地名が近くに無いので由来は不明。
あえて、由来を考えてみると次のようになる。
南に大両寺の跡があり、地名だけが残っている。
この寺と関係があるとすると、禅語山だろうか。
山頂は平坦地となっているので、大両寺に関連する鐘楼などの施設があったのかもしれない。

わざわざカタカナ表記となっているのは、団子山の転訛かもしれない。
いずれにしても、推測でしかなく、由来の根拠に乏しい山名である。

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2015年4月3日(金) ゼンゴ山山頂

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2015年4月3日(金) 山名標

三ツ峠山から笹子駅 2016.05.21(土)

御巣鷹山から下ると、高畑を指す指導標がありますが、ロープで入れないようになっております。
その昔、武田の残党が隠れ潜んだといわれるカシヤ穴がある道で、古くは登山道にもなっておりましたが、廃道になったようです。
おもしろい道なのにもったいないなあ。

ずんずん下ると、滑りやすい斜面となり、慎重に下り、岩場となりここも慎重に下ります。
登山道が右に曲がる場所は、十字路になっておりますが、左と直進は、上級者向きで直進はロープが張られております。
かつての登山道ですが、堰堤工事で廃道になったようです。
このように、三ツ峠山には修験道やかつての登山道など廃道がいくつもあり、文献を漁ってその道を探すという楽しさがあり、何度も通った山でした。

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御巣鷹山 12:01

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廃道となったカシヤ穴への道 12:04

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滑りやすい場所 

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岩場は慎重に下る 12:31着 12:40発

トラバース道が終わって、鞍部になると、鳥屋場(網立場)という名があり、鞍部は鳥の通り道だったので、この名があります。
この先で以前、熊に遭遇したことがあります。
御巣鷹山~清八山は山深いところなので注意が必要です。
あの日は曇りで、木の上でガサガサ音がするなあと思って、そのガサガサの下を通り抜けて、ふと振り返ると、胸に三日月のある動物が仁王立ちしており、無言で静かにその場を後にしました。
ここの熊には襲われませんでしたが、別の山では襲われてしまいました。
熊がいないと思われる場所にも熊は出ます。
熊鈴などの対策をしましょう。

熊遭遇現場を過ぎて、ジグザグに登って行くと、網場の名があるピークですが、登山道は巻いております。

登山道が左へ巻いている場所から横木を越えて尾根上を行くと、茶臼山山頂ですが、古い紐がぶら下がるだけで、山名標もありません。

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鳥屋場 12:43

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茶臼山山頂 12:54

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ツツジ咲く登山道

賣立峠は、大幡山と茶臼山の間にあると資料にありますが、網立の誤記の可能性もあり、その場所は定かではありません。
大幡山を越えた送電線鉄塔のある鞍部が賣立峠のような気もします。
大幡八丁峠から高畑方面はかなり荒れていましたが、整備されたのでしょうか?
もう一度歩いてみないとわかりません。
この峠道は近々踏査する予定です。

御巣鷹山~清八山は、自然林が豊富で、ほんとに気持ちが良いです。
5月はツツジも咲いてほんとに楽しいですよ。

指導標のところで清八山の巻道を分けます。
清八峠の指導標には危険と書かれておりますが、ロープが張られていて、それを使うとなんとか通れました。
御坂山方面の道を分けると階段になって金網が出て来ます。
以前は電波塔があったのですが、今は針葉樹が育っております。
ずいぶんでかくなったなあ。

清八山直下は岩場なので注意が必要です。
御巣鷹山からだと登りですが、本社ヶ丸から来ると下りになるので特に注意が必要です。

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大幡山山頂 13:29

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送電線鉄塔 13:37

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大幡八丁峠 13:54

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ツツジ咲く登山道

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清八山巻道分岐 14:03

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ツツジ咲く登山道

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清八山からの三ツ峠山

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ツツジと御坂山

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清八山山名標 14:14着 14:44発

暑さもあって、かなり疲労困憊してしまいました。
奥武蔵踏査の時よりも体力が落ちてしまったようにも感じます。
やはり山には通い続けていないとダメなんですね~。
清八山では、30分も動けませんでした。
これは痛いタイムロスです。
もう鶴ヶ鳥屋山へ行くことは諦め、笹子駅へ下らないと記念会には間に合いません。

出発しようとすると、地元の夫婦が登って来られて、地図を出すということを話すと、「道が多くてわかりにくいから地図が出るのを楽しみにしているよ」とのことです。
ありがたいですね~。

清八峠からは、笹子駅へ下ります。
何度もジグザグを切り、これといったポイントもないので長く感じます。
大栂を過ぎると、急に明るくなって、大展望が広がります。
この辺りは、ほんとに気持ちの良い尾根歩きです。
登りよりも下りをおすすめします。
笹子雁ヶ腹摺山やお坊山を眺めながら下れるのが、最高です。

東山梨変電所を過ぎて車道を下ります。
リニアの非常口を過ぎると、轟音が聞こえて来たので、走行試験が行われているようです。
それにしても一瞬ですよ。
何事かと思いました。

かつて歩いた道も今はリニアトンネル残土の下で、追分ふれあい公園なんてのができてましたが、入れません。
なぜ一般開放しないのでしょうか?

記念会の行われている立川駅中華料理五十番へは大遅刻です。
山では迷いませんが、街中では迷ってしまいます。(笑)

カニ玉うまかったなあ。
汗をどっぷりかいた後のビールも最高でした。

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清八峠 14:52

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ベンチ 15:19

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大栂 15:43

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展望の良い道

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トクモリとお坊山 

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追分ふれあい公園

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近道入口

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笹子駅 17:44

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中華料理五十番

27日まで夜勤で仕事なので、次の踏査予定は28日土曜日です。
本社ヶ丸から鶴ヶ鳥屋山を踏査したいっす~。

カシヤ穴(猫穴) 2009.09.20(日)

昔の記録を漁っていたら、カシヤ穴の記録が出て来たので紹介しておきます。

参考文献はなんだったかなあ。
山岳雑誌ハイキングだったと思いますよ。
この雑誌を読んでから夢中で三ツ峠山に通ったんですよね。

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昭和の時代は歩けたらしい

切り立っているので、少しでもバランスを崩したら、ただでは済まないだろう。
落石の恐怖に怯えながら、慎重にガレを横切り、草付きの斜面になんとか取り付いた。
支尾根の下を見ると、ガレの中に踏み跡っぽいものがあるが、急すぎて下れそうに無い。
水平に行こうとするが、岩壁が立ちはだかり、行けそうにない。
道が崩れてしまったのか、ここの手前から下に行く道をたどれば良かったのかわからないが、戻ることも危険なので、支尾根を登って迂回してみることにした。
急な支尾根にへばりつき、木の根につかまりながら這い上がる。

正面が大岩になると、右に行けそうな踏み跡があるし、傾斜もようやく緩やかになる。
ともかく、身動きができなくなる状況にならなかったのは、不幸中の幸い。
小さな涸れ沢を渡ると、支尾根に乗って、支尾根上には上下に踏み跡があるが、水平な先には踏み跡が無く、高度計を見ると、1650mで50mも登ってきてしまったようだ。
とりあえず1600mまで下ることにする。
道があるかどうかわからないが、1600mの延長線上に踏み跡があるだろうと予想し、もうそれしか望みは無いのである。
上も下もやばそうだから、それにかけるしかない。
下っていくと、ゴムの板が木にぶら下がっているのを見る。
何かの目印だろうか?

右も左も踏み跡が無く、さらに急な支尾根を下ることにする。
しばらく下ると、支尾根を横切る踏み跡を見つけ、高度計を見ると、やっぱり1600mだった。
やっぱり、延長線上にあったか~。
右を見ると、先ほどのスラブ状の涸れ沢があり、下には倒木が見えるので、位置的にも合っている。
道が崩れたのか、下から迂回できたのかわからないが、涸れ沢から踏み跡が上がってきていた。

大久保山から二時間近くが経過したっていうのに、まだ北口登山道には出ていない。
意外と険しく、長い道のりということだ。
ともかく、支尾根の左へ細い踏み跡を水平にたどってみる。
すると、水が岩の間から湧き出ているところに出て、なんだかとっても修験道っぽい。
かつては修験者が、疲れた体をここで潤していたのだろう。
四十八滝沢の最初の一滴はここからだ。

なおも水平に踏み跡をたどると、涸れ沢を横切る。
岩が崩れる音がガラガラとして、急いで対岸へ渡って振り返ると、気のせいだったようだ。
まったくも~。焦らせやがって~。
でもこんなところで落石に巻き込まれたら、助からないだろうな…。
その後も二つほど涸れ沢を横切り、少し上に上がってから、取り付くところもあった。
踏み跡の見つけ方は、今までの経験が生かされるし、五感を研ぎ澄まして、フル活用することになる。
あの尾根が北口登山道かなと思うが、何度も裏切られ、いったいいつになったら着くのかわからない恐怖に襲われる。

大岩にぶつかると、岩と岩の間を通った。
涸れ沢に出る手前に立つと、切り立った崖だったらどうしよう?
と不安になりながら、進む。
でも行ってみると、行けないことは無い。
再びスラブ状の涸れ沢を渡り、大岩をいくつか見ると、登山者の声が聞こえる。
やった~!
ついに北口登山道に出たぞ~!

北口登山道に出たところは、大きな倒木があるところで、高度計は1650mを指している。
いつの間にか、50mほど上がってしまったようだ。
「誰かいるの~?びっくりしたあ」という女性の声が聞こえ、安心させるために急いで追いかける。
12時を回り、1530m圏の鞍部からここまで、2時間もかかってしまい、想定時刻の倍以上かかったことになる。
体力的にも厳しいものがあり、北口登山道から水雲山の道は次の宿題とする。
予定よりも、かなり上に飛び出てしまったことも、やや疑問が残る。

「すみません…、大久保山から藪道を歩いてここまで来たんですよ」
と言ったら、びっくりしていた。
無理もない。
自分もここまで来られたのにはびっくり。

ジグザグに登って行くと、思い出ノートが収められた箱があり、三ツ峠北口登山道の立て札がある。
尾根の左寄りを進み、右に回ると水雲山の分岐となり、目印の大岩と赤布がある。
そこからわずかに登ると、カシヤ穴分岐だ。

以前から気になっていたカシヤ穴、別名猫穴とも言われ、今回は少し遠回りだけど、寄り道してみることにした。
赤く錆びた指導標の下に大岩があり、下に行ってみると、穴が開いている。
さっそくカシヤ穴が出てきたのかあ?
と思ったら、これは違うことが後でわかる。

踏み跡は細く、ボサに埋もれがちで、僕が先ほど歩いてきた修験道とそれほど変わらない。
大岩を過ぎると、多少上下してガレ場に出て北側の展望が広がるが、下は切り立った崖なので緊張する。。
ガレ場を過ぎて上に上がると、道が無くなり下に道があった。
なんだかさっきの修験道より難しい道じゃん。
さらに大岩の脇を回りこむと、10mはある大きな岩の前に出て、その岩は石舞台古墳のように、うまいこと三つの岩が重なっているように見える。

これがカシヤ穴かあ?
穴は貫通しているようだが、閉所恐怖症の僕にはとても無理だ。
近くの倒木に、カシヤ穴の看板があり、「○○という意味らしい」と注意書きがあるが、○○は削られたのか文字を読み取ることができない。
三つの岩で作られているみたいだけど、三ツ峠山と関係があるのかな?
自然にこのような形になったのだろうか?
それとも、人力で組み上げたものなのだろうか?
見れば見るほど不思議な岩で、古墳のように思えて仕方がない。

カシヤ穴の右脇を登ると、いきなり鎖が出て来てびっくりくり~w(☆o◎)w
|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~?
三ツ峠に鎖場があるなんて知らなかったよ~。
鎖場を越えると、今度はロープと鎖がセットになった場所となり、慎重にロープを手繰り寄せて登る。

カシヤ穴の反対側に登り着き、貫通している穴を反対側から見るが、人は通れなさそうだ。
以前は通れたのだろうが、土砂で埋まってしまったのだろう。
岩の上へ踏み跡があるので行ってみると、そこからは南アルプス、八ヶ岳、奥秩父の大パノラマ。
開運山からだと、電波塔が入って、なんだかな~って景色だが、ここからなら文句無しの大展望だ。

カシヤ穴脇へ戻ると、尚も険しい道が続きロープが張られているトラバース道をたどる。
岩の脇を上がる手前には、「頂上のみんなにヨロシク」と書かれた古い木切れが立っている。
君は頂上へは行かないのかい?
と思わず声をかけたくなるが、誰が誰に向かって送っているメッセージなのだろう?

ロープを使って、岩をよじ登るところは、まさに修験道そのもののような気がする。
この険しさは修験道以外の何物でもないだろう。
高所恐怖症の僕には、とても怖い岩場だ。
何しろ、右が切り立った崖なのだから…。
岩上に立つと、河口湖の青い湖面とその奥に西湖が水溜りのように見え、御坂黒岳は堂々としていて大きい。
素晴らしい展望が広がり、鳥になったような気分だ。

樹林の中に入ると、またしても大岩を見て、指導標の立つ清八峠からの道に出る。
ようやく険しい道が終わり、左には目鼻の距離で御巣鷹山の建物が見えている。

分岐からほんのわずかに登っただけで、御巣鷹山山頂に着いてしまった。
下り始めると、富士山が正面にドドーンと見えて、道志山塊の眺めも素晴らしい。
御巣鷹山から富士山を見たのって初めてじゃないだろうか…。
宝乗越で左から、カシヤ穴分岐で分かれた北口登山道を合わせ、草原を進むと樹林に入り、指導標のところで右折する。
富士見荘の裏を通って、四季楽園の前に出ると、大勢の人で賑わっている。
小屋のご主人らしき人が、お客さんを見送っている。
ザレ場を上がると、後ろに反射板や電波塔が林立する開運山聳えていて、ここに来ると、いつも立ち止まって、しばらく開運山を眺めてしまう。…。理由はわからない…。

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カシヤ穴
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プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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