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屋船山(やふねやま)

標高277m。高麗川右岸にある山。飯能市。

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2015年3月13日(金)天覚山尾根コース標高300mからの屋船山

『飯能市史 資料編 Ⅺ P90』

屋船

ほとんどが山林で、高麗川ぞいにわずかの平地がある。
屋船というのも風雅で、辞典に屋船は屋形船で宮殿の古語でもある、とするから、勝小舟と併せ高麗川に浮かべた舟の眺めを空想して名付けたのであろうか。
昔は文雅の士があったとみえ優雅な地が少なからずある。
土地の人は川の深いところが舟の形をしているといわれたが、屋船の発想のおこりであろう。



屋船は屋船山の北西部の名で勝小舟は、屋船山北部の高麗川が湾曲した平地の名である。
まずは、山が先か、平地(川)が先かということを考えねばならない。

屋船山の麓だから屋船?

屋船の背後に聳える山だから屋船山?

飯能市史によると、川の深いところが舟の形をしているから屋船とのことなので、屋船の地名が先にできて、その背後を屋船山と呼ぶようになったらしい。

飯能市史を信じると可能性は低いのだが、山名が先だという説も考えてみよう。

屋船山のヤは、いくつかの意味が考えられる。
岩のヤ、谷のヤなど。

船は、山容が船形。
尾根の端にある山の意でハナ山からの転訛などが考えられる。

屋船山の山容を確認できれば、謎がすぐに解明されるのだが、踏査中に船形の山容に見える角度から屋船山を見る機会が無かったので確証が持てず、どうにもスッキリしないので、いつか屋船山の山容を確認するために東吾野へ再訪したい。

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2015年3月13日(金)屋船山山頂

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2015年3月13日(金)屋船山山名標

屋船山に至る道は4つほどあるがいずれも熟達者向きである。

330m圏峰口

東峠から久須美坂方面へ進んで三つ目のピークが屋船山入口であるが、似たようなピークが並んでいて、わかりにくい。
入口さえ間違わなければ、屋船山までは尾根上をたどれば行ける。
周囲は植林帯だが、北西~西~南東の展望が広がる場所があるので、屋船山では一番のオススメルート。
踏査中は、予期せぬ展望地の出現に驚き、嬉しくなってしまった。
展望は、植林の間から垣間見るという感じなので大げさかもしれないが、淡々と植林の中を歩き続けていると、こういうサプライズに興奮してしまう。
いくつかコブを越えると、植林に囲まれ展望の無い屋船山山頂に着き、文字の消えかかった手製山名標が、物好きな登山者を出迎えてくれる。

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330m圏峰から北の枝尾根に入る

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北西方向
展望図は山からの眺望様に作っていただきました。ありがとうございます。

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天覚山

東吾野駅口

屋船山から北に下る東吾野駅最短路は、下部が不明瞭でわかりにくいので下山路として使用するのがオススメ。

屋船山から北東に行くと、260m圏峰になり、尾根が二手に分かれ、手製道標が木に巻いてある。
右が新所沢線60号への道だが、東吾野駅へは遠回りである。
遊歩道の木橋が掛かっていないので、武蔵横手駅へは行けない。
早く架橋して欲しいものだ。

260m圏峰で左の北へ下るが、急下降なので注意が必要。
木につかまりながら慎重にくだると、やがて歩きやすい尾根になり、作業道に降りつく。
下に赤テープがあり、そのまま突っ切ることも可能だが、この道は下部で不明瞭になる。
でも、くぬぎの会設置の東吾野郷めぐり遊歩道がもうすぐ下に見えているので適当に下れば良い。

問題は登りである。
踏み跡がほとんどないので、遊歩道からどこを登ったら良いのかわからないので、上級者以外は歩かない方が良い。
東吾野駅から来た場合は、少々遠回りになるが、釜戸谷林道が左から合流した先で右へ上がる作業道に入るのがオススメ。
この作業道はUターンして向きを変え、しばらく進むと赤テープの屋船山入口に導いてくれてわかりやすい。


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260m圏峰の分岐にある手製道標 ここを左の北へ急下降する

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急下降する道なので木につかまりながら下る

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歩きやすい尾根になる

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作業道に出る そのまま横切って下れるが下部が不明瞭

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運が良ければ快走するレッドアローに出合える

新所沢線60号東巡視路口

踏査時は、下降路として使ったので下降で案内する。

屋船山から北東へ進むと、260m圏峰になり、尾根が二手に分かれ、手製道標が木に巻いてある。
左の北を急下降すれば、東吾野駅への近道。
ここを右へ下ると新所沢線60号へ行ける。
下りはじめは少々薮っぽいが、すぐに歩きやすい尾根になる。
左を見ると、切り立った岩場があり、屋船山のヤが岩の意とする根拠の岩である。

左に、←61号 59号→の黄標柱を見てこれが下降点である。
新所沢線60号は、更に尾根上を進むと行けるが薮っぽいし、行っても展望が無い。
59号へ行く場合は、黄標柱の位置が違っており、下降点を見つけるのが難しい。
←61号 59号→の黄標柱まで戻り、北に下って行く。
巡視路は小刻みにジグザグしながら下っているが、ところどころ不明瞭である。
途中に立っている黄標柱が唯一の目印なので見失わないようにしよう。

あれ?道を間違えたかな?と思いつつ下って、踏み跡を見つけた時の喜びは格別である。
己の力量が試される道。
黄標柱の立つところで、遊歩道に出て、左へ行けば東吾野駅。
右は、木橋が掛かっていれば武蔵横手駅に行けるが、踏査時はかかっていなかった。
何度も言うが、早く架橋してほしいものだ。

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屋船山のヤが岩という説の根拠となる岩


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新所沢線60号

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ここから北へ下る

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途中にある黄標柱

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遊歩道に出て左が東吾野駅

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60号入口とあり、屋船山への良い目印


新所沢線60号西巡視路口

屋船山に至るルートの中では、最も難易度が高い最難関ルート。
一度も間違えずに歩けたら、かなりの技量の持ち主であろう。
屋船山へ登るのに、東吾野駅からだと最も遠回りなルートなので、利用価値が低い。
ただし、遊歩道の木橋が掛かれば武蔵横手駅から近くなるのでそれなりに利用価値が出て来る。

東吾野駅を出て、遊歩道を進み、落石注意の先のくぬぎの会設置の指導標を見送り、そのまま釜戸谷林道を進む。
すぐに林道が分かれ、右の釜戸谷林道1号線に入る。

谷間を進むと、右に黄標柱が出て来て、←59 60→と書いてあり、60号の方へ進んで登って行く。
巡視路へ入ってすぐに怪しい道になり不安になって来る。
沢沿いを登って、大木のところでぐるっと大きく右に曲がって、山腹を斜上するようになるが、ここもわかりにくく、何度か往復してようやく道を見つけた。

見つけたと思った踏み跡もいつしか薮に消え、どうしようもない状態になってしまう。
上へ下へと巡視路を探すと、ようやくそれらしい踏み跡を発見。
途中でジグザグに折れているのに気が付かずに直進してしまったらしい。
おかしいな?と思ったら踏み跡が明瞭な場所まで戻るのが鉄則である。

今まで様々な巡視路を歩いて来たが五本の指に入るくらいの難しさである。
送電線鉄塔の巡視員は迷わずに歩けるのだろうか?

上へ行くと踏み跡が明瞭になって、屋船山~新所沢線60号間の尾根に飛び出て、安心してため息が出る。
60号の方へ行くと、黄標柱が設置してあったが、まったくちぐはぐな場所に設置してあり、下降はこれに惑わされ巡視路を見つけるのが難しそうだ。

北へ東巡視路を分ける場所には黄標柱が立っていてわかりやすい。
60号を確認したら、尾根を戻って、そのまま西へ屋船山を目指そう。

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遊歩道の指導標、左は木橋がかかっていれば武蔵横手駅へ行けるが踏査時はかかっていなかった。
熟達者向きルートで釜戸山方面へ行ける。

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釜戸谷林道からの巡視路入口

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60→に従って入る(上の写真の拡大)

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岩が立ちふさがる

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不明瞭な巡視路

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尾根に出たところを振り返るが道形がわかりにくい

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位置が間違っている黄標柱

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新所沢線60号

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歩きやすい尾根

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260m圏峰
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大指小塚 行白小塚 2016.03.25(金)

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天狗積の南西岩場

立山の方も気になりますが、立岩とセットでまた今度行きましょうかね。
天狗積の北側まで戻ると、右手の岩が気になりました。
もしかして巻道がある?

天狗積を越えて、右を見てみると、先ほどの岩場の反対側が見えております。
こりゃあ行けそうだな~。
気になったらもう、足が勝手に動いております。
行くっきゃな~い!

うっすらとですが、巻道もちゃんとあり、迫力のある天狗積の岩場を仰ぎ見ながら進みます。

そして、先ほど天狗積の北側から見えていた岩場に着きました。
やっぱり巻道が続いており、歩けるようです。
天狗積に巻道があったとはな~。
天狗積には何度も来ているのですが、来るたびに新たな発見があります。

気になる岩場には、ど根性樹木があり、必死に岩にしがみついております。
何もこんな場所から生えなくてもいいのにな~。

眺めが良いかと思ったのですが、意外と樹木が多くてあまり良くありません。

巻道を戻り、何か目印はないかと探したら、ちょうど黄テープがあり、ここが巻道入口のようですが、良くみないと気が付きません。

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南西の岩場

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しがみつく木が…

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巻道の目印 15:13

ザックを回収して赤沢方面へ進みます。
505m峰に着くと、物議をかもし出しそうな仮称の山名標が掲げてあります。
仮称の山名に忠告するような長い文章の標示も近くにあります。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P121』では「三本松(サンボンマツ) 所指向の南。指畑の目標になったものであろう。山頂には風雪に強い松が育った。」とあり、この辺りで山頂といえば、505m峰しかありません。

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505m峰 15:28

論地山を経て久林へ行くルートの分岐は、以前より標示が増えて賑やかになっておりました。
歩く人が増えたのでしょう。

対照的に久通谷橋分岐は、相変わらずひっそりです。(笑)
どうせ歩くなら論地山だよな~。
でも、石仏を見るならこの尾根です。

勢いで直進してしまいそうな小塚分岐まで下ります。
ここは楢抜山から下って来ると特に間違えやすい場所です。
赤沢バス停方面は赤テープがあるのですが、倒木が道を塞いでいるので、入りにくいのです。

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小塚分岐を左へ 右は加久良山を経て赤沢バス停 15:37

ともかく今日は二つの小塚が目的ですから、小塚分岐をあえて直進します。

歩きやすく幅広い尾根で、コブを越えると急下降し、次のコブに赤プラ杭があり、ここが大指小塚です。

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大指小塚山頂 15:45

『飯能市史 資料編 Ⅺ P115』

「大指小塚(オオザスコヅカ)

南が赤沢983大指。
周辺にはさらに大指日向、大指日影(蔭)、大指出口などがあり大指圏といえる。
また南にも所指、所指向、あるいは黒指がある。
かつてこの辺は焼畑耕作地帯であった。

そこでこの地名は「大指の小塚」と理解できるが、小塚が釈然としない。
914行白小塚もある。

塚は人の手で土を盛り上げたもので、行者などが山に小さな塚を築いたということか、行白小塚というから行者(修験者)の小塚がいつ(本では「が」が入っているが誤植)行白小塚になったのかと憶測したくなるが、自然の小山を塚と呼ぶこともある。

大指小塚と行白小塚は同じ山中の東西にある。」

山や丘のように、高所のことをツカと呼ぶことがあり、奥武蔵では、大塚山の別名が大塚、男山の別名が中塚であり、武士平の別名も小塚でいずれも高所です。

楢抜山を大塚に見立てて、それに対しての大指小塚、行白小塚と思われます。
焼畑が行われていたころは、この二つのピークが目標になっていて、名称も生まれたのでしょう。

大指小塚からは直進してしまいそうですが、ここで右に折れて赤テープの方へ急下降します。

鞍部に下り着くと、少し明るくなって、大きく聳え立つ楢抜山を樹林の間から垣間見ることができます。
確かにあれを見たら、こちらのピークは小塚ですね。

焼畑を行っていた人たちの気持ちがわかります。

左には、天狗積のピークもわかります。

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大指小塚~行白小塚の鞍部

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鞍部からの楢抜山はかなり大きい

この辺りは植林されていないようで、焼畑の跡に放置された自然林が伸び放題といった雰囲気です。

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薮尾根っぽい雰囲気

そんな雰囲気の尾根をひと登りして植林になるとピークに着いて、ここが行白小塚(ギョウシロコヅカ)です。

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行白小塚山頂 16:03

飯能市史では、行者と関係あるようなことが書いてありますが、修験道のような雰囲気はまったくありません。
白は、耕作の代ではないでしょうか。
そうなるとギョウの意味がわかりませんが、どちらにしても謎の多い山名です。

下ろうと思っていた南東尾根は、薮で踏み跡もありません。
末端が急なので歩きたくないなと思っていた北東に踏み跡が続いているので仕方なくそちらに入ります。

300m圏まで急下降すると平坦な尾根になりますが、いきなり薮っぽくなり、踏み跡も不明瞭になってきました。
地形図を見るとこの先は急斜面で嫌な予感がするので、下りかけた斜面を戻ることにしました。
戻る作業は精神的にきついですね~。

道が怪しくなったら戻るのが鉄則ですが、その判断を下すタイミングはなかなか難しいものです。
この判断が吉と出るか凶と出るかは、道を見つけられるかどうかにかかっております。
これで道を見つけられなかったら目も当てられません。

とにかく、薮に変わる前の地点まで戻ることにしました。

するとどうでしょう。
丸太で土留めをされた作業道っぽい道があるじゃあ~りませんか!

でもこの道は、下って来ると右後方でまったくの死角の位置で、かなりわかりにくいです。
道標でもあればわかりますが、マーキングすらありません。

なんで登山詳細図に書いてないんだよ~!

って今作ってる最中ですからね。(笑)

地図に書いてあっても、この分岐に気づけるかどうか怪しいものです。
初訪でこの分岐に気づいたら、かなりの技量の持ち主ですよ。
尊敬しちゃいます!

己の未熟さにはいまだに呆れてしまいます。

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300m圏分岐 苔むした古い切株が目印 ここで右後方へ 16:15~16:22

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上の写真の反対方向から見たもの、左へ道が分かれているのがわかるでしょうか?

とにかく気持ちを切り替えて、作業道を下ります。
ほんとにこの道を見つけられて良かったですよ。
日暮れも迫っているので焦ってしまいました。

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作業道っぽい道を下る

作業道っぽい道は、ジグザグして下りますが、不明瞭な場所もあり、ルートファインディングは慎重に行います。

お~あったあった!
あやふやな踏み跡がはっきりしてくるこの感覚も久しぶりで、嬉しいものです。
涸れ沢にぶつかったら、その涸れ沢の左岸に沿って下り、蕨入林道が見えて来ました。

いや~うまいこと下れたなあ。

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蕨入林道に出る地点 16:35

それにしても、こんなところに道があったとはま~ったく気が付きませんでしたよ。

少し林道を下ると、見覚えのある堰堤があり、あとは林道を下るだけです。

素盞鳴神社はなぜか車が満車です。
お祭りでもあるのかなあ?

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行白小塚南東尾根は踏み跡が無い?

赤沢バス停に着いて、コロコロくんをしまったり準備をしていると、17:14のバスがやってきました~。

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赤沢バス停にゴール! 17:02

飯能河原で下車して、芋浦美の資料を調べに飯能市立図書館へ行ったらなんと!
今日は休館日でガックリ…。( iдi ) ハウー
毎月最終金曜日は、書棚整理の日らしい。

飯能駅までトボトボ歩いて、日高屋で麻婆豆腐定食を堪能。
餃子もうまい!
となりに座った女子は、野菜たっぷりタンメンとメンマを注文。

後ろからは、「野菜タップリタンメンで麺少なめ」とか聞こえてきます。

そんなにタンメンがうまいの~?

次回はタンメンにしよう!

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飯能市立図書館は休館

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日高屋で麻婆豆腐定食

おまけ動画↓



おわり。

市場入から楢抜山 2016.03.25(金)

芋浦美の調査に区切りをつけて、いよいよ山に登ります。
調査に時間がかかりすぎて、13時を過ぎておりますが、ここまで来て山に登らないってのも、もったいない気がしますので~。

名栗川橋を渡って、バス通りとなっている旧道へ行きます。
名栗川橋バス停は、トイレもあって、登山の拠点としてはかなり良いですね。

ここから更に南下して、というバス停まで戻ります。
ここには、庚申の水という銘水があり、これまた登山の拠点としてはバッチリです。
この日も車で水を汲みに来ている人がいて、かなり人気があるようです。

登山詳細図的には、東図の左下です。
今日はここからスタートしたいと思います。

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庚申尊と馬頭観音

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庚申の水

登山だけだったら、峯でバスを降りた方が良かったんですけどね。
芋浦美周辺がどうしても気になってしまったので、二部構成になってしまいました。

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峯バス停 13:02

おそらく旧名栗村の小字が峯なんでしょうけど、こんな麓で峯とは気になりますね~。
旧字体ではなく、異字体らしく、固有名詞で使われる文字のようです。
ちなみに、生まれて来る子供に峯の字は使えないようです。
だから私の名に使われたのは峰なのですね~。
ミネって山冠の方ですか?ってたま~に聞かれるんですけど、人名には使えない文字らしいですよ!
それでも、なんとなく親近感のあるバス停から出発!
いえ、再出発ですね。(笑)

山だけ登る目的なら、峯で下車した方が近いのですから。
名栗川橋から歩いてきた私は、50mほど戻ります。
なぜ距離がわかるのかというと、名栗川橋からコロコロくんで測距しているからで~す。

五代目コロコロくんは、この前誤って上に乗ってしまったらバキバキって音がして壊れてしまいました。
なので、四代目コロコロくんが復活です。
値段高くて大きくて重いけど、やっぱりこのタイプの方がコロコロしやすいです。
そのうち六代目も買わないとなあ。(*^▽^*)ゞ

土石流危険渓流の看板で市場入沢となっている沢沿いの市場入林道に入ります。

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華やかな市場入林道

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沢が左(右岸)から右(左岸)へ変わる場所まで来ると、薄暗い植林帯となり、右には堰堤があります。
この辺から取り付きたいなあと思っていたら、細々と尾根へ延びる踏み跡を発見!

登って行くと、墓地の脇から明るい尾根上に出ました。
でも、逆コースだとわかりにくいですね~。
尾根の下を見ると、害獣除けの柵があるので下って来た場合は立ち往生してしまうかもしれません。

ともかく眺めの良い場所なので、ここでお昼にしても良かったかも。
ふと、尾根上を見てみると石段があるじゃあ~りませんか!

え?

こんな場所に石段?
もしや、神社かお寺が?

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尾根の上に出ると眺めがいい。

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尾根通しは、害獣除けの柵で入れない。

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石段が続いていた。

薮薮で道なんかね~だろ~なあと思っていたので、この石段の出現には拍子抜けです。
途中から傾斜がきつくなりますが、ちゃんと手すりまであります。

ブランクのあったおいら~にゃ優しいなあ。

尾根を登り切って傾斜が緩くなると手水が出て来て、ちゃんとした神社形式で、これにはび~~~~っくり!

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手水

参道も広くなって、山の中とは思えない雰囲気になってきました。
鳥居をくぐると、立派な社殿も出て来てますますわけがわかりません。
なぜこんな山中に、こんな立派な神社があるのでしょうか?

神社名も書いてありません。
今から下に戻って聞き込みをするわけにもいかないしね~。
これは宿題かな~。

左奥へ進むと、石祠が二つに石碑のようなものが一つありました。
ここは霊地か聖地なのでしょう。
かなり神聖な場所のようです。

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鳥居

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社殿 13:18~13:22

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絵が掲げてある

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左奥へ行くと石祠二つと石碑?が一つ

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宮暦三年 石経全部供養 酉九月吉日

あれだけ規模の大きな神社がなぜ山中にあるんですかね~?
気になるなあ。
神社名も気になるし、名栗川橋周辺は、また行かなくてはいけないですね。

神社を抜けて奥へと尾根上を進むと、ツガの大木が点在する歩きやすい尾根となります。
薮も無く、今でも歩いている人がいるような雰囲気です。

今日は楽勝だな~と思っていたら、いきなり岩壁が出て来て、進めなくなってしまい、唖然呆然…。(°m°;) アレマッ!
ふと右を見ると古い桟道があり、迂回路はあるようです。

何か神聖な岩のような気がしてきたので、ザックを下して、岩の左へ探索開始。
すっくと聳え立つ岩は、見事のひとことで、拝みたくなってきます。
神様の宿る岩ってこういう岩かもしれません。
きっと祠があるだろうなと思って、裏へ廻ってみたりしましたがありませんでした。

下は断崖で怖くて下ることができません。
ザイルがあれば下って見に行くんですけどね。
時間も遅いし、今回の探索はここまでです。

それにしても、この岩はかなりの大きさであることがわかりました。
まるで人の進入を拒んでいるかのようです。
この上に砦か見張り台を作れば、防御力がかなり高くなりそうです。

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尾根を進む

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岩壁で進めなくなる? 13:39~13:43

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なかなか立派な岩

岩壁も無理をすれば登れそうですが、右に桟道が用意されていますので、使わない手はありません。
右の桟道を進むと左へすぐに折れて急登し、ここには赤テープがありました。
逆コースの目印でしょう。

岩の上から先ほどいた場所を眺めると、三点指示でなんとか下れそうでした。
ツバキが咲いているのを見て、またしても大岩を眺め、尾根の右へはずれて斜上して行き、別の枝尾根に乗ったら尾根上を左へ進みます。
ここにも逆コースで迷わないための赤テープがありました。

先ほどの尾根に合流し、そのまま登ると、ほどなく390m峰からの尾根に乗ります。
390m峰かと思ったのですが、ややはずれているようだし、確かに右の方にそれと思しき盛り上がりがあるようなので、ザックを置いて往復してみることにしました。

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右の桟道へ

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岩の脇を登る

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390m点北西 13:51~14:03

ふと足元を見ると、石造物が埋まっているのに気が付きました。
一見すると、自然石のようですが、人工的に削られたような気もします。
文字は読み取れませんが、古い石標のようです。
きっと西川材として刈り出されていた頃に設置されたのでしょう。
最近のやつはプラ製ばっかりですからね。

390m峰は、小さなコブで、しかも薮に包まれておりました。
逆コースで下って来た場合は、ここに来る可能性も高いのですが、今来た方向以外は、すべて灌木の藪で進めません。

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古い石標

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390m峰

個人的には、こういう薮ピークって好きなんですけどね。
鎌北湖近くの五六も良かったよなあ。(笑)

地図を見ると、楢抜山まではまだまだ半分も来ておりません。
日暮れも近づいて来ているので、早々に登山再開です。

周囲は360度植林だらけですが、薮ピーク、露岩ピークがあり、地形図では読み取れない盛り上がりに興奮してしまいます。
やっぱり、実際に歩いてみないとわからないよな~。

歩きやすい尾根を進んで、急に道が不明瞭になります。
よ~~~っく道を探すと、急になる尾根をはずれて右へ緩やかな道がつけられているようです。
獣道ではなく、あきらかに人間が開削した道です。
落ち葉や枝でわかりにくいですけど、確かに踏み跡はあるようです。
半信半疑で進んで行くと、進路の先に尾根が見えて来て、この道で良かったと確証しました。

尾根に乗ると、なんと手製道標が!

やっぱり歩いている人がいるのですね~。

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薮ピーク

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露岩ピーク

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歩きやすい尾根道

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尾根をはずれて右へ行く道を進む

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手製道標 14:28~14:30

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手製道標のある枝尾根から登って来た道を振り返る

逆コースで下ってきた場合に、入口を見つけるのは難しそうです。
やや急になった枝尾根を登って行くと、見覚えのある場所に出ました。

どうやら、天狗積の南直下に出たようです。
それにしても、この分岐(入口)はわかりにくいですね。
逆コースはかなり難易度が高そうです。

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ようやく、楢抜山ルートに合流、懐かしい! 14:43

下山は、大指小塚、行白小塚へ行くつもりなので、ザックをデポして楢抜山を往復することにします。
立山の地名も気になりますけどね。

天狗積は左から登るのがセオリーでちょっとした岩登りが楽しい場所であります。
以前の踏査では、標示がありませんでしたが、天狗積の標示ができておりました。
いつ誰が天狗積と呼んだのかわかりませんが、なかなか良いネーミングだと思います。

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新たに設置された天狗積の標示 14:46

天狗積のピークを下って、急登すれば楢抜山です。
いくつか山名標が増えており賑やかです。

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楢抜山山頂 14:53

つづく…。

久林~四海橋 2016.03.25(金)

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アカバナミツマタ

予想通りやっぱり寝坊して、起きたら8時で久林に着いたのは、10:48でした。
東飯能駅前の桜はチラホラ咲いていたのに、久林の空気はひんやりしております。

堺橋で名栗川を渡ると、平竹川、小沢川(滝ノ入)と資料では見なかった沢名を現地で見つけました。
しかも、この辺りは、何度か歩いているし、車でも何度か通っているのですが、お堂があるのにはまったく気が付きませんでした。

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虚空蔵堂



石段を上がると、解説板には鎌倉時代に創建された光照寺が廃寺になり、その跡地にこのお堂、虚空蔵堂が建立されたとあります。

奥へ細道が続いており、ちょっと気になりましたが、今日の目的地は芋浦美なのでやめておきます。

県道53号線のバイパスへ戻って名栗湖方面へ進むと、随量ノ入と書かれた土石流危険渓流の看板を発見!

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県道53号線沿いに歩く

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随量ノ入

随量ってどんな意味だろう?
と思って帰宅してから調べたら、仏教の言葉で「徳随量進」という言葉があるようで、「徳は量に随(したが)って進む」という意味のようです。
おそらく、鎌倉時代にあったという光照寺と関係があるのでしょう。

のどかな風景を眺めつつのんびり歩くと、下名栗の獅子舞と書かれた下名栗諏訪神社が左手に見えます。
宝物殿のような蔵は、カラフルな装飾が施されておりますが、何かの物語が描かれているのでしょうか?

御神木は、左に3本右に3本です。

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下名栗諏訪神社

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下名栗諏訪神社

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下名栗諏訪神社

獅子舞が行われる頃は賑やかなのでしょうが、今はひっそりと静まりかえっております。
その獅子舞は、高水山の常福院から伝授されたそうです。

ここで高水山の文字を見るとは思いもしなかったのでびっくり。
つながってますね~。

広場からは、論地山と天王神社のピークが親子のように見えます。
奥武蔵登山詳細図では、紙幅の都合でカットになりましたが、奥多摩東編ではちゃんと載っております。
喉につかえていた小骨がやっととれた気分です。(笑)

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論地山と天王神社のピーク

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下名栗の獅子舞

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中西公衆トイレ

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柳沢橋(やなさわはし)付近から見る大仁田山

アーチ型の名栗川橋が見えてくると、左に楞厳寺(りょうごんじ)が出てきます。
せっかくなので寄り道してみましょう。

なんか面白い建物があるので近寄ると、これは門かな?
と思ったら、上に鐘があったので鐘楼のようでした。
真下で鐘の音を聞くとどうなるんでしょうかね?
二階は土禁だし、もう一人いないと真下で聞けないので今日はやめておきます。

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楞厳寺 鐘楼

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鐘の下を通れる

そしていよいよ、芋浦美に入って行きますと、神社を見つけました。
大岩の上にあって、この辺りは倉久保と呼ばれていますので、その由来となった岩のようです。
もしかしたら、楞厳寺の厳もこれでしょうか?

石段を上がって神社の名称を確認したかったのですが、わかりません。
後で牛頭天王社とわかりましたが…。

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牛頭天王社

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奥にも社がある

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牛頭天王社

さてさて。ここから芋浦美の伝説について聞き込み開始です。
製材所があったので、男性に聞いてみますが、土地の者では無いとのことで、別の人にあたってくれと言われました。

でもその別の人がなかなか見当たりません。

芋浦美についてわかりそうな人を探しながら、坂道を上がると、宮ノ入林道を発見!
今まで場所がわからなかった林道をようやく見つけることができたので、これも地図に載せられます。
意外と収穫が多いな。

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探していた宮ノ入林道

宮ノ入の宮は、牛頭天王社のことでしょう。

漆窪沢なんてのも見つけましたが、肝心の人がおりません。

新四海橋の上でようやく通行人を見つけて、芋浦美の伝説について尋ねますが、最近越して来たばかりでわからないとのこと。

名栗郵便局に入って、聞き込みしますが、やはり土地の人ではないのでわからないとのこと。

名栗川左岸の道に入って、四海橋を渡ると地元の古老らしき人がやって来たので、この人なら大丈夫だろう?
と思いましたが、わからないので別の人に聞いてくれとのこと。

だんだん雲行きが怪しくなって来ました。

県道を飯能方面へ戻って行くと、入ノ入、宮ノ入、倉久保沢の名を見つけます。

それにしても、短くて小さな沢にまで名前があるのには驚きです。

お腹が減って来たのでお昼にしようかな?
と思ったら、遠くで人影を発見し、ダメもとで突撃します。

今度は質問を変えることにしました。

神社の名称について聞いてみると、八幡様、てんのう様という返答です。
てんのうってどんな字ですか?
と尋ねると、牛頭天王の天王と教えられ納得。

これで、謎だった神社の名称がはっきりしました。

昔、疫病が流行った時に、建立されたらしいです。

更に、芋浦美の伝説についても尋ねます。

「芋食って死んだっていうあれだろ?」

うわ!やっと話のわかる人がいた~。

ところが、「70年住んでるけど、お屋敷のあった場所はわからねえなあ」ということです。

最後の最後で有力な情報ゲットです。

お屋敷の場所は不明!

もしかしたら、お屋敷の場所が違うのかもしれません。
これは宿題で~す。

今回は、神社の名称がわかっただけでも良しとしましょう!

もう13時でお腹ペッコペコです。
ベンチに座っておにぎりを食べ、楢抜山に行く準備をします。

13時から登山開始って遅すぎだよなあ。

芋浦美の聞き込みに時間をかけすぎてしまいました。
苦労した割には、お屋敷の場所が不明だったし~。( iдi ) ハウー

牛頭天王社は、1時間聞き込みをして得た成果です。
奥多摩東編を手に入れたらぜひ!探してみてください。
ちょっとだけ眺めもいいので立ち寄ってみてくださいね!
アカバナミツマタも咲いております。
私は初見です。

芋浦美はどこだ~?

だんだん、芋が恨めしくなってきましたよ。

これが芋浦美伝説か~?
そんなわけないでしょ!( ´∀` )

つづく…。

そうだ!芋浦美へ行こう!

奥武蔵には、奇妙な地名がたくさんありますが、芋浦美もその一つです。

まず、読み方が難しい。

いもうらみ

と読みます。

おいもの裏がきれいだったのかな?

って、イモに表とか裏とかあったかな?




明治9年に改称されるまでは、芋恨(いもうらみ)と書いていたようです。

なんちゅ~恐ろし気な地名や~!

しかし~、イモを恨むとは、わかるようでわからないような…。

ここで採れるおいもがあまりにもうますぎて、ついつい食べ過ぎてダイエットに失敗しちゃったからイモを恨んだ?

ってイモに罪はありませ~ん!
自己管理できない自分を責めるべきでしょう。

そういえば、私の腹も最近ますます出てきたような…。

芋は食べてないんですけど。(笑)

まあ、冗談はさておき…。

『名栗の伝説 町田泰子 編集 P7』によると、東京の一口坂近くに住んでいた人が名栗の地に越して来て、その人は一口大じん呼ばれておりました。

一口は、ヒトクチでは無く、イモアライと読みます。

東京の一口坂も面白そうな由来がありそうですが、ひとまず置いておきましょう。

その一口大じんと呼ばれる人がふかしたさつまいもを食べた時に、喉につまらせ亡くなってしまい、家も絶えてしまったので、それ以来、この土地を「芋恨(いもうらみ)」と呼ぶようになったそうです。

ざっくりとあらすじだけですみません。
『名栗の伝説』にはもっといろいろ書いてありますので、飯能市立図書館などで読んでみてくださいね。
ちなみに、隣接市在住なら本を借りられます。
所沢の私は、ギリギリ?っていうのも変ですけど借りられたので、コピーしまくって、時々読んでおります。

それにしても個人的なエピソードが地名になるってすごいですね。

イモアライとイモウラミってどこか似てますね。

イモアライが訛ってイモウラミになり、伝説が生まれたような気もします。

金曜日は、その辺りをブラブラしようかと思っております。
ついでに、奥多摩東編の踏査もできたらいいかな~と。

仕事が終わったのが0時なので、起きられるかどうかわかりませんが~。
一稿の締め切りに間に合うか~?

飯能から湯ノ沢行きに乗って久林で下車して北上する予定です。

目覚ましは5時にセッ~ト!
その前に小腹が減った~。
ちょっとだけ食べてから寝よう!
これじゃあ、痩せないね。

聖地巡礼

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オープニング冒頭、子供の頃の登場人物たちが駆け抜けて行く有名なシーンの場所です

国道299号線の秩父橋を歩行者専用の旧秩父橋から眺められる場所です。
橋を橋から眺められる場所ってなかなか無いですよね。
秩父橋がケーブル斜張橋なので、なかなか絵になります。

旧秩父橋 昭和6年(1931年)竣工

「橋架け工事は、セメントをエレベーターで落としたため何人もの人が埋まり、その死者の霊が人を誘うなどの噂がたった」と『地図で歩く秩父路 飯野頼治 著 さきたま出版会P15』にあります。

もしかして、あの花のモデルってこの逸話なの~~~~~~~~?

意味深なオープニングで毎回出て来るこの橋にこんな恐ろし気な逸話があったなんて~!


ひょええええええええええええええええええええ!


あの花、めちゃめちゃ奥が深すぎます。
めんまちゃんのモデルは実在し、実際の事故を元に話が作られたのかもしれません。

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あの花には出て来ませんが、橋の近くの公衆便所と地蔵尊。

聖地巡礼者にとってはありがたいトイレです。
もちろん、普通の巡礼者も使っていると思われます。
隣の安春地蔵は厄除け、延命地蔵は水子地蔵だそうで、旧秩父橋建設で亡くなった人を弔っております。
この地蔵尊も旧秩父橋とは無縁では無かったのですね。

旧秩父橋が無かったらあの花も無かったかもしれないので、訪れた際は手を合わせておきたいものです。

この手前の細道はけっこう車の通りが激しく注意が必要です。
国道の方へ歩いて、国道をしばらく進むと、セブンがあり、食料などを調達できます。
阿保バス停もここで発見しました。
太平記に出て来る阿保(あぼ)氏がこの地に居を構えていたそうです。
4代目までは鍛冶屋をしていたらしく、旧家背後の荒川の淵には、カジヤ淵の名が残ります。

参考文献『地図で歩く秩父路 飯野頼治 著 さきたま出版会P16』

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第一話 Bパート最初のほう、13:40  第二話 Bパート冒頭 11:26

第一話:「ゆきあつ」が「じんたん」に眼鏡を渡すシーンの場所です。
アニメでは夕暮れです。

第二話:ゆきあつが早朝にジョギングをしているシーン。
秩父線に乗り入れている西武線の電車が走って行き、なかなか名シーンです。
ここで西武線の電車をとらえるのは難易度が高そうです。

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線路際からの武甲山もなかなかいいですね。第一話 Bパート14:12

第一話:眼鏡をうけとったじんたんが去ろうとするシーンです。


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秩父駅入口交差点  第二話 Aパート中ほど 5:28

去っていく「つるこ」を「あなる」が呼び止めるシーンです。
アニメを良く見ると、おもちゃやの店舗名も確認できます。
アニメでは青信号ですが、赤信号で撮ってしまいました~。
しかもアニメでは夜です。

撮り直し?

ガガ~~~~~~ン!"く(""0"")>


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秩父神社門前 第四話 Bパート中ほど 14:37

めんまがじんたんに話しかけるとジョギング中のゆきあつが通りかかるシーン。
巡礼マップ(2014.07)では、第二話となっておりますが、それは誤植で第四話が正解です。
おかげで、第二話を3回見て秩父神社門前シーンを探しまくりましたが、見つけられずネットで検索かけたらようやく第四話と判明しました。

第四話は街中のシーンが多く、巡礼マップにも載っていない場所があるので、再訪しないといけません。

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定林寺 オープニング ゆきあつとつるこがいるシーン
第十一話 Aパート最初のほう 1:58

呼び出されたじんたんと、ゆきあつ、つるこ、ぽっぽ、あなるが会話をするシーン
アニメでは、夜ですね。
専用駐車場があるらしいですが、わかりくいです。

聖地巡礼がより便利により楽しくなる「あの花」巡礼マップは、地場産センターで手に入れましたが、他の施設にも置いてあるようです。
一人一部限定で、お店の人に「「あの花」巡礼マップください!」と言わないともらえません。
もらうのにちょっと勇気がいりますね。

只今制作中!



入川谷の奥で発見した金平(こんぴら)岩など地名を入れ込む作業をしておりま~す!
12時からやり始めて23時ですよ。
進捗状況は、まだ5分の1くらいです。
締め切りに間に合うのか~?

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大岩の中に穴が開いていて、それを登ると岩上の祠へ導かれるという不思議で超おもしろい岩。

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ついに金平岩が日の目を見る?日がやって来るんですね~。

地図に載るとは言っても、わかりにくい場所にあるので、注意が必要です。
安易な気持ちで探すのは絶対にやめましょう。

【追記】

人見ノ入という山名を見つけて、あれこれ文献をあたったら、人見沢ノ頭(人見ノ入リ)920.2mという資料が出て来ました。
西谷ノ頭(人見入頭)というのもあります。
古い地形図を開いたらようやく場所がわかりました。

人見ノ入リ ヒトミノイリ

920mで、人見沢分の山には違いないが、実際はほんの少々南へズレている。
然しイリはオクリと略 同義の奥山一帯を指す語故、この山名も不穏当(さしさわりがあって適当でないこと)なものではない。


ハイキング編集部
参考文献『ハイキング93号 ハイキング社 昭和15年5月20日発行』

秩父地方の方言で山と山の間の沢のことを入(いり)といいますので、人見ノ入が山名だと言われても少々疑問に思ってしまいます。
だから語尾に「頭」を付けた文献が出て来るのでしょう。
オクリという山岳用語は初耳だし、『山ことば辞典』にも載っておりません。
人見ノ入を山名とするのは、おかしいという意見も出てきそうです。
はてさてどうしたもんかな…。

【追記】

色々な文献を漁っていたら、ナギノ頭という山名を発見いたしました。
エリア外ですけど。

【追記】

金平岩の記述は宮内本P285でしたね~失礼いたしました。

「左岸のブッシュの袂に傍らに二本の大杉を持たらした4m四方位の金平岩を見る。
この巓に金平様の小祠が祀ってあり、詣でるには岩塊の基部の直径2尺程の孔に這い入ると旋回して抜けられるのである。
一種の鍾乳洞なのであるが面白いものである。」

またP168には、金平岩にまつわるお話しが書いてあります。↓

「この近傍の右岸(左岸の間違い)の沢辺に金平岩という面白く空洞になって巓に抜けられる霊岩があり、巓に奉祀せられてある小祠には、「神奈川県云々」と興味ある神璽の拝されるのは、御承知の如くこの近傍が明治初年まで江川太郎左衛門の管轄に属してそのまま御維新になり、暫くはその状態の続いた頃に奉祭された興味深い資料の一つである。」

【追記】

蕎麦粒山の別名が火打石山で、宮内本を読んでいたら、燧石山というのも出て来ました。
そこを源とする火打石沢がありますから、由緒は確かなものなのでしょう。
位置が至近なだけに少々ややこしいですね。

今回 鋸山を入れましたが、一つの峰を指す山名では無く、周囲の総称のようです。

宮内本P48には「大ダワへ走る山稜は鋸山で、遠望しても顕著な突起を三つもたげている。」とあります。

【追記】

田島本に、ブナ山(山毛欅山)と太字で書かれていて、どうやら曲ヶ谷峰の別名のようですが、いまいちはっきりしません。
宮内本には、「北ノ峰の呼称は抹殺したい。」と例によって厳しいお言葉が書いてありますが、宮内さんの思惑とは裏腹に今日まで曲ヶ谷北峰の名は残っているんですよね。
宮内本では、ヨウヘイギノ頭を必死に推しているのですが、長くて読みにくいこともあってか定着しなかったようですね。

お二人の本を読んでもらちがあかないので、その大元の郡村誌を採用することにいたしましょう。

「曲ヶ谷峰、氷川にてはブナ山、棚沢にては舟井戸山と云う」

郡村誌はシンプルに書いてあってわかりやすいですね。
田島氏が曲ヶ谷北峰を唱えたから曲ヶ谷峰論争が始まったのでしょう。

曲ヶ谷峰は田島氏が提唱してから北峰と南峰に分かれちゃってますので、ブナ山と舟井戸山は、二つの峰の総称ということでしょうね。

【追記】

宮内本がマーキングと付箋だらけになってしまいましたが、売るつもりもないから気にしないようにしましょ。

雨の細久保谷で遊ぶ 2016.03.19(土)

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おもしろバス停発見!読み方はのちほど…。

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Yさんの車で秩父に8時過ぎに着くと、予報通り雨が降って来て、武甲山も雨雲の中です。

それでもめげずに浦山方面へ車を走らせ、川俣橋から細久保林道に入ります。
細いのは谷だけじゃなく、林道も細く対向車が来たらと思うと怖かったです。
と思ったら、細久保林道じゃなくて、天目山林道が本当らしい。

え?川俣橋の欄干に「細久保林道」と彫ってあるのは、ブラフ?
地図屋泣かせの情報だ~。

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わかりにくいが、川俣橋の欄干に「細久保林道」と彫ってある


途中からダートな道に代わり、石ころがはじかれてボディに当たったり、石に乗り上げてヒヤリとしたり、スリル満点の道のりでした。
Yさん運転お疲れさまで~す。
お礼に何かご馳走すれば良かったかも…。
運転が好きだからというYさんのご好意についつい甘えてしまいます。

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2.5キロポストを過ぎると、細久保橋となり、一般車はここまでです。

路駐できますが、転回場所にもなっているので、1台か2台が限界のように感じました。
タクシーもここまで入ってくれるのでしょうか?

どこかの林道だと、名ばかりのゲートで実は入れたりする林道もありますが、ここは鎖が南京錠で施錠され、一般車の進入…。
いえ、侵入をガッチリガードしておりました。

雨の降る中、ビニ傘を差して登山口ならぬ入渓口まで行ってみることにしました。
サンダルで行こうとするYさんを呼び止め、足回りのしっかりしたものに履き替えてもらいます。
何があるかわからないのが山ですからね。
いやこれほんとの話…。

ヘアピンカーブでぐいっと高度を上げると、地形図にも表記のある建物が見えて来ました。

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秩父市に合併して今は無い(旧)荒川村営林署の事務所のようです。

昭和な建物も気になりますが、軒先にぶら下がる黄色い物体も気になります。

林道の右手には、鳥居が二つ並び、その先に木祠がありました。
山ノ神でしょうか?

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鳥居と木祠

更に先に目をやると怪しい掘っ立て小屋が佇んでおります。
はて?

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掘っ立て小屋

内部を見てわかりましたが、地図に載せるべき情報なのかどうか悩みます。
奥多摩東編の原稿が今夜届く予定なのですよ。
今日の踏査のことを滑りこみでギリギリ反映できるかも…。
もし掲載されたら、一番フレッシュな情報ですね。(笑)

この事務所の建つ辺りは、手持ちの沢登りの本では、シゴー平となっておりました。

雨だから戻ろうと思いつつも、ついつい足が前に出てしまいます。

細久保谷の左俣と右俣の出合まで行きましょう!

すると足元から地鳴りのような轟音が響いて来て、見下ろすと連瀑帯で超カンゲキ~!
興奮のあまり谷底に落ちないよう踏ん張りつつ、なんとか滝を間近で見るポイントを探します。

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細久保谷・左俣と右俣の出合付近の連瀑帯

連瀑帯というのは、沢登り用語で、滝が至近で連なる区間のことを言います。
上流から下流にかけても連瀑なのですが、ここは横にも滝が連なっております。
他に良いところがたくさんありすぎるのか、参考にした手持ちの沢登りの本にもここの詳細は書いてありませんが、まあこれは見事ですよ!

近づいてみると、三ツ滝の上に何やら大岩に赤ペンキで矢印が書いてあります。
道があるのか~?
大岩の下に境界見出標があるのでその目印なのかも。
沢登り用のマーキング?

林道を離れると、沢登りやクライミングの技術が無いと踏み込めない危険な領域となります。
安易な気持ちで沢に降りないようにお願いいたします。

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ビニ傘差して、観光気分で下っていたら、雨でツルツルの岩場となり、1mの段差をどうしても下れない場所となりました。
周囲は苔もびっしりで、木や草などの手がかりは、ほととんどありません。
四苦八苦していると、こりゃあ無理だな…。
と判断したのかYさんは、私の頭上をへづって通過し始めます。

「へづる」ってのも沢登り用語で壁を伝って横に進むという意味です。

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へづり中のYさん

Yさんは一体どこでこのような技術を習得して来たのでしょうか?
師匠としての面目が立ちません…。( iдi )
いやいや、ここは素直に弟子の成長を喜ぶべきではないでしょうか?
はて?へづりを教えたことはあったっけかな?(笑)

などと考えている場合ではありません!
どうやって、滝の見える沢縁に降りようか?
行きつ戻りつジタバタしていると、先ほどYさんがへづって行った先の下方の岩場に古びた残置ロープがあるじゃあ~りませんか!

良し!

沢に下るルートの見通しはついた!
後はあの残置ロープのところまでどうやって行くかだな…。

Yさんのマネをして、大岩をへづってみます。
でも高所恐怖症の私は、怖くて足が前に出ません。
足元は苔だらけだし、雨で岩がツルツルだし。
大岩を大回りしてロープのところへ行くことにしました。
情けない師匠ですな…。
いやもう、師匠じゃないだろ。(笑)

大岩の大回りとて、ザレ場のトラバースで気が抜けません。
手を斜面に突き刺し、足場を固めながら進みます。
ここが一番怖かったかな~。
ピッケルが欲しかったですよ。

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ザレ場のトラバースで苦労していると、Yさんは赤ペンキ矢印の方向へ進んでいました。

いやはや、なんとも迫力のある光景ですな!
慎重にトラバースを終えて、大岩を回り込んで、残置ロープのところまで行くことができました。
後は、ロープをたぐり寄せて下ると、すんなり着地。
上から放り投げたビニ傘(借り物なのにすみません…)を回収して、三ツ滝の光景を思う存分楽しみます。

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残置ロープで三ツ滝下へ

それにしても、三ツ滝(左)の苔むした倒木は邪魔だなあ。
びくともしないので、角度を変えて撮りました。

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三ツ滝(左)苔むした倒木が邪魔なので、なんとか見られる角度

三つの小滝が横に並ぶ光景はありそうでなかなか無いですよ。
三柱になぞらえることができ、ありがたい光景で、思わず拝んでしまいます。
カメラを向けてみますが、横に広がっているので、三つの滝を一つのフレームに収めるのは難しいです。
魚眼欲しいな~。

勇気を振り絞って、飛び石伝いに下流の大岩へ進むとなんとかギリギリフレームに収まりましたが、イナバウワーもどきの海老反りをしたので、背中がつりそうでした。

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ギリギリフレームに収まった三ツ滝

なぜこんな小滝にこれほどの労力を惜しみなく使ってしまったのでしょうか~?
この滝には、魔力のような魅力があるのかもしれません。

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連瀑帯(三ツ滝・中と右)

はてさて、矢印の先の上の滝も見て来たというYさん。
私は上まで行く気力がありません。
というか三ツ滝が見られただけでお腹いっぱいの大満足です。

さあ、帰りましょう。
しかし、すげー迫力だな。
良くこんな場所を下ったもんだ。

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細久保谷右岸の残置ロープを伝うYさん

登りはやっぱり、楽に上がれます。
左俣沢橋は、コンクリ橋なのに、連瀑帯の上にあるので名橋のように見えるのは気のせいでしょうか?
細久保谷っていいですよ!
また来たいです。

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謎の赤ペンキ矢印とその下に境界見出標

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仙元林道の銘板

一つ問題なのが、沢登り本と、仙元林道の現地表示が違うということです。
それはこれから、検討したいと思います。

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天目山林道と仙元林道の合流点、上流から下流を見る

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単なるコンクリ橋なのに、名橋のように見える左俣沢橋

時計を見ると11時。
まだ雨が降っております。
ところが秩父市街のホムセンへ行くと、晴れ間が出て来て武甲山もくっきり見えるようになってきましたよ。
うわ~!
やっぱり、グミノ滝に行ってりゃ良かった~!

今回はグミノ滝の下見ということで~。

小鹿野の縄文カレーを食べようって話もありましたが、今回は、グラッチェガーデンズのピッツァ食べ放題へ~!

グラタンとピザを15枚ほど食べてパンパンになりました。
いや~大人気の店ですな!
このシステム最高ですよ。

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グラタン

そうそう、冒頭のクイズもどきの正解はコチラ↓









































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「あぼ」が正解でした~。難読面白バス停ですな!くれぐれも素直な読み方をしないよ~に!( ´∀` )

なぜこんなバス停を見つけたのかというと、もう一つの秩父巡礼をやったからなので~す。↓

























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この画像を見ただけで、わかる人は秩父通です。
というわけで、深夜2:30になるところなので続きは後日~!

おまけ:三ツ滝の動画↓

第77回所沢古本まつり

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毎年、年4回ほど開かれている所沢古本まつり。
山仲間数人から、山岳書の特集コーナーがあるとの知らせを受けて、会社が休みになる4日金曜日に行って来ました。

本当は開催初日の2日水曜日に行きたかったですけど、仕事のある日はじっくり見られないですからね。

所沢駅前に着いたら、メガホンで「古本まつり開催中で~す!」と盛んにアピールしており、行き交う人々も気になっている様子です。
慌てても良い古書には巡り合えないので、まずは腹ごしらえ。

近くのなか卯で、カツ丼を注文!

ゲン担ぎのためですね~。
古書探しは戦いですから。

食べ終わったら、くすのきホールのエレベーターで一気に8階の会場へ行きます。

以前は、各書店の案内図が置いてあったのですが、最近は見当たらないですね。
好みの古書店とかを選ぶのに便利だったのになあ。

ちなみに、奥武蔵登山詳細図の参考文献のいくつかはこの古本まつりで購入しました。

さっそく、山岳書コーナーへ行くと、海外の山岳紀行文が多いです。
地域限定の古書が目当てだったんですけどね。

そんな中、『山と高原の旅 中村謙 著 朋文堂 昭和17年8月5日発行 限定10000部』が端っこの方に置いてあり、思わず手に取ってしまいました。
ちょっと変色が激しいですけど、800円なら安いです。
手持ちのやつは2000円で購入しましたから。

以前高値で買った古書が安く売られていると、悔しいですね~。

1958年(昭和34年)版も同名タイトルのものがありますが、昭和17版の方が挿入地図が豊富で、貴重な情報が多いです。

この手の山岳ガイド本って、なぜか戦前の方が情報満載なことが多いです。

この他は掘り出し物を見つけることができませんでした。
2日水曜日の開催初日に買われてしまったのか~?

く、悔しい~。


以前はこんな掘り出し物もありました。

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秩父 武甲山総合調査報告書 分冊 武甲山と北麓の民俗 武甲山総合調査会 発行

ものすごく、難しそうなタイトルでしかも表紙がグレーで超地味地味。

でも内容は、林業や炭焼きなど山と人との関わりを知るのに役立つものです。

これは2000円で購入しました。
非売品ですから、2000円でも安いと思います。

これのシリーズで『別編3 横瀬町地誌』っていうのが、本当は欲しかったんですけど、すでに誰かに買われていて無かったです。

これを踏査後に立ち寄った横瀬町の図書館で見つけた時は、夢中になって読んでしまいました。
普段は郷土資料室で厳重に管理されているので、鍵を開けてもらって、ようやく読むことができたのです。


奥武蔵の南の奥多摩東編の制作が進んでいるようですね。
ちょっとだけお手伝いする予定です。
         
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プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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