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物見山探索

6:00~13:00
武蔵横手駅~235.9m三角点~物見山~安州寺~駒高~275.8m三角点~黒尾根下部~横手溪谷~武蔵横手駅

火曜日に踏査した、山王峠の尾根(関ノ入沢炭釜谷中間尾根)を末端付近から通しで歩いてみることにしました。
龍泉寺の先で尾根が下がっている場所に前回見つけておいた階段があり、そこから尾根に取り付きます。

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関ノ入沢炭釜谷中間尾根取付点

墓地を両側に見て、尾根上を進むと、踏み跡が左右に横切ります。
左は、龍泉寺に出るのでしょうか。
右は、前回歩いた作業道に繋がっているようです。
しばらく先に祠があって、これが山王様でしょうか。
あちこちに穴が開いたのを見て進むと、前回通った峠です。
ここが山王峠かと思ったのですが、『日高町史』の標高とは違うようです。

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目の前が明るくなると、吾野線17号の送電鉄塔があり、眺めが良いので少し休みます。

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気持ちいい朝

左に巡視路を分けて進むと、235.9m三角点峰になります。

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235.9m三角点峰

「横手の横手神社方面と北の炭釜谷津をつなぐ山道にある峠で標高233m
峠周辺の地質はチャートのため、峠に至る道は比較的急である。
かつては、炭焼きや山仕事のための人の通りがあったが、最近では山菜採りなどわずかな人しか通らない。」

『日高町史 P118』

標高だと、235.9m三角点峰の北の鞍部ということになりますが、はっきりしません。

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山王峠?


345m点は、いつの間にか東側捲いておりました。
良く踏まれた尾根道が続き、道標さえあれば、赤実線という雰囲気です。

小瀬名分岐からハイキングコースを歩いて、物見山に立ちます。
高指山へ下って行くと、山道と書かれた指導標で右に曲がってみました。
良く踏まれた道でジグザグして、車道に出ると安州寺の脇です。
熊が出たとの張り紙があるお寺。

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安州寺

仏沢谷川左岸尾根は、清流林道が分かれる場所から、踏み跡がありました。

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仏沢谷川左岸尾根取付点

展望の良い畑の間を進むと、樹林の中に入ります。
275.8m三角点を過ぎて、ずんずん下って行くと、墓地脇で開けた場所に出て、古い道標がありますが、文字は読めません。
かつては登山道だったのでしょうか?

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古い道標

右は墓地で行き止まりだったので、左へ行くと、小川沿いの道になり、橋を作っている方がいらしたので、聞いてみると、通行許可をいただき、ハイカーもしょっちゅう通っているとのことです。
ただちょっと、入口がわかりにくいのが難点で、防火水槽の看板から入るのがコツです。
わかりやすいようにうまく表現したいですね。

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出て来たところを振り返る

林道を上に進んで、黒尾根の取付点を探しますが見当たらないので、適当な斜面を無理矢理よじ登って、登山道に出ました。
途切れ途切れでしたが、獣道をうまく利用できたのが幸いです。

前回歩いた分岐まで往復して、黒尾根を下ります。
そういえば、今朝歩いた西隣の尾根も黒尾根って書いてありましたが、紛らわしいですね。
道路改修記念碑のところに出ましたが、マーキングの類はありません。

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黒尾根から出て来たところを振り返る

今度は前回見つけた別ルートを調べてみます。
先ほど通った高麗橋分岐から右へ曲って、尾根から下る道です。
分岐が多かったので、登りにとると難しいですが、踏み跡はしっかりしており、良い道でした。
墓地脇に出て、民家で洗濯物を干している女性がいらしたので、聞いてみると、通行許可をいただけました。

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墓地入口

高麗駅が近いのですが、武蔵横手駅までまだまだ踏査します。
旧道に入って、新井竹芸さんを覗くと、様々な竹細工が売られていました。

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新井竹芸

近くに有料駐車場600円(土休日のみ)があり、河原へ行けるようなので行ってみました。

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横手溪谷

3回目でやっと横手溪谷っぽいところを見つけられました。

西武線沿いの静かな道を進んで、武蔵横手駅にゴール!

明日は、土曜日なので、西吾野~愛宕山~桧岩~岩岳~善兵衛谷林道~中尾山~吾野駅で歩く予定です。

標高200m付近でクモの巣があったので、いよいよ春が近い感じです。
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勝楽峠と山王峠

2015.2.25(水)曇り
6:30~14:00
高麗駅~台滝不動尊~萩ノ峰~台滝不動尊~丘の上公園~永田三角点~横手溪谷~山王峠~横手神社~武蔵横手駅

台滝不動尊で、林道っぽい道を見つけたので進んで行くと、高麗峠へ行く道を発見してしまいました。
ただ、バイパス道路が建設中なので、この道がどうなるのかまだわかりません。
高麗峠と台滝不動尊を結ぶ重要なハイキングコースなので、壊さずなんとか整備して欲しいですね。

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けっこう指導標が多くて、潰すにはもったいない道です。

多峯主山直下では、看板に落書きがあって、どうやら工事が終わって通れるようになったらしいということが判明。
これは歩かないわけにはいきませんね。

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工事が終わって、通れるようになった道

なかなか見る機会が無いソーラーパネルを見て、遊歩道のような良い道で車道に出ましたよ。

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ソーラーパネル

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遊歩道のような良い道

坂道を下ると、コンビニがあるし、アップダウンが少なくて、南側の迂回路より楽チンです。

団地が造成される前は、勝楽峠というのがあったんですけど、ほとんど痕跡がわからないほど、削られています。
永田台南バス停付近に峠があったようです。
ここに峠があったのか~?
と想像しながら歩くものいいもんです。

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(旧)勝楽峠

飯能市と日高市の境界が遊歩道になっていて、ケンケンパをやりながら、二つの市を行ったり来たりもできる場所があります。
国道なんかでは標示がありますが、歩道でこういうのがあるのは、珍しいです。

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飯能市日高市境界

丘の上公園に出る道を全部踏査して、山道も踏査して、高麗川に下ります。

龍泉寺を過ぎて国道を行くと、竹の移動販売?をしているのを見つけます。
どれでも100円ですって…。

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竹の移動販売?

林道に入りますが、自粛要請看板がありましたので、別ルートを使って、『日高町史』に載っていた山王峠を探してみます。

こんな辺鄙な峠にやって来るハイカーなんていないだろうなあと思ったら、奥武蔵のバリエーションルートで良く見かける白いプラ板道標があって驚きました。
さすがに峠名までは書いてありませんでしたが、横手神社と書いてあるのが心強いです。

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山王峠

横手神社の裏で国道に出て、良い峠道でした。

横手神社へは階段があり、高麗川沿いには、最近作られた遊歩道がありました。

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高麗川沿い遊歩道

水害の歴史を記したパネルもあって、要所要所に川べりに降りられるようになっているのが嬉しいです。
これのおかげで、国道歩きが短く、武蔵横手駅にゴールしました~。

疑惑の小瀬名富士

6:30~14:00
武蔵横手駅~小瀬名~小瀬名富士~北向地蔵~滝上公園~鎌北湖~北向地蔵~武蔵横手駅

今日は、ジグザグに寄り道しながら、鎌北湖へ行き、武蔵横手へ戻りました。

406m点の小瀬名富士に寄ったら、山名標がピークではなく、しかも406m点ではないところに設置してありました。
県営林の看板があるから、設置したようですけど、どうにも違和感があります。

それで、北側へ回り込んで、山容を見ると406m点は平頂で、南の閉塞圏の無い390m圏峰の方が富士山に見えました。
気のせいでしょうか…。
西か東から見れば、406m点が富士山に見えるのかもしれませんね。

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フリソデヤナギ

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ピークじゃないし、406m点からもズレている小瀬名富士

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左のコブ390m圏峰が富士に見える

明日は、高麗駅~滝不動尊~永田三角点~横手溪谷~武蔵横手駅と踏査する予定です。

高麗駅から鎌北湖

昨日は、図書館から借りて来た資料の整理の後、それらで判明した、神社仏閣名、橋名、滝名、沢名、峠名、山名を記入していたら、かなりの時間を取られてしまいました。
地味な作業ですが、重要であります。
高麗駅周辺の沢名を記入し終えたら、御岳山の作図に取りかかりましたが、日付が変わって深夜2時です。
踏査の無い日は、こんな感じで一日が過ぎます。


2015.2.23(月)曇りのち雨
8:00~16:00
高麗駅~聖天院~高麗神社~瀧岸寺~新堀橋~カチ坂峠~平沢富士山~山根六角塔婆~毛呂山総合公園~鎌北湖~北向地蔵~車道~啓明荘~五常ノ滝~武蔵横手駅

4時間ほど寝て、6時に起きて、朝食の後、7時に電車に乗ったら、めちゃくちゃ混んでて、飯能までずっと立ちっぱなしでした。
やはり、もっと早くに家を出ないとダメですね。

通学している学生たちに混じって、市立図書館まで歩いて、ポストに4冊を返却します。
今日は休館日なので。

トイレに行きたくなり、色々考えて、中央公園にトイレがあることを思い出しましたが、工事中で仮設トイレです。
登山口に来ると天覧山に登りたくなってしまいましたが、ぐっとこらえて、天覧山入口バス停でバスを待ちます。

でもバスはなかなかやって来ません。

7:50だと思っていたのですが、時計を良く見たら8:50でした。

次のバスまで30分以上あるので、歩くことにしました。

恩田バス停を過ぎて、高麗峠入口です。
数日前のことですけど、なぜか懐かしい。

観光案内所の夢馬もまだ営業前です。

飯能斎場バス停で、ちょうどバスの時刻が近づき、待っているとレトロ調バスがやって来ましたが、ウインカーを出してくれません。
慌てて、手を上げてバスを止めました。
これを逃したら、次は30分後なので危ないところでした。

埼玉医大行きなら、巾着田まで乗って、歩く距離が短くなったのですが、残念ながら高麗循環だったので、高麗駅でバスを降りました。

駅前のベンチで身支度を整えて、日和田山(ひわださん)分岐から踏査開始です。

前回は、滝沢ノ滝への指導標を見つけて、そちらへ行ってしまいましたが、今日こそは高麗神社へ行きますよ~。

とその前に、長寿寺へ寄って、九万八千神社にも寄ります。

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長寿寺

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九万八千神社

九万八千は、「くまはっせん」と読みます。
熊襲のクマだとか、クマが転じてコマになったとか、色々曰くがありそうな神社なのです。
はっせんは、八千矛命(やちほこのみこと)を祭神としていることからの名です。
日和田山を背に、巾着田を望む場所にあるこの神社はかなり古くからある神社のようですが、規模は小さいものです。

進んで行くと、幸神様というのがあるのがわかり、探してみると、苔むした石仏がずらりと並んでいて、その真ん中に一本の柱がありました。
チャンスンでしょうか?
読み方も、コウガミかサチガミかわかりません。

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幸神様

こういう謎に満ちたものって面白いですよね。
今後の解明すべき課題です。

聖天院は、なかなかの寺院ですが、拝観料300円をとられます。
解説によると、故国から持って来た、聖天尊が本尊なので、聖天院と名乗るようになったとのこと。
だから、雌滝の聖天様も、高麗人にゆかりがあるのだろうと予測できるわけです。
今まで、せいてんいんと読んでおりましたが、「しょうでんいん」が正しい読み方だったようです。
まだまだ勉強不足です。

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聖天院(しょうでんいん)

次に、高麗神社へ行くと、けっこう人がいて驚きました。
でも、神社は改装中です。

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改装中の高麗神社

来年2016年は、高麗郡建郡1300年に当る年なんだとか。
かなり盛大に盛り上がることでしょう。
その前に登山詳細図が出せればいいですね。

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高麗郡建郡1300年

車道を歩くと、ちょっと怖い感じの道標がありました。
これはいったい何を模したものでしょうか?
チャンスン?

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ちょっと怖い道標

先日訪れた霊巌寺を指しておりました。
瀧岸寺に寄り道して、不動ノ滝を見ます。
奥武蔵って意外と滝が多いですよね。
滝巡り踏査のような気分です。
それにしても、れいがんじとりゅうがんじって紛らわしいよな。

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瀧岸寺にある不動ノ滝

その後、怖い道標の指している霊巌寺方面へ行ってみると、木製のやたらに狭い橋があり、新堀橋(にいほりはし)というらしいです。
木製の橋なんて珍しいですよね。
1.5m、1.5t未満の車なら通れるようです。

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新堀橋

砂利道の側道で戻ると、奥に神社を見つけました。

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謎の神社

名前が無いのでどんな神社かわかりません。
ゴルフ場にあったものが移築されたのでしょうか?

ゴルフ場に沿って進んで、今年二度目の富士山!

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冨士山

山名標を良く見たら、ワ冠ですよ~。
しかも読み方は「ふじやま」ですからね!
これはちょっと文献と照らし合わせてみないといけませんね。

以前、男性が出て来た道を進むと、なんと!
古道だったようで、山根六角塔婆にいきなり出ました。
車道じゃないのが嬉しいです。

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山根六角塔婆

一枚は、無くなってしまったらしく、五枚で六角だそうです。
これ以上盗まれないよう、厳重に二重のフェンスで囲ってありました。

毛呂山総合公園には広い駐車場があるので、利用できそうです。
トイレも近くにありました。
案内図に、石尊山へのハイキングコースがあったので、いつか踏査しなくては~。
ほんとは、毛呂駅へ出て帰りたいところですが、ここからが踏査本番です。

遊歩道で、鎌北湖を目指すと、畑で福寿草が咲いておりました。
そういえば、今日は暑くて、汗だく踏査です。
もう春はすぐそこですね。

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福寿草

指導標の先に枝道を発見したので、これは次回の踏査で来ます。
鎌北湖の桜はまだまだですね。
ベンチに座って、パンを食べて休憩です。
平日でも車がけっこう止まっていて、それなりに賑わっておりました。

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鎌北湖

北向地蔵を目指して進むと、平日なのに、何人ものハイカーとすれ違います。
ここは人気コースなのですね。
車で周回する人が多いのかな?

北向地蔵は前より明るくなった印象です。
背後の林道も記憶がありません。

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北向地蔵

最初の踏査は、基本的に、車道か林道という自分なりのルールなんで、林道経由で武蔵横手を目指します。
宿谷権現堂、権現堂、中野、土山、関の入と、この辺りは林道だらけです。

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五常ノ滝

五常ノ滝を見た後、15:30頃に雨が降って来て、けっこう強い降り方になり、傘を差して歩きます。
巡視路もけっこう多いなあ。

武蔵横手駅に着いて、今回の踏査は終了です。

明日は、武蔵横手駅~ヤセオネ峠~小瀬名富士~武蔵横手駅と踏査する予定です。

16時がタイムリミットの時差回数券のことを考えると、早出して、14時には駅に着いておきたいですね。

狼岩

花立松ノ峠と黒山三滝の間、猿岩林道から登山道に入るところに日照水という銘水があります。
そこから登山道をわずかに進むと、沢の右岸に見上げると首が痛くなるほどの大岩があり、狼岩の名があります。

黒山三滝で修行していた修験者がここでもなしかしらの行をおこなっていたのかもしれません。
狼⇒大神のことではないでしょうか。

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狼岩

雌滝と聖天様

奥武蔵には、難しい読み方をする地名がたくさんあり、瀬尾(せび)もその一つです。

山の背(尾根)の尻尾にあることから、セビとなったようですが、普通ならセノオと読まれる地形です。

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増上寺から移築された石燈篭(長沢川と八徳沢出合)

その瀬尾の岩地蔵のある分岐から右に入ると、長沢川支流の八徳沢沿いになります。

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ホタル生息地

一時期見られなくなったホタルは水質が良くなり、復活したようです。

屋根だけの施設のところに小さな滝があり、地元の人に尋ねると、これが女滝とのことです。
下流には、堰があって近づけないので、上から眺めるしかできない滝で、落差は1mもない感じの小滝です。

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上からしか拝めない女滝(雌滝)

対岸の右岸に社殿があり、どういうものかわかりませんでしたが、調べてみると、聖天様ということがわかり、高麗人に関係する社だということがわかりました。

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八徳沢右岸にある聖天様

不思議なのは、切り立った対岸の上にある社をどうやってこしらえたからです。
橋も無いし、よじ登るのも大変な崖の上にこの社があるのです。
しかも背後は、数十mの断崖絶壁です。
どうやって建設資材を運んだのでしょうか?
考えれば考えるほど不思議な気分になってきます。
女滝は雌滝とも書くようです。

上流にある男滝は、不動滝の別名もあります。

近くの字名は、滝林(たきばやし)、滝平(たきだいら)といいます。

ちなみに、八徳(やっとく)は、本来「やっとこ」と読んでいたようです。
坂道をやっとこ、やっとこ登っていたことが由来というのを知りほのぼのとしました。

「やっとこ」に八徳という縁起の良い漢字を当てられ、「やっとく」と読むようになったようです。

次のお題はこれ↓

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本田沢川は、八徳沢より下流にある長沢川の支流なんですが、普通は、「ほんださわがわ」ですよね?

本田沢はモツタサワと読むんですよ~。

由来は、もと田のあった沢ということです。

わざと難しい読み方してるんじゃないの~?
って思えるほど奥武蔵の地名は難解です。

吉田山から中尾山

6:30~15:00
西吾野駅~安曇幹線347号~吉田山~御岳山~朝日稲荷大神~休暇村奥武蔵~東郷神社~梨本峠~中尾山~吾野駅

以前、御岳山(おんたけさん)から休暇村奥武蔵(旧あじさい館)へ下る道があることを発見したので、その道を歩くことにしました。
踏査済の東郷神社を登っても芸が無いので、安曇幹線347号の巡視路を使って、吉田山経由で御岳山へ行くことを思いつきました。

西吾野駅を出たら、浅見茶屋方面へ進み、苔むした清心地蔵と黄標柱のところから取付ます。

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安曇幹線347号巡視路入口(清心地蔵)

巡視路をたどって、安曇幹線347号を過ぎてそのまま尾根を進むと、林道にぶつかります。
尾根を歩く予定でしたが、急坂だし、踏み跡もはっきりしないので、この林道で捲いて進むことにします。

先ほどの尾根が右から降りて来て、林道とクロスしたので、左の尾根に取付きます。

赤杭が、木に巻き付いていて、丸太が二本横倒しになっていて、ちょっと歩きにくいですが、それを越えれば、良い尾根道が続いておりました。

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尾根取付点

430m圏峰の手前で、左に捲く道に入って、子ノ権現~吉田山の登山道に出ると、そこはもう見覚えのある風景で、予想通りの場所に出てました。

吉田山を越えて…。
そういえば、ここの北に城跡があるんですけど、吉田オチノ守という人が城を築こうとしたらしいです。
『ものがたり奥武蔵 P20』

吉田山の北側一帯の字名は吉田になっております。
由来は読んで字の如し…。
吉田山には、昔、天狗がいて人々を驚かしという言い伝えもありますから、険しい断崖で修行している修験者がいたのかもしれません。

御岳山の小さなコブから「あじさい館」と書かれた文字に従って急下降すると、林道に出て、真新しい指導標もあります。

東郷神社までの踏査もしなくてはなりませんが、とりあえず休暇村奥武蔵までつなげておきます。

左に社殿が見えたので、細道を伝って行くと、朝日稲荷大神と書かれた社殿がありました。

参道の階段がかなり急で、怖かったです。
山向こうの秩父御嶽神社の階段と同じです。
緩い脇道もありますが、鳥居の連なる参道を下る方が御利益があるかと思い、階段を下りました。

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朝日稲荷大神の参道

休暇村奥武蔵のベンチで一休みの後、前回見つけた指導標から東郷神社を目指します。
いくつも林道が分岐しますが、指導標が各所にあって迷いません。

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指導標

舗装道に出ると、三社中沢線の看板がありました。
三社はわかりますが、中沢はどこでしょうかね?
まさか、権五郎神社近くの中沢?
小床の方に、中沢という小字がありますが、ちょっと方向が違います。
三社芳延線ならわかるんですけどね。
中沢とはどこのことでしょうか?
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遊歩道じゃなくて、林道を歩かされていたようですね。
それでも、車のうるさい国道を歩くよりは、全然マシで、森の中の静かな林道でした。
未舗装なので、足裏の感触が柔らかかったのも良かったです。
最近は、林道じゃなくて、森林管理道という表記になってきたようです。

芳延橋まで踏査して繋げた後、引き返して林道入口から錆びた鉄橋で高麗川を渡ります。
国道を進むと、梨本集落の入口がすぐ近くでした。
やった~!
これで、西吾野~吾野が車道経由でつながりました~!
梨本峠は吾野から行った方が近いですね。
国道歩きも少ないし。

地形図には、車道が踏切で西武線を越えているように書かれておりますが、そんな道はありません。
最初に来た時は、「へ?」って感じで目が点になりましたが、西から回り込んで、ガード下をくぐる道がちゃんとあったのです。
今回も丁寧な作りの指導標に導かれて、梨本峠へ向かいます。

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梨本峠入口

梨本峠からは、いよいよこの尾根の末端近くまで行くことにします。
南側が雑木の箇所が多く、明るく気持ち良い尾根です。
樹林越しに、伊豆ヶ岳なども見えました。
痩せ尾根に緊張しながら進むと、369mの中尾山に着き、小さな板がぶら下がっておりました。

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中尾山山頂

「中尾

尾根が平らに見える場所。ただし現在は地形が大部違った。
この付近は自治会中尾地区。
中尾の中は接頭語。
金毛九尾狐の伝説がある。」

『飯能市史 資料編 Ⅺ P143』

尾根が平らに見えるとはどこのことでしょう?
それだと、色々な場所が中尾になってしまいます。
「現在は地形が大部違った。」というのもおかしな話です。
そういう地形が無いということを自ら示しております。
これは明らかに根拠の無い由来でしょう。
「中尾の中は接頭語。」というのも難しく考えすぎではないでしょうか?
地名はできるだけシンプルに考えるべきです。
長沢川と高麗川に挟まれたこの尾根は、半島のような形をしております。
両川の中間にある尾根だから中尾となったのではないでしょうか。

中尾山は、その尾根の中心的位置にある山です。

少々熱く語り過ぎてしまいましたね。
イカンイカン…。
話を戻して、尾根を進むと、モノレールが出て来ました。
法面を補強する工事をしているようです。

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アンテナを過ぎ、錆びた鉄塔から先が少々、不明瞭になって来ますが、赤テープが張ってあり、それを頼りに進みます。

竹藪になりましたが、古い建物が見えて来て、それを目がけて下ります。

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秩父彦神社

この辺りの字名は宮前といいます。
秩父御嶽神社は、古くからあったこの神社を遷座したそうです。
また、西側には、御嶽越(みたけごし)の字名もあり、古くから信仰の対象になっていた神社のようですが、遷座した後は訪れる人もいないようです。
石段は崩壊の危険があるせいか看板があったので、西側から迂回しました。

他に、もっと良い道が無いか色々探索しましたが、他の道は厳しい感じでした。
一応簡単にまとめておきます。↓

①一番西寄の尾根を下ると、藪漕ぎの後、民家手前で猪進入防止柵に阻まれます。

②東寄りの尾根を下ると、崩壊した古い猪進入防止柵に沿って下り、国道に出られましたが一般向きではなく、登りだと取付きがわかりにくいです。

明日は、二つの天気予報サイトを見比べると、片方に昼から雨マーク付きましたね。
曇りなら出かけるんですけど、作図曜日にしましょうかね。

桧岩とバラ塚に行きたかったんですけど、焦っても仕方ないしね~。。

ヤマとサン

6:30~17:00
高麗駅~黒尾根~駒高~物見山~ヤセオネ峠~宿谷ノ滝~白銀平~富士山~高麗川駅

今日は、黒尾根を歩きましたが、登り口を間違えてしまったようで、もう一度行かねばなりません。
傾斜の緩やかな丘陵地帯って貴重な存在だと思われます。

ヤセオネ峠からは宿谷ノ滝へ下りましたが、出だしが急でした。

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パワースポット

この辺の道標は近年付け替えられたようですね。

富士山て、普通は間野富士山みたいに、地元の地名を冠して呼ぶのが普通なんですけど、ここは富士山です。
なんとか富士のなんとかがわからないので、日高市立図書館へ行くと、平沢富士山というのがでてきました。
でも、ふじさんとは、読みません。

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平沢富士山

「ふじやま」です。

どこかのアトラクションみたいな名前ですね。

読み方を変えることで、本家との差別化を図ったのかもしれません。

高指山は、普通は、たかざすやまですけど、ここでは、「たかさしやま」が正解で、現地指導標のローマ字もそのようになっております。

日和田山も、今まではひわだやまって呼んでいましたが、「ひわださん」と本に書いてありました。

やまさんは難しい問題ですね~。

富士山の西の鞍部はカチ坂峠とありますので、粕坂は当て字のようです。

白銀平は、もともと物見山(物見平)と呼ばれていた山を昭和36年6月に白銀平と名称変更がなされたようです。
二つも物見山があったら紛らわしいからでしょうね。

でも資料を見ていたら、もう一つ物見山を見つけてしまいました。

他にも色々、図書館で収穫があったので、帰宅が遅くなってしまいました~。

多峯主山から日高団地を経て、武蔵横手駅に行くコースが紹介されたハイキングマップも出て来たので、行かねばなりませんね~。

永田三角点再び!

橋の名前が堂々と富士を名乗ってました~。

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明日は、西吾野~御岳山~休暇村奥武蔵~東郷神社~梨本峠~吾野の予定です。
明後日も西吾野行きたいなあ。

今日も作図

2時まで作図してしまい、起きられなかったので、今日も黒山三滝地域の作図に変更しました。

【追記】

11:00~15:30
遅い朝食の後、黒山三滝~顔振峠地域の作図をやりました~。

明日は、なんとしても踏査に行きたい!
という気持ちで、全神経を集中し、全精力を注ぎこんで、線入れをやりました。
なんとか15:30に終わり、引き続き、データ入力作業に入ります。
全部終わらせて、明日はすっきりした気分で全力踏査したいです。

【更に追記】

20:30
やっと、黒山三滝~顔振峠地域の作図が終わりました~。
あ~疲れた~。
精根尽き果てました~。
これで、後顧の憂いが無くなったので、明日こそ踏査に行きたいです!

頑張り過ぎて腰痛に…

13:30 昨日、作図を頑張り過ぎたせいか腰が痛いです。

顔振峠地域と物見山地域のどちらかやろうか悩んでおります。

明日は、晴れの予報なんで、物見山方面の踏査へ行きたいです。

21:00 ようやく、物見山、日和田山の踏査済分の作図が終わりました~。

お次は、顔振峠ですね~。
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池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com

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