FC2ブログ

奥武蔵登山詳細図 分岐表記に関するお知らせ

奥武蔵登山詳細図を御使頂いてます皆様、いつもありがとうございます。
今回、奥武蔵登山詳細図の表記について、秩父警察署山岳救助隊さまからもご助言を頂き、緊急にお知らせしたい件がございまして、この場にてお知らせさせて頂きます。

奥武蔵登山詳細図の表記で、分岐箇所と分岐径を矢印を記入して表記し、×印のあるものは通過不能又は立入禁止径、特に×印の無いものは径が続いているものとして表記しておりましたが、特に×印の無いものの中にも、一例ですが、下記の部分のように送電線鉄塔までは巡視路がありますが、その先は径の無くなるものも等があります。

20161228153131cf0.jpg

このお知らせを見て頂いたかたは、出来れば今後は、×印の無い矢印に関しても、安全の為、出来るだけ其方に立ち入らないようお願い致します。

他のエリアの詳細図では、標高の低い里山を除き、分岐箇所と分岐径を矢印を記入して表記した部分には×印を記入していますが、奥武蔵図に関しては×印の無い矢印が標高の低い里山以外にも記載しており、本来、間違った分岐径として迷い込まないで欲しいとの念で記入した矢印が、逆に登山者を困惑させる事になっては本末転倒ですので、こちらにて、取り敢えずお知らせさせて頂きました。
次回印刷分より本図該当箇所にも、×印を入れるよう加筆致しますので、どうぞ宜しくお願い致します。

誠に恐縮でございます。
失礼致します。

登山詳細図世話人の日記より転載

登山詳細図 池田和峰
2016年12月29日。
スポンサーサイト

久須美から八重沢谷の古道 2019.4.23(火)

2019年4月23日(火)
久須美バス停~八重沢谷(やえざわやつ)久須美坂~八重沢谷~丸山・236m峰~市界尾根・八重沢谷左岸尾根~山根林道~武蔵横手駅

『飯能市史資料編Ⅺ』を読んでいたら、久須美坂がもう一つあるらしいということがわかった。
有名な方の久須美坂も新旧あるから、正確には3つということになるだろうか。
一般に知られている新旧の久須美坂は、大倉谷久須美坂で、久須美~白子を結ぶ峠道。
今回探索する古道は、久須美~横手を結ぶ峠道である。
この二つの峠道の間に、飯能市と日高市の市界尾根があって、かつては秩父方面か高麗方面かで二つの峠道が使い分けされていたようだ。

車社会になってから、八重沢谷久須美坂は忘れられ、大倉谷久須美坂は、登山道として歩かれるようになり、明暗がくっきり分かれてしまった。
そこで今回は、忘れられてしまった八重沢谷久須美坂を越えて、これも先日『飯能市史資料編Ⅺ』で見つけた丸山に再登頂して、市界尾根を八重沢谷まで歩き通してみたい。

平日のみ運行している飯能駅発6:24中沢行バスに乗る。
以前は、5:55のバスがあったが、利用客がいないようで廃止されていた。

s9970004.jpg
飯能駅発 名郷方面バス時刻表

s9970005.jpg
GWのダイヤは27日~6日が土日祝ダイヤ

乗客は、私の他に男性が一人だけ。
久須美バス停で下車すると、かなり狭い歩道に降ろされ、バスがいなくなるまで背中を向ける。

渡来人が住み着いた証の白髪神社は、大岩と御神木があって、一見の価値あり。
神社の向きが道路に対して斜めになっているのも気になる。
この先には、何があるのか?
久須美の由来となったクズ=崖を見てみたいのだが、今回も忘れてしまった。
偶然の一致がどうかわからないが、この神社の奥にはちょうど東光寺があるから不思議。

s9970006.jpg
白髪神社


ゴルフ場への道に入ると久須美山が大きい。

s9970009.jpg
久須美山

s9970013.jpg
東光寺

五差路を右折して東光寺へ。
緩く坂道を上がると、東光寺があり、左から迂回する。
池があって子供が落ちないように柵で囲われていた。
東光寺沢の看板からいよいよ古道の始まり。
踏み跡は細いが、今でも歩かれているのか歩きやすい。
これは、大倉谷久須美坂より歩きやすいんじゃないか?

s9970016.jpg
峠道を行く

涸れ沢の東光寺沢に沿って登って行き、小尾根に乗ると斜面をトラバースするようになって、飯能アルプスの縦走路に出た。
ここが、八重沢谷久須美坂で、確かに反対側にも峠道が下っている。
久須美から高麗方面へ行くならこの峠道を使った方が近道だ。
ザックをデポして祠のある久須美山を往復する。

s9970017.jpg
八重沢谷久須美坂

八重沢谷久須美坂から八重沢谷へ向けて下ると、いくつもの溝に沿って下り、左から沢が合流するところは不明瞭。
沢を渡って下るのが正解なようだ。
少々荒れた感じの峠道も露岩を見ると作業林道に出て終了。
古道が残っている距離が短くて物足りない感じ。
この後、いくつもの枝沢が分かれ、作業林道もその分だけ分かれている。
これが八重沢谷の由来だろう。
白い看板のところが、林道終点のようで、ここから道が良くなる。

s9970020.jpg
いくつもの溝

s9970021.jpg
露岩

s9970026.jpg
林道終点

林道が左岸へ渡る手前で、左に急峻な尾根が上がっているのが見え、それが市界尾根だ。
ここから北東側わずかな距離だけ市境が沢になっていて、ここから尾根に戻るのだ。
恐る恐る沢へ下って、枝尾根を登ってみると、やはりかなりの急登で、木につかまりながら登って、登りやすいところを選びながら登る。
境界マニアでなければ、こんなところを登ったりはしないだろう。
おそらく急すぎて下降不能と思われる。

s9970027.jpg
市界尾根(枝尾根)

だんだん歩きやすくなってきて、踏み跡もはっきりしてくると、360m圏峰で主尾根に合流する。
双耳峰になっていてここは南峰、丸山は右(北)へ少し行ったもう一つのコブだ。
小さなコブへ着いて、ここが236m峰、即ち丸山山頂。
双耳峰の北峰である。

s9970030.jpg
丸山山頂 236m峰

この尾根は、歩きやすくて普段から歩いている人がいるような雰囲気。
多少アップダウンがあるが、それほど気にならない。
振り返ると丸山の丸い山容が見えていた。

s9970032.jpg
丸い山容の丸山

少しだけ雑木の新緑を楽しむと、最後のピークの200m圏峰となり、左は前回登って来たので、今回は右を下って踏査する。
左の枝尾根より歩きやすいかと思ったが、枝が落ちていたりして歩きにくい。
日高市の黄プラ杭と飯能市の石標が交互に出て来て、これが良い目印になる。

s9970034.jpg
200m圏峰 左:大倉谷 右:八重沢谷

s9970035.jpg
日高市の黄プラ杭

GPSの市境は、左へ曲がって行くが、日高市の黄プラ杭はまだ点々としている。
140m圏峰のコブで枝尾根が左へ分かれ、ここで市境も左へ折れていた。
地図の市境と実際の市境が違っている。
そのまま直進して踏み跡を下ると、露岩に出てしまい尾根上を下れなくなってしまい、少し手前で左へ下ってみるとピンクテープがあるものの踏み跡が無く傾斜も急なので、右の林道の方へ下ってみる。

s9970037.jpg
露岩手前で右へ

落ち葉が大量に積もっていて歩きにくいが、傾斜が緩いのでなんとか歩ける。
少し下ったら左へ折れて下り、大岩を見上げたら右へ曲がって、灌木の間を下ると、沢沿いの踏み跡に出た。
逆コースだと入口がわかりにくいが、小さなケルンが目印になるだろうか。
八重沢谷の左岸沿いに進むと踏み跡が二手に分かれ、右の下っている道を選ぶと、沢を渡って少し先で右へ上がる踏み跡を見つける。
灌木の間を登ると、林道に出て振り返ると、林業テープが二本ぶら下がっていて、これが逆コースの目印になるだろう。

s9970041.jpg
八重沢谷を渡る

s9970042.jpg
林道に出て振り返る。林業テープが目印。

林道を進むと前回取り付いた尾根の取り付きが見えて来て安心する。
時計を見るとまだ9時で、カフェハチスはクローズドなのが残念。

s9970047.jpg
横手渓谷遊歩道

武蔵横手駅に着くと、遠足の子供たちで賑わっていて、北向地蔵方面へ行くようだ。
これで、永田山周辺の宿題があらかた終わって、次回は中郷から入って、大高山周辺を踏査する予定。
大嶽への良い道を見つけたい。

アラザク

標高820m。 刈場坂峠の東にある山。飯能市・ときがわ町。
別名:旧刈場坂峠

『ものがたり奥武蔵 P57・70』略図にアラザクと書いてあるが、ホオノ木の場所は不明。
花立松ノ峠を新しく作られた峠という意味で新作峠の別名がある。
手製道標によればここが旧刈場坂峠らしいが、旧峠なのでそれがアラザクの由来かどうは不明。
近くのときがわ町には新柵山があるので、この辺りの耕作地が新しく作られたのでアラザクとなったとする方が自然である。

s8900064.jpg
2015年5月22日(金) アラザク山頂

s8900065.jpg
2015年5月22日(金) 手製道標

s8900066.jpg
2015年5月22日(金) 旧刈場坂峠

丸山(まるやま)

標高833m。 ブナ峠の北にある山。飯能市・ときがわ町。
別名:三本ブナ

『ハイキング 81号 P9.』

刈場坂峠ノ頭から東すると770mの躑躅山が南に岐れる。
これを見送って行くと俚称三本ブナがある。
いづれも一抱ぐらひのブナの木が三本並んで立っているが、端の一本は枯れてしまっている。



『ものがたり奥武蔵 P57』略図に丸山と書いてあり、こんもりとした丸い山容を丸山といった。
山頂は植林で何もなく、少し北側に指導標があるだけである。

s8900076.jpg
2015年5月22日(金) 丸山付近手製道標

s8900078.jpg
2015年5月22日(金) 丸山付近指導標

s8900079.jpg
2015年5月22日(金) 丸山山頂

二子山(ふたごやま)

標高860m圏峰。 刈場坂峠の西にある山。飯能市・横瀬町・ときがわ町。
別名:横見山・牛立ノ久保

『奥武蔵 ハイキングペンクラブ 著 登山とスキー社 P120』

次に一寸書き添えるが刈場坂峠の西に二つ頭を持った山は横見山と云い、大野峠の手前の山を陣場平山と云う。



『ハイキング 81号 P8.』

次の同じ880mの二つ並んだ突起はウシタテノクボで、山稜はここで東微南に傾く主稜と、西南に走る尾根とに分れる。



古い文献に二つのピークがあることが書かれ、地元でも二子山と呼ばれていたが、特に雄雌の区別はないようだ。
二子山とは、二つ並んだ峰のことであり双耳峰ともいう。
刈場坂峠の二子山とは、この860m圏峰と同じく860m圏峰の横見山のことである。

s8880122.jpg
2015年5月20日(水) 二子山山頂

s8880123.jpg
2015年5月20日(水) 二子山指導標

長久保(ながくぼ)

標高780m圏峰。 虚空蔵峠の南西にある山。飯能市・横瀬町。

『ハイキング 81号 P8』

峠(虚空蔵峠)から尾根は登りとなって790mの長久保となり次いでこの山稜の最低鞍部(650m)に達する。
此処は吾野村方面から芦ヶ久保方面への乗越があり、サッキョ峠と呼ばれている。



『ものがたり奥武蔵 P17』の略図にも長久保とあり、『飯能市史資料編Ⅺ P157』では長比良となっていて、横瀬称の枇杷平のことと思われる。
『ものがたり奥武蔵』によると、山頂のことをクボとも言うらしく、他に風木クボや牛立ノ久保がある。
この辺りは枇杷平とも呼ばれる東西に長い尾根となっておりこれが山名の由来となった。

登山道が南側を巻いているため、未踏の山である。

親不知(おやしらず)

標高700m圏峰。 正丸峠の北東、虚空蔵峠の南西にある山、サッキョ峠の近く。飯能市・横瀬町。

『ハイキング 81号 P8』

サッキョ峠から俚称親不知を過ぎて大グミ(700m)を越すと正丸峠となる。



『ものがたり奥武蔵 P17』の略図にも親不知の文字があるが、『ハイキング 81号 P8』の記述を元に場所を特定した。
有名な北陸の親不知の由来は、断崖と波が険しいため、親は子を、子は親を省みることができない程に険しい道であることから、この名が付いたとされている。
となっているので、険しい道または地形に付けられる地名のようで、この峰とサッキョ峠の間はかなり激しい急坂となっており、それが名の由来と思われる。
登山道は、微妙に南東側を巻いており、指導標が立っている。

s8880086.jpg
2015年5月20日(水) 親不知山頂

s8880087.jpg
2015年5月20日(水) 親不知指導標

大グミ(おおぐみ)

標高690m圏峰。 正丸峠の北東にある山。飯能市・横瀬町。

『ハイキング 81号 P8』

サッキョ峠から俚称親不知を過ぎて大グミ(700m)を越すと正丸峠となる。



大きなグミの木があったことによる。
因みにグイはとげのこと、ミは実のことをさし、これが縮まってグミとなったといわれる。
正丸峠と虚空蔵峠を結ぶ分水嶺上で松茸山への尾根が分かれている。

s8880076.jpg
2015年5月20日(水) 大グミ山頂

s8880078.jpg
2015年5月20日(水) 大グミ山頂

正丸山(しょうまるやま)

標高766.4m。・三等三角点 点名:秩父。正丸峠の西にある山。飯能市・横瀬町。
別名:カンゼ山・丸山・小丸山

『ものがたり奥武蔵 P131』

大野峠の隣りの三角点のある山は、陸地測量部の秩父の地図に丸山と書かれてありますが、実は大丸と呼ぶのが正しく、又古い書物には正丸峠を小丸峠と書いてあるので秩父から越生と飯能へ通じる各々の峠路である、この二つの山名に何か關係があるのかも知れません。
一番古い正丸峠は、その後便利な正丸三角点、俚称カンゼ山の東肩を越えるようになりましたが、この道は途中ハグレとよばれる難所があったり、天狗岩では天狗の提灯にいたずらされたりして、通行人は楽ではありませんでした。
それが今ではバスが峠を走り、東京と秩父とを結ぶ重要な峠となり、正丸峠は新正丸峠として登山者の間にも脚光をあびるようになったのであります。



『新編武蔵風土記稿 12 P90』(雄山閣 1996)

南川村「南澤峠 一に小丸峠、又は秩父峠ともいへり、秩父街道にて当村と蘆ヶ久保村の堺なり(以下略)」



『山村と峠道 P252』

「秩父峠の別名をもつ正丸峠は、「小丸峠」とも書く。
これは、峠より約5キロ北にある960mの丸山を「大丸」ともいったことに対し、峠の西の766mの突起を「小丸」と呼んだことによるとも思われる。
江戸の文人斎藤鶴磯の『武蔵野話』の一部には次のような文が見える。
「我野より大宮への往還に小丸峠といひ、又足が窪といふあり。嶺の東を小丸村といひ、嶺の西を足が窪といへり。」
また『大日本地名辞書』には、次のように記されている。
「正丸峠、又小丸に作り、小丸坂とも云う、秩父山中東方の分水嶺にあたり、入間川、飯能より大宮郷に入る通路之に係る。
即吾野村と芦久保村との間に横たはり、吾野川之に発す。
飯能五里、大宮郷四里、古名秩父峠と云へり。」




正丸山の由来を知るには、すぐ近くの正丸峠の由来を調べなければならない。
正丸峠は、古くは小丸峠と書かれ、この小丸というのはすぐ西の766.4m・三等三角点峰のことであり、芦ヶ久保駅の北にある丸山960mのことを大丸山と呼んでいて、その対の山として小丸山と呼ばれるようになった。
小丸山の近くの峠を小丸峠と呼ぶようになり、のちに正の字をあてられ、現在の正丸峠になった。
昭和12年に車道が開通すると、新正丸峠ができ、そちらを正丸峠と呼ぶようになり、古くからの峠を旧正丸峠と呼ぶようになった。
新正丸峠に近い780m圏峰に正丸山の山名標が作られたが、由来を調べればこれは明らかな間違いとわかる。

s8830155.jpg
2015年5月11日(月) 正丸山山頂

s8830156.jpg
2015年5月11日(月) 正丸山(川越山)山名標

s8830159.jpg
2015年5月11日(月) 正丸山指導標

s8830158.jpg
2015年5月11日(月) 正丸山三角点

s8850153.jpg
2015年5月14日(木) 正丸山山頂

s8850154.jpg
2015年5月14日(木) 正丸山山頂

釜戸鉱山発見! 2019.4.20(土)

2019年4月20日(土)
東吾野駅~屋船山南西尾根~飯能アルプス~釜戸鉱山~勝小舟~東吾野駅

前回の踏査で、採掘跡を発見したので、岩峰周辺を詳しく調査することにした。
東吾野駅を出て、長尾坂川沿いに進んで、「へびいるよ」看板を見て、次の指導標で左折する。
すぐ右に作業道が上がっているのに気が付いたので、これに入ってみる。

s9960005.jpg
作業林道入口

右下に涸れ沢を見ながら登ると、しばらくで右に折れる。
枝尾根手前で二手に分かれ左へ折り返す。
ちなみに直進はすぐに終点でその先から細道が枝尾根へ続いていた。
先ほどの枯れ沢を渡ってしばらくで、終点となり細い杣徑になる。

s9960007.jpg
作業林道終点

赤プラ杭で尾根を乗り越えるとその先で杣徑が消えたので、赤プラ杭から尾根上を登って行く。
判然としない踏み跡を辿りながら右や左に登って行く。
直登はきついので、歩きやすいところを探しながら登る感じだ。
右に鞍部が見えてくると傾斜が緩くなって、露岩のある歩きやすい尾根になる。

s9960010.jpg
枝尾根を行く

屋船山の一つ手前のピーク、260m圏峰に出て、呼吸を整えたら、右の飯能アルプスを目指して下る。
次のピークで尾根を見下ろすとかなり急なので、次の鞍部で巻道を探すと細い杣徑があった。
この尾根は、先ほどの最初の分岐へ行けそうだ。
さて、飯能アルプスと屋船山を結ぶこの尾根は、紫実線とはいえかなり歩きやすい。

急登で飯能アルプスに出ると、屋船山⇒とテープに書いてある。

新所沢線58号を過ぎて、コブを二つ越える。
次の300m圏峰が不動山入口だが、その手前の鞍部から適当に下って、前回見つけたトラバース道を探してみようと思う。

しばらく下ると、明瞭な作業道があり、これが前回みつけた道のようだ。

西隣の尾根への踏み跡は薄かったが、岩峰が見られたのは収穫。
次に戻って下ってみると、涸れ沢出合に出て、そこから下が沢沿いのようなので戻って、左へ折れる。
大岩を上に見て、その下を進むとトラバース道になって、不動山の尾根に出た。

s9960015.jpg
明瞭な作業道

s9960016.jpg
西隣の尾根から岩峰を見る

s9960020.jpg
大岩の下を行く

岩峰を踏むが、大木の通過で滑落の危険があるので慎重に進む。
鞍部へ戻って、東側を下るとすぐに採掘跡の穴が見えて来たがこれは浅い。

s9960024.jpg
採掘跡

灌木につかまりながら急下降すると、一番大きな採掘跡が見えてきて、これが釜戸鉱山だ。
近づいてみると、大人がしゃがんでやっと入れる程度の穴だが、かなり奥まで掘られていて、どこまで続いているかは確認できなかった。
周囲には獣の糞が多いし、木の枝が入っていたので、獣が寝床にしているのかもしれない。
この釜戸鉱山は1941年~1945年の第二次世界大戦中に採掘され、マンガンなどが産出されていたようだ。

s9960026.jpg
一番大きな採掘跡

s9960027.jpg
捨石(ぼた)

s9960029.jpg
採掘跡(遠景)

前回のものと合わせて、採掘跡は全部で3箇所ということになる。
北側へトラバースして尾根に戻ったら、今度は西側を調査する。
急な斜面で、大岩まで行くのが大変。
そのせいか、採掘跡はまったくなかった。
青紐がいくつか落ちているところを下るが、踏み跡は不明瞭。
涸れ沢の出合まで下ると左から先ほどの作業道が合流。
作業道は左岸に付けられているが、所々崩壊しているので、沢筋を行く。

s9960030.jpg
西側の岩壁

s9960031.jpg
涸れ沢出合

s9960032.jpg
崩壊気味の作業道

水がチョロチョロ流れ出るようになると、崩れた造林小屋の向こうに林道終点が見えて来て、沢を渡ってそちらへ行く。
しばらく下ると、右へ作業林道が分かれるのでそれに入る。
不動山の尾根を越えると、再び尾根に接近して下り出す。
沢沿いの作業林道出て、右へ行くと沢を渡って、ジメジメしたヌタ場を過ぎて右に折れて急登すると、作業林道終点になり、そこから細い踏み跡が上に延びているので行ってみると、釜戸山への尾根に乗った。

s9960033.jpg
造林小屋跡と林道終点

戻って、沢沿いに下ると、釜戸谷林道終点になり、右に小滝を見る。
左の1号線から2号線の終点まで往復しておく。
戻って、東吾野駅の方へ進むとシャガの斜面となり、まだ咲き始めなので来週も楽しめそう。

s9960047.jpg
シャガが咲き始め

屋船山への作業林道に入って、赤テープから下ってみるが、中間まで来るとやっぱり不明瞭になる。
右寄りに進むと赤テープを見つけることができて、墓地への階段の脇で林道に出た。
西武線沿いに進んで踏切を渡ると、この辺は勝小舟と呼ばれている。
他に類がない地名で、『飯能市史資料編Ⅺ』では「カッコウの来る船底形の地」としている。

s9960048.jpg
東屋から深沢山東峰を見る

天神橋を渡って、国道沿いに進み、ぼんやり高麗川を眺めながら歩いていると、橋脚の跡を見つけ、これは智房橋の跡である。
信号で左折するとガード下をくぐって、朝の道に合流し、線路沿いに進んで、踏切を渡る。
この辺りは桜が多くて、雰囲気のいいところ。
ソメイヨシノは葉桜だが、枝垂れ桜は満開だった。

s9960063.jpg
駅前の枝垂れ桜

秋津の松乃屋でたっぷりささみ定食を食べる。
食券を買うと、調理が始まるシステムで、液晶画面に自分の番号が出てから取りに行けば良いのだが、システムがわからず、食券出すと、そのように説明を受けて恥ずかしくなる。
ささみのカツをタルタルソースで食べると、とてもうまかった。
しかもご飯とみそ汁はおかわり自由!

s9960066.jpg
松乃屋 とりささみ定食 680円

川越山(かわごえやま)

標高780m圏峰。 伊豆ヶ岳、正丸峠の北にある山。飯能市・横瀬町。
別名:カンゼ山

山頂に正丸山の山名標が立っているが、川越山が正しい。
旧正丸峠の近くの山が正丸山でなければならない。
なぜこのような間違いが生まれたと言えば、昭和12年(1936年)に開通した国道のためである。
この時に、新正丸峠が生まれ、この新峠を基準に近くの780m圏峰に正丸山の標識が建てられてしまった。
風越(カゼコエ)のコエが略されてカゼ山になり訛ってカンゼ山になり川越山の字をあてられたのだろうか。
頼みの綱の『飯能市史資料編Ⅺ』にも載っていないので、横瀬側の呼び名と思われるが由来不詳。

s8830161.jpg
2015年5月11日(月)川越山山頂

s8830162.jpg
2015年5月11日(月)川越山(正丸山)山名標

小高山(こだかやま)

標高700m圏峰。 伊豆ヶ岳の北、正丸峠の南にある山。飯能市。

小(コ)は小さいという意味の接頭語、高(タカ・ダカ)は高い所という意味。
大きな山(伊豆ヶ岳)に対して小さい高山ということだろう。
大高山の対の意味もあるだろうか。
昭和初期まで茶屋があり、今もその残骸が残る。

s8810153.jpg
2015年5月8日(金)小高山山頂

s8810154.jpg
2015年5月8日(金)小高山山名標

s8810155.jpg
2015年5月8日(金)小高山山名標

s8810156.jpg
2015年5月8日(金)小高山ベンチ

s8810157.jpg
2015年5月8日(金)小高山から見える山(山名不明)

s8810158.jpg
2015年5月8日(金)茶屋跡

s8810159.jpg
2015年5月8日(金)茶屋跡

大蔵山(おおくらやま)

標高720m圏峰。 大蔵山、伊豆ヶ岳の北、小高山の南にある山。飯能市。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P164』

堺沢の西方、岡房の北から西にかけて大蔵地名が分布している。
大蔵山の尾根道には石灰岩の大岩が所々に見られる。
岩蔵(倉)あるいは岩座(いわくら)として信仰されたのであろう。
琴平社が祀られている。



蔵、倉、鞍などの字があてられているが、クラの意味は岩である。
付近にふたご岩、亀岩(長岩)があり、その下を流れる沢は大岩沢と岩に関する地名は数多い。
麓の集落名だった大蔵山から、この山を大蔵山と呼ぶようになったか、その逆で長岩を大蔵としてその山を大蔵山、麓の集落をそのまま大蔵山と呼ぶようになったと考えられる。

s7950125.jpg
2014年10月25日(土)大蔵山山頂

s7950126.jpg
2014年10月25日(土)かめ岩

s7950127.jpg
2014年10月25日(土)かめ岩

s7950128.jpg
2014年10月25日(土)

s7950130.jpg
2014年10月25日(土)ふたご岩

s7950131.jpg
2014年10月25日(土)ふたご岩

s8930081.jpg
2015年5月27日(水)大蔵山山頂

s8930082.jpg
2015年5月27日(水)大蔵山山名標

東⇒あずま・ひがし

s9950005.jpg

この前、鎌倉峠(坂)付近を歩いて、鎌倉橋近くの東神社のそばを通った。
東峠(あずまとうげ)と東橋(あずまはし)があるからきっとあずま神社に違いないと思ったら、ひがし神社と読むらしい。

興徳寺の辺りは東(ひがし)組で、これが東神社に関係していると思われるが、少し距離が遠い。

東橋(あずまはし)を渡ると、秩父街道を挟んで南と北ヶ谷戸になるので、そこから東橋を風流に読んであずま橋となったのだろうか。

飯能お花見山行  2019.4.5(金)

2019年4月5日(金)
武蔵横手駅~大倉谷右岸尾根~久須美坂~永田山~多峯主山~飯能中央公園~飯能駅

今回もナナメさんと奥武蔵踏査。
大倉谷右岸尾根を調べて、丘の上公園でお花見して帰る予定。
武蔵横手駅で下車して、秩父方面へ国道を歩く。
東橋(あずまはし)を渡って、踏切を過ぎて左の道へ。

s9950003.jpg
大倉谷右岸尾根を見上げる(右)左は前回歩いた尾根

ふと見上げると、神社らしきものがあるのに気が付いて、木段を登ってみると、大きな御神木と祠があるが、神社の名前はわからない。

s9950007.jpg
神社の御神木

ゲートの辺り、左が大倉谷右岸尾根だが、柵で行けないし籔もすごい。
ゲートを開閉して民家の先へ進む。
大倉谷の倉とは岩のことだが、それほど大きな岩壁をまだ見ていない。

s9950009.jpg
ゲート開閉



左側の大倉谷を丹念に見ていると、道幅が広くなったところに、文字の見えない板があり、薄い踏み跡があるので行ってみる。
沢に降りるところは、道が斜めに下っていて歩きやすいが、他の場所は段差がきつくて降りられない。

渡ってすぐのところから強引に登ってしまったが、少し下流に良い踏み跡があった。
小尾根に出たら後は登るだけだが、下りだと沢に下る道を見つけにくいだろう。

s9950012.jpg
ここから入る

s9950014.jpg
沢の少し下流から取り付く

急な尾根を登って行くと、作業林道の終点にぶつかり、木にマーキングがある。
なるほど、ここから下にはあまり人が行かないわけか。
喘ぎつつ登って行くと、200m圏峰に着いて、東の八重沢谷からの尾根が合流し、こちらの方が歩きやすそうなので、後日踏査しないといけない。

ともかく、ここからは歩きやすい尾根歩き。
210圏峰を二つ越え、閉塞圏のない220m圏峰は小さなコブ。
作業林道を左下に見ながら左へ尾根が曲がって、236m峰に着きここは『飯能市史資料編Ⅺ P88』によると丸山となっている。

s9950020.jpg
歩きやすい尾根

左から尾根を合わせ、230m圏峰を過ぎると、尾根の左側を巻くようになって、飯能アルプス縦走路に出た。

左へ少し行くと旧久須美坂で、久須美山を越えて永田山へ。
山頂を素通りして直進し、途中で右へ曲がって丘の上公園に出る。

桜は3分咲きだが、それでも見事。
ベンチとテーブルに腰をおろして、ナナメさんのラーメンをいただく。
ビールを持って来くれば良かったな~。

s9950025.jpg
丘の上公園の桜

s9950028.jpg
お花見

1時間ほどのんびりして、桜並木の間を下り、ベンチのところで左の道へ入る。
こちらも桜の斜面で来週くらいが見頃。

s9950032.jpg
ベンチの桜

ジグザグ下って車道に出ると、西武飯能日高バス停。
右に曲がって住宅街の中を行くと、不動産屋があり、ここらの相場を見てみるとかなり安い。
コンビニがまだ営業しているのに安心して、坂道を登ると消防車が何台も通過して行き、何事かと近所の人も駆け寄って来る。

左のグラウンドにはきれいなトイレがあり、左、すぐ右に曲がって公園幹左1から左の山道に入る。
階段もある立派なハイキング道。
眺めの良いところからソーラーパネルを見下ろして、貯水タンクを右に見て、左右に分かれる道はどちらもこの先で合流するが、左を選ぶ。
赤テープをたどって下ると、右から先ほど分かれた道が合流。
少し下ると高麗駅から一般道に出て、指導標が立っている。
昔、ここにあった工事中通行止の看板は撤去され無くなっていた。
途中でコンビニに寄れるし、アップダウンも少ないし、飯能アルプスの迂回路としておすすめの道だ。

多峯主山へ直登すると、平日だっていうのに足の踏み場も無いほどの混雑ぶり。

少し下るとレスキュー隊がいて、先ほどの消防車はこれだったかとわかるが、誰か遭難したのだろうか?

s9950049.jpg
レスキュー隊

レスキュー隊は、トイレの右の通行禁止の道から帰って行った。
おそらく緊急用の道なのだろう。

常盤平へ下ると、こちらのベンチも人がいて、桜がきれい。
巻道を進んで南に向きを変えて下ると、斜面にはまたしても桜が。

180m付近で左へ下る踏み跡を見つけたので入ってみる。
しばらくトラバースすると尾根に乗って、のんびり休んでいる人の姿も見られる。
通行禁止が解除されたのだろうか?

ベンチとテーブルもあって、ここにも人がいる。
地元では知られたルートなのかもしれない。

s9950052.jpg


s9950053.jpg


s9950054.jpg
桜の咲く隠れルート

里山の原風景が残る場所を過ぎて下ると、小さな小川に出る。
護岸されていない、土の小川で蕨久保の名がある。
かつての日本の原風景がここにはまだ残っている。

木橋を渡って、左から麦久保沿いの道を合わせる。
湿地帯が広がっているので、この辺り、昔は田んぼだったのだろう。

民家が近づくと車道になり、小さな柵には、踏査時に通行禁止と書かれた看板があったのだが撤去されていたので、歩けるようになっていた。
バス通りに出ると、本郷57が良い目印。

飯能中央公園は桜が満開で、桜祭りをやっている。
タイムズで黒ゴマソフト250円を買って、飯能中央公園へ。

s9950062.jpg
黒ゴマソフト250円

園内は花見客で溢れ、出店もある。
ナナメさんとビールで乾杯して、花見客の中に混じった。

s9950064.jpg
飯能中央公園

1時間ほど花見をして、飯能駅へと向かった。

大嶽(おおだけ)

標高360m圏峰。高麗川右岸にある山。飯能市。

s9930025.jpg
2019年3月23日(土) 日和岳と天狗嶽の間から見る大嶽

『飯能市史 資料編 Ⅺ P98』

鎌倉坂の南にあたる山中。




飯能市史の解説は少なく、その場所を示しているだけなのが残念。
文字通り、大きな岩山の意味であり、嶽は岩山の山名語尾である。
山頂付近に岩場は見当たらないが、下部には岩場が多い。
恐らく岩場が多くて耕作地には不向きな土地という意味なのだろう。

この山に至るルートは不明瞭で上級者のみが到達できる秘峰である。

s9930053.jpg
2019年3月23日(土) 大嶽山頂

s9930052.jpg
2019年3月23日(土) 大嶽山名標

s9930050.jpg
2019年3月23日(土) 物見山の斜面は険しい

天狗嶽(てんぐだけ)

標高380m圏峰。高麗川右岸にある山。飯能市。

『飯能市史 資料編 Ⅺ P98』

大嶽の南、深い山中。地名は宮沢、天狗沢参照。
寛検、下々、切畑2畝少々。
坂の五右衛門、五郎右衛門の耕地。




天狗は修験者(山伏)を意味するもので、かつてはここで修業が行われていたのか、天狗が出そうな雰囲気だから名付けられたようだ。
下流に古滝という地名もあり、この辺り一帯が修行場だったことも考えられる。
かつては耕作地だったようだが、現在は山林で展望も無い。
嶽が旧字なのは、日和岳よりも以前に名付けられたということだろう。
当然、嶽も岩山に付けられる山名語尾であり、周囲には岩場が点在しているのが確認できた。

s9930030.jpg
2019年3月23日(土) 天狗嶽山頂

s9930031.jpg
2019年3月23日(土) 天狗嶽山名標

s9930029.jpg

s9930032.jpg

s9930033.jpg

s9930034.jpg

2019年3月23日(土) 天狗嶽の岩場

日和岳(ひわだけ)

標高310m圏峰。高麗川右岸にある山。飯能市。

s9930012.jpg
2019年3月23日(土) 鎌倉峠(坂)の上の平坂飛村林道からの日和岳

『飯能市史 資料編 Ⅺ P98』

古滝、細久保の南。山中。文字通り理解すれば日の和(やわら)かな岳だが、『郡村誌』が日和丘(ヒヨリガオカ)と読んだごとく日和は「ひより」とよまれ、天気予報が普及しなかった時代は、海岸の岡に船人が登って天気を予測するのが日和見で、そこを日和山といった。
日本にも海岸線には数十ヶ所も日和山があり研究所も出版されている。
ともあれここは海とは全く関係ないが、日和見にかんする山だったのかもしれない。
近く日高町にも日和田(ヒワダ)山があり、今後の課題となる。




日和見(ひよりみ)をした山や丘を日和山(ひよりやま)と呼んでいたが、出航の可否を見極めるための山で海の近くの山である。
この山からは当然海が見えないので、出航とは関係なく、天気を見極めるために登られた山なのだろう。
岳は岩山に付けられる山名語尾であり、日和岳付近は岩場が多く、日和山ではなく、日和岳と呼ばれたも納得できる。
元々は、ヒヨリガオカと呼ばれていたが、日和岳の漢字があてられ、ヒワダケと読まれるようになった。

ヒヨリガオカ⇒日和丘(ヒヨリガオカ)⇒日和岳(ヒワダケ)

日高市の日和田山とも関係がありそうで、どちらも近くに物見山があるのが共通している。

s9930022.jpg
2019年3月23日(土) 日和岳山頂

s9930023.jpg
2019年3月23日(土) 山名標

s9930020.jpg
2019年3月23日(土) 岩場の脇を歩く

日和岳、天狗嶽、大嶽 2019.3.23(土)

2019年3月23日(土)
吾野駅~鎌倉峠(坂)~日和岳~天狗嶽~大高山~大嶽~鎌倉橋~東吾野駅

今回もナナメさんと、奥武蔵踏査。
吾野駅で下車して、階段を降りて右折。
指導標のところで顔振峠に行かず、反対の右に曲がって白髭神社の前を通る。
西武線の下をくぐって坂道を登ると坂石桜があるがまだ蕾。
車の停まっている奥から、遊歩道が始まり左へ下って行くと、西武線が走って行くのどかな風景。
祠で右曲がって、民家の手前を左右とクランクで曲がる。

住宅の間を進むと石造りの指導標の立つ分岐となり、右の大高山方面へは行かずに、怪しげな植林の中へ続く踏み跡へ直進する。

怪しげな踏み跡と言っても、この道は畠山重忠も通ったと伝わる古えの峠道。

堰堤の上流から土石流災害のあった沢を渡るが、徒渉となり、前後は踏み跡が不明瞭。
対岸で踏み跡を見つけて高麗川沿いに進むと、鎖のあるトラバース道となる。

s9930004.jpg
明治43年(1910年)、土石流災害のあったむじな久保

s9930005.jpg
ハマイバの鎖で整備された道を行く

民家の前に出てしばらくで林道に出て下ると、南天神橋の手前で右に曲がる。

川沿いの道には、梅が満開で一番気持ちの良いところ。

s9930008.jpg
高麗川沿いの梅

植林の中に入り、墓地手前を右に曲がって赤テープに沿って進む。
横木のところで右折して、木段を登って行く。
切通しのところが鎌倉峠で、大きな看板がたっている。

s9930010.jpg
鎌倉峠(坂)

ここから右へ足場の悪いところを登り、二股を右へ。
左は尾根ルートだが急登なので、右のトラバース道が歩きやすい。

林道に出たら一休み。

s9930014.jpg
屋船山(左の山)


東吾野方面へ下ると、帰りに出てくる沢沿いの道が分かれ、火の用心の看板が立っている。

更に林道を進んで、左に古道が分かれるところから踏査開始。
取り付き点は、三ヶ所あるが東吾野寄りが取り付きやすかった。

s9930017.jpg
尾根取付点

急登を喘ぎながら登って行くと、別の尾根が合流して、こちらのほうがはっきりした踏み跡があったので後日踏査することにした。

なだらかな尾根を進み、岩がちになると日和(ひわ)岳山頂だが展望はない。

s9930019.jpg
急な尾根を登る

s9930022.jpg
日和(ひわ)岳山頂

しばらくなだらかな尾根が続くと、いきなり急登ととなる。
途中で右へ獣道が分かれるので行ってみたが、上に行かないので、見切りをつけて戻る。
それにしても、きつい。
登り切るといくらか緩やかになり、鞍部から岩がちな尾根を登ると天狗嶽山頂。
ここも展望はないが岩が点在し、南側には10mほどの岩壁があり、天狗嶽の名にふさわしい山頂だと思った。
天狗すなわち、修験者がここで修行していたような場所だ。
嶽が旧字なのは、日和岳よりも名付けられたのが古いということだろう。

s9930034.jpg
天狗嶽の岩壁

なだらかな尾根もわずかで終わり、見上げると首が痛くなるような急登になる。
踏み跡もはっきりしなくなり、登りやすいところを適当に登る感じ。

s9930036.jpg
倒木地帯

飯能アルプスが見えてくると、ようやく緩やかになって、黄色いペイントのところで飯能アルプスの登山道に合流した。
近くに手製道標があり、これが逆コース目印になるだろう。

木の根が張り出している急登をこなすと、祠がありここからはなだらかになって、大高山山頂に着く。

ラーメンをご馳走になっているとアラレが降ってきた。
こんな天気では、ハイカーの姿も少ない。

急下降して、平坦になった場所から右のトラバース道に入る。
道が細く崩壊気味なので注意が必要。
尾根道を歩くほうが良いだろう。

酒瓶が逆さまになっている場所で、尾根道に出て階段を登り返すと吾野テレビ中継放送局があり、北西の眺めが良い。

落ち葉の積もる尾根道を下ると、広々した場所に出てそこが狼煙台のあった平野砦跡。
一段高いところに物見山の山名標がある。

大嶽への道を探して下ってみるが、道は無いし、恐ろしく急だし、引き返した。
紫実線の尾根を下って、合流点辺りから南南西にトラバースするが踏み跡は無い。
大嶽に続く尾根に乗ると、歩きやすい尾根なので荷物をデポして、道を探すことにした。

尾根を登って、急になり登れなくなったら右の北に進む。
赤破線に出た場所は、物見山と紫実線分岐の中間辺り。
よーく見ないとこの入口は見つけられないだろう。

迷わないようにマーキングしながら下るが、登りとはルートがずれてしまい、かなり難しい。

350m圏の尾根からは歩きやすい。
小山のような山頂に着くとそこが大嶽て、ここにも山名標があったのにはさすがに度肝を抜かれた。
かなりの読図能力があるのだろう、脱帽である。

s9930051.jpg
大嶽への尾根

s9930053.jpg
大嶽山頂

尾根を下って、320m圏で尾根が分かれる。
緩やかな左を下ると、途中で作業道が横切る。
今思うと、あれを右へ行っていれば良かったなと思うが後の祭り。

s9930054.jpg
大岩の脇で坂谷に出る

尾根を下って行くと、踏み跡が無くなり、崖になったので左へ下る。
沢が見えたらそちらへ無理やり下る。
大岩の下辺りで徒渉して、作業道に出て左へわずかに下ると、林道に出た。
火の用心の看板のところに、洞穴があるのに気がついた。
林道を右へ進んで、古道に入る。
不動堂が見えると指導標で車道に出る。
西武線の下をくぐり、新しく架け変えられた鎌倉橋を渡り右折。

車がうるさい国道歩きだが、沿道には梅が咲いていて楽しい。

東吾野駅には、14:40に着いてまたも電車がすぐにやって来た!

s9930064.jpg
日高屋の野菜炒め定食  580円

永田山北尾根と不動山 2019.3.17(日)

2019年3月17日(日)
武蔵横手駅~山根林道~北尾根~永田山~久須美山~久須美坂~不動山~東吾野駅

今回もナナメさんと、次々版用奥武蔵踏査。
先週行った永田山北東尾根の西隣な北尾根を踏査します。

飯能でナナメさんと合流し、武蔵横手駅下車。
飯能方面へ進んで、川沿いの道へ。
喋っていたら遊歩道入口を見落とし、そのまま進んで、右折して諏訪橋を渡ります。
清流苑の横を通り、右に関口屋という、うまそうなうどん屋を見て、左折。
右折して踏切を渡ってすぐに、右の山根林道に入ります。

s9920004.jpg
踏切付近の梅

おしゃれなカフェを発見!
s9920009.jpg
CAFE HACHISU

調べたら、日月火は休みなので、行けるのは土曜日かな。

s9920011.jpg
ゲート

先週降りてきた山根谷川沿いの墓地を眺めてそのまま林道を進み、無名の沢を渡り尾根取り付き点を探します。
尾根を回り込んで薄い踏み跡を発見。

でもナナメさんがさらに先の日高市黄杭から良い道があると言います。
どちらも尾根手前で合流しますが手前の踏み跡は、急であまり良くないので、日高市黄杭から登るのが良いようです。

s9920014.jpg
日高市黄杭からの入口

斜面を緩く上がって行き尾根に乗ると、色褪せたテープが木に巻いてあります。
踏み跡は、更に続いておりますが、ここで右折して尾根上を進みます。

ちょうど良い傾斜の登りやすい尾根で、かなり快適に高度を稼げます。

小さなコブをいくつか過ぎて210m圏峰に出ると、釜戸山を目の前にしたまさかの眺望が広がります。
植林の多い奥武蔵では、かなり貴重。

s9920019.jpg
210m圏峰からの展望 右に釜戸山


西側が伐採地で日当たりが良いので、カヤトの藪を歩くようになるので、左の植林寄りの踏み跡を進みます。

210m圏峰は、展望もなく、気味の悪いジダ類がもさもさと生えています。
s9920028.jpg
もさもさの210m圏峰

次の230m圏峰は、西から北側の展望が素晴らしく、関八から高指山までしっかり見えます。

小さな山が多いので山座同程が難しく、時間がかかります。
西大峰が同程できたのは、収穫でした。

s9920038.jpg
展望の尾根を行く

s9920047.jpg
230m圏峰からの東ムカイ山と小瀬名富士

s9920046.jpg
230m圏峰から北側の眺め

230m圏峰を過ぎると、作業林道が横切り、周囲雑木が多くて雰囲気が良いところ。

s9920050.jpg
230mで作業林道と交差

南北に長い250m圏峰付近は、両側に林道を見て、右に尾根を分けて左を下るところは、やや不明瞭。
露岩を登ると250m圏峰。

s9920053.jpg
露岩

北東尾根が近づいたら、尾根を外れて右の踏み跡を緩く登って行きます。



北東尾根に合流して、ひと登りで横木を跨いで永田山山頂。
展望ベンチでラーメンをご馳走になり、体があったまったら、久須美坂へ。
ここからは、ハイカーたちとすれ違うようになります。

いくつかコブを越えて、祠のある久須美山。
s9920058.jpg
久須美山 山名標

ダンシング道標のある旧久須美坂を過ぎると、新久須美坂。

ここからは、歩きやすいなだらかな尾根になり、左にゴルフ場がちらほら見えてきます。

以前スカイツリーの見えたピークは、樹木が育っていて見えなくなっておりました。
ここでかなり暑くなってきたので、服を脱ぎます。

釜戸山入口の看板がある分岐を過ぎて下ると、鞍部に赤テープがありますが踏み跡不明瞭です。
釜戸谷林道に下れそう。

急なピークを越えて次のピークが不動山入口。
横木があり、テープには、けもの道と書いてあります。

s9920068.jpg
不動山入口 300m圏峰

横木を跨いで北に下ると、かなり急です。
明瞭な踏み跡を左に分けて下り、鞍部で露岩を越えますが、かなり黒っぽいので違和感を感じて、下を良く見ると、穴が開いているようです。

s9920070.jpg
明瞭なトラバース道

s9920072.jpg
鋭鋒、越上山

s9920073.jpg
マンガンが散らばる

s9920075.jpg
採掘跡

ナナメさんを呼び止めて、探索すると踏み跡が下っております。
黒い岩は、マンガンのようで、小規模な採掘場のようです。
釜戸の由来って、地形ではなく精練に使うカマドが由来なのかな?

露岩の登りになると、大木が道を塞ぎ、崖縁を木につかまりながら通過するところは、かなりスリリング。

s9920076.jpg
本日一番危険な場所

s9920077.jpg
岩峰からの展望

下りは、ザレていて滑り安いのでかなり注意が必要。
難易度が高く、紫破線の上級者向けルートです。

s9920078.jpg
滑りやすいザレ場

あとは、平凡な尾根下りとなり、右から作業林道を合わせると正面に220m圏峰が見え、御神木のような大木が一本だけ、突き出ているのが見えます。

s9920081.jpg
大木が突き出ている

先ほどの林道と交差して、緩やかに登ると220m圏峰の不動山。
山名標がぶら下がり、岩がいくつかあるだけの山頂。
不動尊は、見当たらないです。

s9920086.jpg
220m圏峰の不動山山頂

少し進むと、急下降するようになり、ずり落ちる感じで下り、踏み跡も不明瞭。
沢を渡って、橋の脇に出て右へわずかで1号線に出ます。

s9920088.jpg
沢を渡って橋へ

逆ルートは、取り付きがわかりにくそうです。
くぬぎの会の指導標に従い、東吾野へ。

東屋で休んで、満開の梅を横目に見て進みます。

s9920095.jpg
東屋からの深沢山西峰、水晶山、愛宕山

山道から再び車道になると、ヤマノススメサードシーズンで有名になった「へびいるよ」看板があります。
なんとも怪しげなところが面白いです。

s9920102.jpg
へびいるよ

踏切を渡って、東吾野駅に到着。
わずか1分後に電車が来てまたしてもグッドタイミング。

日高屋で290円の激安ビールで乾杯しましたー。

s9920105.jpg
ばくだん炒め定食680円
奥武蔵登山詳細図コースガイド

アクセスカウンター

山名索引

あいうえお順で山名を探せます!

検索フォーム

プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

メアド:climberkaz@gmail.com