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奥武蔵登山詳細図 分岐表記に関するお知らせ

奥武蔵登山詳細図を御使頂いてます皆様、いつもありがとうございます。
今回、奥武蔵登山詳細図の表記について、秩父警察署山岳救助隊さまからもご助言を頂き、緊急にお知らせしたい件がございまして、この場にてお知らせさせて頂きます。

奥武蔵登山詳細図の表記で、分岐箇所と分岐径を矢印を記入して表記し、×印のあるものは通過不能又は立入禁止径、特に×印の無いものは径が続いているものとして表記しておりましたが、特に×印の無いものの中にも、一例ですが、下記の部分のように送電線鉄塔までは巡視路がありますが、その先は径の無くなるものも等があります。

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このお知らせを見て頂いたかたは、出来れば今後は、×印の無い矢印に関しても、安全の為、出来るだけ其方に立ち入らないようお願い致します。

他のエリアの詳細図では、標高の低い里山を除き、分岐箇所と分岐径を矢印を記入して表記した部分には×印を記入していますが、奥武蔵図に関しては×印の無い矢印が標高の低い里山以外にも記載しており、本来、間違った分岐径として迷い込まないで欲しいとの念で記入した矢印が、逆に登山者を困惑させる事になっては本末転倒ですので、こちらにて、取り敢えずお知らせさせて頂きました。
次回印刷分より本図該当箇所にも、×印を入れるよう加筆致しますので、どうぞ宜しくお願い致します。

誠に恐縮でございます。
失礼致します。

登山詳細図世話人の日記より転載

登山詳細図 池田和峰
2016年12月29日
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尾崎山から都留文大

2016年1月28日(土)
東桂駅~古渡自治会館~尾崎山~930m圏峰~859m峰~二股~860m圏鞍部~楽山公園~都留文化大学前駅

今日は土曜日なので静かな山歩きを求めて、尾崎山へ行くことにしました~。
羽根子山と高川山のレポが未完成ですが、これらは後日まとめてやる予定です。
東桂を出て、国道に出るとすき家があったので、朝食をここで済ませます。
まぜのっけ朝食~。
ガストやローソンもあって、便利な国道沿いを進んで、古渡へ向かいます。

石造物が並ぶ榎塚は、石仏ファンにはたまらない場所。
一つ一つの石仏をじっくり観察してみたいものです。
それにしても、車の通りが意外と多いですね。

鹿留川に沿って進むと、椀貸し伝説のある「おなん淵」です。
お椀を無くしてしまった「おなん」が身を投げた場所ですが、ゴミが浮遊していて汚いのが残念です。
私が以前訪れた時は、解説板がありませんでした。

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おなん淵

そうそう、この入口は見覚えあるなあ。
と入って行くと、天満宮がありました。
少し違うような気もしますが、ここから入ります。
畑の先で踏み跡が無くなってしまい、途方に暮れてしまいました。
仕方がないので、ガンジカ沢の涸れ沢に沿って登ると、石垣があって昔は水流があったのだろうなと想像します。
踏み跡が無いので、北の方へ進むと、小尾根に出ましたが、踏み跡がわかりにくく、倒木もあったので、尾崎山への道には気づかず、そのままトラバースしてしまいます。
明瞭な尾根に乗りますが、踏み跡が無いのでどうも違うようです。

ままままま、まよった?( iдi ) ハウー

一度歩いたことがある道だからと油断していたのが間違いです。
下って行くと、果樹園に出て、三ツ峠山がなかなか良い眺め。
これは不幸中の幸いですね。

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天満宮

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優美な三ツ峠山

車道に出て、石造物が三つ並ぶ場所から入って進むと、民家で洗濯物を干している人がいたので聞いてみました。
尾崎山に行きたいのですが、この道ですか?

そしたらなんと、尾崎山は知らないし、ここを歩く登山者も見たことが無いと言います。
古渡自治会館の場所を聞くと、もっと南のようなので、引き返して車道を南へ進みます。

てくてく歩いて行くと、日向ぼっこをしている男性がいたので、古渡自治会館の場所を聞くと、火の見櫓の近くだと言います。
そういえば、火の見櫓あったなあ。
どうやら、行き過ぎていたようです。
この男性も尾崎山は知らないと言います。

これで入口が見つからなかったら、今日は諦めて帰ろう。
火の見櫓の先のちょっと奥まったところに自治会館がありました。
あ、これだ~!

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古渡自治会館

入って行くと、小さな神社があってこれは記憶にあり、この道で間違いないようです。
ふ~~~やれやれ…。
登って行くと。

あ、この場所は見覚えあるぞ。

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この場所は二度目

ここに気が付けば、ぐるぐる回る必要も無かったのになあ。
時計を見たら1時間もロスしておりました。
とにかく、登って行きますが踏み跡が薄くてわかりにくいです。
歩く人が少ないのでしょうか。
地元の人にも忘れられている山ですからね。

やっぱり、数年前の大雪で倒木が増えて、踏み跡が分かりにくくなっております。

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倒木でわかりにくい

登って行くと、踏み跡が明瞭になって来て、700mを越えると雪を踏むようになり、足跡があります。
急登をこなして行くと尾崎山山頂です。

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尾崎山山頂

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三ツ峠山と尾崎山

860m圏鞍部に来たら、前回間違えてしまった二股の再踏査です。
まずは、859m峰へ行き、南の二股を目指して急下降します。
途中で右から踏み跡が出て来て、大きくジグザグに下りますが、不明瞭な場所もあり、ピンクテープを頼りに下ります。
沢が近くなると、踏み跡を見つけて、正月に来た二股に下り立ちました。
あの時は沢沿いを行きましたが、ここから上に上がるのが正解なのですね。

それにしても、踏み跡が細いし、薄いしわかりにくいです。
基本的に大きくジグザグを切って上がります。
丸太で補強された場所もありますが、ほとんどが細い杣徑です。
明るい雑木林で、左に折れるとジグザグが無くなって、山腹をトラバースします。
細い道がかろうじて残っているような感じで、よそ見をしていると見失ってしまいそうです。
右に折れて登れば、860m圏鞍部ですが、振り返っても薄暗い植林の中で踏み跡がわかりにくく、下りに使うには不向きです。

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二股

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補強の杭

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松の大木

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山腹を行く杣徑

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最後に右に折れる地点

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860m圏鞍部から杣徑を振り返る

なんとか二股の再踏査を終えましたが、難しい道だったので、地図に載せるかどうかは悩みます。
都留文化大学へ向けて下りますが、こんなに急だったっけ?
何度かヒヤヒヤしながら下り、送電線鉄塔を過ぎると、伐採地に出て心がスッキリするような大展望が広がります。
ここの景色は、昔と変わりなく安心しました。

楽山公園を経て、下りますが標高が下がってもこの辺りは雪が深いです。
登山靴がだいぶ傷んでいるので、穴から水がはいって、グチョグチョ。
新しいの買おうかな~。

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都留文化大学分岐から眺める南大菩薩

都留市グルメマップにあるレストラン 鎌倉へ行き、チーズオムレツ 840円を注文。
けっこうすぐに料理が出て来てびっくりです。
本格的なオムレツを食べたことが無いので、初体験でした。
玉子がふわふわ、チーズがトローで、うまい。
14:30だと客は私一人だけで、ゆったり食事ができました。
こういうお店が好きです。
ハンバーグが評判の店らしいので、次回はハンバーグで行きたいですね。

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ハンドメイドレストラン 鎌倉

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チーズオムレツ 840円

ケツ山

2016年1月3日(火)
細野登山口~矢花峠~矢花山~小野~二股~930m圏峰~文台山~矢花峠~細野バス停

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コンビニからケツ山を見上げる

昔の山画像がCDやDVD、HDなどに入っていて、探すのがかなり面倒なので、3TBもある一つのハードディスクにすべて収めることにしました。
画像№が同じものがあるので、それを重ならないように変更したりするのでけっこう時間がかかり、年末年始はこの作業で潰れてしまいました。
作業がひと段落した頃、Mさんから連絡があって、一緒に山へ行くことに~。
交通が不便な場所へ車で行くとなると、限られて来ますが、文台山がいいかなと思い立ちます。
若宮神社辺りで駐車場を探しますが、ありません。
色々探して、御嶽神社の上の林道に3台ほど路駐できることがわかり、そこに停めることにします。
矢花峠を越えて一旦小野に下ってから文台山、細野に戻るという周回コースを設定しましたが、一旦小野に下るのがやっかいです。
道坂隧道へ行く道、県道24号線は国道20号線が渋滞していた時に迂回路として使ったことがあり、それ以来の使用です。
コンビニから文台山を見上げると、地元での呼び名のケツ山も納得の山容です。
甲斐国志によると、仏躰(ぶったい)山が文台(ぶんだい)山に転訛したとのことですが、どこが仏の体なのでしょう?
「人の顔に見えますね」とMさん。
なるほど、女性の目線では顔なんですね。
言われてみると、口を突き出してキスをしているような顔に見えます。
どちらにしても、ちょっとHな山なんですね。(笑)

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キス顔?

機械屋さんのところで右折して、細道を上がると、御嶽神社入口に文台山の指導標がありますが、林道入口を見失ってしまい、行き過ぎてしまいました。
これかな?と思って入ったら、民家で行き止まり。
更に探してかなり細い林道を入るのが当たりでした。
舗装路はすぐに終わって、ダートな道に変わり、文台山の指導標があるところの少し先の場所で方向転換して路駐します。

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登山口に車を停めて登る

植林の中を登って行くと、作業道がいくつか分かれますので、それらの情報も漏らさず記入。
近年、重機で作った作業道が多くなって来て、登山道がわかりにくくなってきており、ここも例外ではありません。
矢花峠に荷物を置いて、矢花山を往復しますが、入口には「この先行き止まり」の表示があります。
灌木の藪がありますが短い距離で急登となって、矢花山に着きます。

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矢花峠

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矢花山入口

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矢花山山頂

矢花峠に戻ったら、小野方面へ下ります。
ここまで登ったのにもったいないなあと思いますが、こうしなければ効率良く踏査できないのです。
沢が近づくと、シノヤブが増えて来て、堰堤の上に出ます。
でもシノヤブがすごくて堰堤からの道がわかりません。
少し戻って、植林へ上がって下りますと、左後方から明瞭な道が来ていて、これをたどると先ほどの堰堤に出ましたが、シノヤブだし、踏み跡も薄いので、分かりにくいです。

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シノヤブ

もうすぐ畑に出るところで、水の流れが聞こえて来て、柵にぶつかりました。
扉というわけではありませんが、柵を持ち上げて開閉すれば通れるようになっております。
最初は、開閉の仕方がわからず戸惑ってしまいました。

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扉(柵)開閉

滝子山を眺めつつ、のどかな畑を進むと物置の脇から車道に出ましたが、逆コースだとわかりにくいです。
若宮神社方面へ進み、パイプから流れ出る水を見て、林道を上がります。
この林道は路駐できるところがいくつかあります。
右に折れた木橋を見て、入口を見落としてしまい、沢沿いの道を行くのが正解なようですが、ここもわかりにくいです。

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滝子山~南大菩薩

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物置の脇に出る

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右が入口

入ってしばらくで、黄色い貯水槽が出て来るので、これが良い目印になります。
何度か沢を渡り返しながら進むと、二股になり、分収造林地の看板があり、そこから先に踏み跡がありません。
無理やり右岸へ渡ると、潰れた小屋を見て更に奥へと進みます。
本当は、看板から上へ登るのが正解だったようですが、勉強不足でそのまま沢を進んでしまいました。

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貯水槽

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荒れた沢を行く。

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小滝

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二股

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二股の小屋跡

小屋跡で道が消えて、沢を歩くようになりました。
滑滝があったりして、なかなか楽しいので、道を間違えていることにも気づかずどんどん進みます。(笑)
だんだん急になって来て、どうも違うんじゃないか?
と疑いだすMさん。
でもここまで来たら引き返すのも面倒なので、そのまま登ることに~。
いやいやこれも失敗でした。
引き返せば良かったですよ。
破線路をたどって来たつもりなんですけど、ヤバイ状態になりました。
とにかく足下はずぶずぶで崩れやすいし、ものすごい急登です。
二股から奥へは絶対に入らない方が良いです。
今後の戒めのために画像を載せておきます。

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最奥の二股(右へ)

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ヤバイ急坂を登る

一応破線路の通りに登って来たつもりですが、道が無かったので、破線路が間違っているようです。
930m圏峰へ登って、左折して下り、895m峰北鞍部でお昼。
小野への踏み跡を分けてから、つらい急登の始まりです。
以前下った時は、急下降でしたがそれほど危険を感じませんでしたが、登ってみると危険な場所がいくつかあります。
岩場の後、左へトラバースしますが、そのまま進むと道が無くなり、ここが一番わかりにくくて危険でした。
右へ登り返しますが、踏み跡が薄くて半信半疑です。
ほんとに合ってるのかな~?
針金があったので、どうやら登山道だったようですが、それにしても難しい道です。
文台山に着いた時はヘロヘロ~。
いや~今回はきつかったなあ。
矢花峠へ戻って、登山口でMさんと別れて、そのまま御嶽神社へ下ります。
車道を歩いていると、Mさんの車が追い越して行き、細野で待っているように指示します。
細野バス停から登山口までの登りがカットできたのはかなり良かったです。
昨年11月にオープンした道の駅つるへ行ってみますが、やはり休業中。
大月インターのブックオフを探しますが、閉店したようで、ガストに入ります。
正月なので、奮発してサーロインステーキを食べました~。

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斜度がきつ~い

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岩場の脇を通る

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ようやく着いた文台山山頂

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「道の駅つる」からの九鬼山

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サーロインステーキ

穂高書房へ 2016.12.29

どうも、長い間、更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。
まずは年末のできごとからお話ししようかと思います。

2016年12月29日は、会社も仕事おさめで早く終わってしまい、夜勤明けの6時に帰宅となってしまいました。
友達と打ち上げの約束があり、その後、穂高さんへ行こうかな~と。
山じゃないですよ、古書店の方ですよ。念のため。(笑)

今回は、朋文堂のマウンテンガイドブックシリーズを買いに~!
昔のガイドブックは内容がマニアックで、濃い~んですよ。
研究者が手に取るような本と言えばわかりやすいでしょうか。
今となっては、知りえない情報の宝庫なのであります。
本棚を整理したら、いくつかダブリがあることに気が付きました。
ネット通販で買ったり、穂高さんで買ったりしたやつがダブってしまったようです。
好きな山域の本があると、興奮して我を忘れて買ってしまうんですよね。
救いなのは、発行年が違うということで、内容も若干違っているところですかね。
まあ、違いはほんとに若干なんですが…。
ダブリ防止のために、今回は写真を撮って行き、向こうで照らし合わせしようかと思います。
いちいちメモるのも面倒なんで…。

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南アルプスが三冊もあるのは、間違えて買ってしまいました。(*^▽^*)ゞ

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立山、上高地も二冊ずつあります。やばいやばい…。

9時に友達と待ち合わせ、パン屋さんへ。
ここのパン屋さんいつも呼び込みしてんだよね。
行ってみたいなと思いつつ、機会が無かったけど、今日行けました。
雰囲気の良いパン屋さんでしたよ~。

その後、モスバーガー行って、ドトール行ってくっちゃべりまくりました。

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更に場所を変えて、デパートでショッピング~。

ハンカチの好みをしつこく聞いてくるな~???
と思ったらプレゼントされてしまいましたよ。
ありがとう。
この手は自分がプレゼントする時も使えるかも…。

雰囲気の良い喫茶店で、またもやくっちゃべり、13時過ぎにお別れして、阿佐ヶ谷へ。

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『北アルプスの史的研究 中島正文 著 桂書房』定価9500円 価格5000円 昭和61年7月15日発行

まず目を引いたのが、函の絵図ですね。
なんだこりゃと思って、手にとって読んでみたら、鷲羽岳が二つあったとか、五六岳がどうのとおもしろいことが書いてあり、買うことにしました。
値段を見るとちょっと高い…。
「ちょっと高いな~」と文句を言うと、ちょっと待ってね~。とおっちゃん。
函に絵図が書いていないバージョンが出て来て、こちらの方が安いですよ。
絵図は、別冊付録でちゃんとありますので、函の絵図はいらないなあと思い、安い方にしました。
函は無地ですが、中にちゃんと絵図が入っているのでバッチリです。
白馬岳とか昔は山名が曖昧だったらしいから、それを調べるのにも良いかと思います。
奥武蔵にも五六峠というのがあるので、やっぱり気になってしまいますよね。
五六岳は爺ヶ岳のことらしいですよ。
佐々成政の峠越えについても書かれおります。

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『丹沢記 吉田喜久治 著 岳(ヌプリ)書房』定価2600円 価格2000円 1983年5月15日発行

目次を見たらいきなり、タナ・ザレ・ボサと興味をそそる文字があったので買うことにしました。
普通の紀行文じゃ、タナ・ザレ・ボサからは始まりませんよ~。

エビラ沢の由来とか、今まで気になっていたけど、解明できずにいた地名の由来がズラリと解説されております。
地名に興味がある方は購入して損はないかと思われます。
棚ノ入山とか、道志方面もちょこっと載っているのが嬉しいです。
植物系の地名が多いという指摘はなかなか鋭いなと感心してしまい、その他アイヌ語も引いているところが共感してしまいます。
大タギレが大タッキリとなっているのも興味深いです。

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丹沢記 目次(一部)

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『登山案内 鉄道省編集 博文館』定価2600円 価格500円 昭和12年4月5日発行

伝説の山岳名著、『日本山岳案内』シリーズが出る前の日本各地の名山について書いてある本です。
やけに安いなあと思ったら、仙ノ倉山の一部が破けておりました。( iдi ) ハウー
『日本山岳案内』ほどの緻密さはありませんが、鉄道省の本ということで買ってしまいました。

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『山と集落 舞田一夫 著 集団形星』定価800円 価格3800円 昭和44年7月15日発行

おっちゃんが、タイトルが良くないから売れないんだよなあ。とぼやいておりましたが、まさにその通りで、タイトルはつまらなさそうですが、中身はなかなかおもしろいですよ。
例えば、奥武蔵武甲山の南にあるシラジクボの由来ですが、シラジとは擂鉢のことで、橋立川上流の地形のことで、鞍部の名ではないとのこと。
シラジクボについては、今までまったく解明できなかったのですが、この本のおかげで喉につっかえていた小骨がとれたような気分です。
今、ネットで調べたら、3240円と2000円の二冊だけありました。

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山と集落 目次

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『磐梯・吾妻・安達太良山 マウンテンガイドブックシリーズ 12 朋文堂』定価150円 価格1000円 昭和30年7月20日三版発行

マウンテンガイドブックシリーズを買うのが目的だったのですが、持っていなかったのはこの本だけでしたね~。
なかなか全冊そろえるのは難しいなあ。

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『1951 夏山とハイキングガイド 山本偦 編集 東京登山とスキー普及会』定価35円 価格1000円 昭和23年7月1日発行

戦後の物資不足の中、なんとか発行したというガイドブックで、紙質は劣悪でボロボロで、見ていると破けそうで、怖くて見れません。
ページ数が限られているためか、ちょっとした山の紹介程度で、お世辞にも参考にできるとは言えない代物です。
資料的価値も無い本ですが、私以外に誰も買わないだろうと思い、買ってあげる?ことにしました。

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1951 夏山とハイキングガイド 目次

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『山小屋造った…ネコも来た! 西丸震哉 著 文藝春秋』定価340円 価格300円 1985年1月25日発行

どこに山小屋を作ったのか、どうも鹿島槍が見える山麓らしい。
人を食ったような文体がなかなか面白いのです。
会社の同僚が「山好きなら西丸震哉さんの本を読みなよ」と言って渡されたのが、次に紹介する『さらば文明人』でこれがなかなか面白い。
それで、この人の本を他にも読みたいなと思って探してみたら、この一冊が置いてあったので購入しました。

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『さらば文明人 西丸震哉 著 角川書店』定価340円 価格無料 昭和57年12月30日発行

会社で仲良くなった同僚に「山好きなら西丸震哉さんの本を読みなよ」と言われて手渡されたのがこの本で、何度も読み返したらしくかなりボロボロで手垢にまみれた本。
著者もこれだけ汚れるほど読まれれば本望ではないかと思う。
山歩きの本当の楽しさについて書かれており、ニューギニアを探検した時の紀行文。
日本兵の鉄カブトや墜落した軍用機の残骸を見つけたりしている。
山歩きとは、本来自分で調べながら冒険するのが楽しいということを思い知らされます。
ちょっとトゲのある文体が、時々脇腹をえぐって行きます。(笑)

五輪山(ごりんやま)

標高770m。 花桐川源頭、伊豆ヶ岳の北にある山。飯能市。

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2001年5月26日(土)鎖場からの五輪山

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2001年5月26日(土)五輪山山頂

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2001年5月26日(土)五輪山山名標

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2015年5月2日(土)五輪山山頂

北東の旧南川村 実谷(ジッコク)、南東の伊豆ヶ嶽、東の旧名栗村 新田の小字境界が交わる山頂。
五輪とは仏教で言う地水火風空の五大を表し、密教系の信仰による山名で、伊豆ヶ岳に祀ってあったという、虚空蔵菩薩と関係していると思われる。

『ものがたり奥武蔵 P17』略図にオハヤシとあり、御林が五輪に当て字された可能性も高い。

伊豆ヶ岳(いずがたけ)

標高850.9m・三等三角点 点名:伊豆岳。 湯ノ沢川左岸、小高山の南にある山。飯能市。
別名:虚空蔵山・虚空蔵岳

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2015年4月23日(木)子ノ権現展望台からの古御岳と伊豆ヶ岳

伊豆ヶ嶽 イズガタケ

丸山の西、標高851.4m。
静岡県伊豆山の伊豆権現と関係する地名であろうか。
伊豆山が見えるので伊豆ヶ嶽というとも聞くが、いささかむり。
山頂へんに愛宕、虚空蔵、山神などの小祠ほか、諸々の神仏が集まって、ここが神聖な山であることがわかる。
『郡村誌』は「頂上に虚空蔵を安置」とのせるが、『風土記稿』は高麗川の水源の一つとして「村の西南小名穴切入伊豆ヶ嶽の辺より流れ出、」とあげるが、社寺の存在に触れていない。
伊豆ヶ嶽はさきの畑井に伊豆大権現が祀られるし、静岡県の伊豆山と何らかの関係はあると思われるのだが積極的な裏付けはない。
そこで『風土記稿』の水源地としてのイズをも考えねばなるまい。
元来静岡の伊豆にしても出湯(イズユ)から生れたという。
ここの伊豆ヶ嶽も井出(イイズ)ということをいったのではなかろうか。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P166』

北東の旧南川村 伊豆ヶ嶽、南東の藤ノ入、南西の旧名栗村 釜ノ入、北西の新田の小字境界が交わる山頂。

伊豆ヶ岳の由来には、いくつかの説がある。

①アイヌ語説
突峰状の山容をアイヌ語でイズというと山頂の解説板にあると書いてあるが、辞典を見てもイズは載っていない。
似た語だと、イト=岬とあり、岬も海に突き出た地形で、意味は似ている。
イトは、エツ、イツ、イトに変化し、そのうちのイツが濁ってイヅになったようだ。
因みに、伊豆と江戸もアイヌ語では岬を意味している。
日本語の出(いず)もこれが語源と思われる。

②伊豆ヶ岳説
山頂に登ると伊豆まで見えたと山頂の解説板にあると書いてあるが、残念ながら伊豆は、見えないようである。
これは伊豆ヶ岳の山名から出た後付け説であろう。

③柚ヶ岳説
ユズの木が多くあったからと山頂の解説板にあると書いてあるが、植物が由来の地名は数が少なく、これも伊豆ヶ岳の山名から出た後付け説であろう。

④湯津ヶ岳説
麓の湯ノ沢で温泉が湧き出ており、その前の山だからと山頂の解説板にあると書いてある。
『ものがたり奥武蔵 P14』によると、湯ノ元という小池から昔は温泉が湧いていたという。
また同書P149には、湯ノ沢部落の奥に湯ノ元があると書いてあり、いつか訪れてみたい。

①のアイヌ語説が一番無理の無い説で、突き出た地形がイツと呼ばれ、起源は縄文時代まで遡ることができる。
それに伊豆の字が当てられて伊豆ヶ岳と呼ばれるようになった。
また東方の岩場では修験者の修行が行われ、信仰の山にもなり、虚空蔵山の別名も生まれたと思われる。
『日本山岳伝承の謎 P167』には、虚空蔵と金属伝承の関係について書かれており、虚空蔵は鉱物神で周辺には、久通、鍛冶屋平、天目指峠、花桐と金属に関係する地名が多い。



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1990年6月21日(木)伊豆ヶ岳山頂

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1998年11月21日(土)伊豆ヶ岳山頂

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1998年11月21日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2001年5月26日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2001年5月26日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2015年4月26日(日)伊豆ヶ岳山頂

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2015年4月26日(日)伊豆ヶ岳山名標

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2015年5月2日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2015年5月2日(土)伊豆ヶ岳山名標

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2015年5月2日(土)伊豆ヶ岳由来解説板

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2015年5月8日(金)伊豆ヶ岳山頂

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2015年5月8日(金)伊豆ヶ岳のヤマツツジ

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳山頂

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳山名標

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳三角点

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳大黒天???

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2015年11月21日(土)伊豆ヶ岳山名標

古御岳(こみたけ)

標高820m。 湯ノ沢川左岸、伊豆ヶ岳の南にある山。飯能市。
別名:小御岳・古伊豆

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2015年4月23日(木)子ノ権現展望台からの古御岳と伊豆ヶ岳

黄柏橋 キワダバシ ワウバクキャウ

藤ノ入の南、中腹の平口川をはさんで数戸がある。
サルイワ、ヒジリと呼ぶ場所があり、西北の山を古伊豆という。
伊豆ヶ嶽は尾根伝いに300mほどになる。

黄柏橋にはキワダの木があって明治の頃まで染料に使ったという。
キワダの地名は白子685大倉谷キワダ久保などがあった。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P168』

北東の旧南川村 藤ノ入、南東の黄柏橋、西の旧名栗村 釜ノ入の境界が交わる山頂。
『ものがたり奥武蔵 P16』によると、伊豆ヶ岳を主峰として、その前山なので小御岳としていて、地元では伊豆ヶ岳と古御岳の二山を合わせて、大山と呼んでいるという。
よって、古御岳の「古」は、本来は「小」が正しいようだ。
『飯能市史 資料編 Ⅺ』によれば、古伊豆と呼ばれているとあるが、これも元々は小伊豆だったのであろう。
ミは美称で、タケは、元々「峯」と書き、山名語尾の古い言葉でかつては日本全土の山が~岳だったらしく、ユーラシア大陸全域に広がっている言葉である。
御岳信仰も、かなり古い信仰のようだ。
南北アルプスに~岳が多くあるので、岩山の山名語尾として考えられている。

子ノ権現展望台から見ると、丸みを帯びた山容の伊豆ヶ岳とは対照的に、先の尖った尖峰であるので、どちらから登っても急登を強いられる。

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1990年6月21日(木)古御岳山頂

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1998年11月21日(土)古御岳山頂

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2001年5月26日(土)古御岳山頂

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2015年4月28日(火)古御岳山頂

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2015年4月28日(火)古御岳山頂

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2015年4月28日(火)古御岳東屋

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2015年4月28日(火)古御岳山名標

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2015年4月28日(火)古御岳山名標

高畑山(たかばたけやま)

標高695m。 名栗川左岸、伊豆ヶ岳の南南東にある山。飯能市。
別名:楢生ノ高畑山

楢生 ナロウ

黄柏橋の南の山。
その名が示すように楢の木が多いが、近隣の山々と同様今は杉の植林で覆われている。
かつては楢をはじめとした雑木で占められていた。
麓の大山祗社の下に登り口があり深林を切り登ると眺望の良い平(ヒラ)に出る。
いまは一軒を残すのみだが、以前は4軒あったという。
楢生屋号のこの家は300年も前の建築で、柱は蛤刃の手斧で削られている。
南の空は明るく秩父境の尾根ははるかでその麓は東の方からイモグナ、ショウブガヤツ、ホソクボ、ホトケクボ、古屋敷、クルミノ木入、などと呼ばれ、その間に高畑山(正しくは中ノ沢ノ頭)622.7mがある。
昔はいずれも耕されていた。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P168』

北の旧南川村 黄柏橋、東の楢生、南の旧名栗村 柏木入の小字境界が交わる山頂。
高畑は、普通タカハタと読まれるが、この山はタカバタケと呼ばれている。
高指なら焼畑だが、高畑の場合は、普通の畑(焼畑ではない畑)が広がっていた場所をいう。
南東にある中ノ沢ノ頭の別名のイモグナノ頭のクナは焼畑であったが、ここは焼畑ではなかったということになる。
旧版地形図を見ると622.7m三角点峰に高畑山の名があり、それは間違いで、最新の地形図では訂正されている。

別名の楢生ノ高畑山の楢生とは、『飯能市史 資料編 Ⅺ』によると東方一帯の小字で、楢の木が生えていたことによるらしい。
楢生林道の奥には、民家があったそうなのでいつか訪れてみたい。
山頂の山名標には、ナローノ高畑山となっており、楢生が難読なので、カタカナ書きにしたものと思われる。
小字を冠して山名を呼ぶ時は近くに同じ高畑山があるので区別をするためだろうが、近くには見当たらない。
思いつくのは鳥沢の高畑山だが、距離が遠いので区別する必要はないように思われ、なぜ楢生を冠したのかが不思議である。

山頂は植林で展望が無く、ベンチが置いてあるだけである。

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1990年6月21日(木)高畑山山頂

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1998年11月21日(土)高畑山山頂

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2001年5月26日(土)高畑山山頂

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2015年4月28日(火)高畑山山頂

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2015年4月28日(火)高畑山山名標

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2015年4月28日(火)楢生ノ高畑山山名標

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2015年5月1日(金)高畑山山頂

高岩山と大窪山

2016年12月23日(金)
初狩駅~高岩山~大幡峠~大窪山~近ヶ坂峠~向峠~初狩駅

『子どもといっしょに遊べる山』という本に紹介されている高岩山へ出かけることにしました~。
この本に紹介されている山は、子供と一緒に遊べないような山が多く、高岩山もその一つです。
初狩駅で1年ぶりにTさんと再会し、踏査開始。
線路を歩いて高岩四所神社へ行き、社殿の奥から取り付きます
左に眺めの良い擁壁二箇所に出るところがありますが、右寄りを選んで進むのがコツ。
平坦な尾根に出れば、明瞭な踏み跡が出てきます。
急登の後、平坦な尾根になれば、高岩山で松が生えております。
ここから、高岩のてっぺんへ出るルートが、かなり難しいです。
急下降なので慎重に下って、脆い岩を登ればてっぺんですが、怖くて上には立てません。
オーバーハングしていて、覗き込むとあまりの怖さに体が縮み上がります。
子供と一緒には遊べません!(笑)

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初狩駅付近の案内図、チカヂカザカトウゲになっていた。

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線路を歩ける珍しい場所

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最初の目的地、高岩

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地獄覗きは、ホントに怖い…

高宕山から下ると、富士山の見える岩場出て来てしばし鑑賞。
この付近、滑りやすくて注意が必要です。
進むにしたがって、薮が深くなり、北側の迂回路を進みますが、ほぼ同じ場所で私もTさんも滑ってしまいました。
雨上がりの後は要注意です。
尾根上の薮を我慢して進むのが得策のようです。

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高岩からの富士山

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上級者もびっくりのヤブ

一旦車道に出て、中初狩観測局の脇から斜面を斜上しますが、道が細く滑りやすいの注意しながら登ります。
薮もあるので、逆コースだと躊躇してしまいそうです。
主尾根に出ると、良い道が西へ延びていたので、行ってみると、茶色い物体に出くわし、びっくりくり~w(☆o◎)w
なぜ犬がこんなところにいるのでしょう?
ゴルフ場入口のところで県道に出ましたが、初狩駅へはちょっと遠回りです。

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左の道へ

道標の無い尾根ですが、10年前に歩いた時より歩きやすくなっていて、薮がありません。
大窪山山頂には、山名標がありますが、展望はほとんど無く、静かな山頂です。

近ヶ坂峠でパンを食べて、しばらく歓談してまったり~。
都留市側へ行くと、風も無くあたたかです。

鍵掛峠~金井分岐区間にマーキングが付けられていてびっくりくり~w(☆o◎)w
この道を愛する人がいるのですね~。

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のどかな尾根歩き

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大窪山山頂

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雰囲気の良い近ヶ坂峠

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四が四つ (°口°;) !!

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鍵掛峠~金井分岐区間にマーキングが…?

向峠から右へ峠道を下ると、林道になって蚕種石(こたねいし)なるものを見つけました。
しかし、道標の指す方向を見ても、普通の岩にしか見えません。
右岸にも岩があり、穴らしきものもあるので、行ってみると、Tさんが蛇に見えるといいます。
私は、蚕蛾の成虫に見えますが、道標の指す方向があやふやなので、真相はわかりません。

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蚕種石

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蚕種石???

明日は休日出勤になってしまいました~。
イブに仕事か~。( iдi ) ハウー

中ノ沢ノ頭(なかのさわのあたま)

標高622.7m・三等三角点 点名:南川。 名栗川左岸、伊豆ヶ岳の南東にある山。飯能市。
別名:イモグナノ頭

楢生 ナロウ

黄柏橋の南の山。
その名が示すように楢の木が多いが、近隣の山々と同様今は杉の植林で覆われている。
かつては楢をはじめとした雑木で占められていた。
麓の大山祗社の下に登り口があり深林を切り登ると眺望の良い平(ヒラ)に出る。
いまは一軒を残すのみだが、以前は4軒あったという。
楢生屋号のこの家は300年も前の建築で、柱は蛤刃の手斧で削られている。
南の空は明るく秩父境の尾根ははるかでその麓は東の方からイモグナ、ショウブガヤツ、ホソクボ、ホトケクボ、古屋敷、クルミノ木入、などと呼ばれ、その間に高畑山(正しくは中ノ沢ノ頭)622.7mがある。
昔はいずれも耕されていた。

中野沢 ナカノサワ

楢生の東。
中ノ沢なのであろう。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P168』

北の旧南川村 楢生、南の旧名栗村 柏木入の境界上にある山。
古い地形図では、高畑山となっているが、現在は直されていて、『飯能市史 資料編 Ⅺ』の「高畑山622.7m」も旧地形図に従ったものと思われる。

中野沢の源頭にあるので、中ノ沢ノ頭と呼ばれるようになった。
中野沢は、天目指谷と楢生ノ沢の中間という意味で、野は当て字。
問題は別名のイモグナノ頭の方である。
イモグナとはどういう意味だろう?
これがなかなか難しい。

イモは、「埋も」の転、小さい、山芋の自生地などの意味があり、クナは、連作の畑、焼畑の二年目など耕作地を意味する。
近くに高畑山の名があるとおり、この辺りはかつては耕作地で、小さな焼畑地があったのではないだろうか。

アイヌ語だと、イ(我)・モ(小さい)・クシ(越える)・ナイ(沢)になるが、いまいち意味が通らない気がするので、焼畑のクナの方がしっくりくるようだ。

伊豆ヶ岳から天目指峠方面へは何度か歩いていて、1990年6月21日(木)と1998年11月21日(土)に歩いているが、写真が無いので、どうやら巻道を使っていて登頂していないようである。
初登頂は、2001年5月26日(土)のことであり、その時、山名標が割れて落ちていた。
木彫りの板には、イモグナの頭と書いてあるが、現在この山名標は見当たらない。

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2001年5月26日(土)622.7m三角点峰 中ノ沢ノ頭山頂

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2001年5月26日(土)中ノ沢ノ頭山名標

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2015年4月28日(火)622.7m三角点峰 中ノ沢ノ頭山頂

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2015年4月28日(火)中ノ沢ノ頭山名標

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2015年4月28日(火)中ノ沢ノ頭三角点

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2015年5月1日(金)中ノ沢ノ頭山頂

雨乞山(あまごいやま)

標高590m。 穴沢右岸、中ノ沢ノ頭の南東にある山。飯能市。

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2015年5月1日(金)590m圏峰 雨乞山山頂

『あしなか 第213号 P2』略図にある山名で、柏木橋から柏木林道に入り、八幡神社の裏から尾根に取り付くが、笹薮と急登があり、たどり着くのが困難な山頂である。
山頂は、樹林に囲まれ展望が無いが御神木と思われる杉の大木があり、かつては雨乞いの神事が行われたことを思わせる。

越上山の雨乞いと同じように、南東の穴沢に釜淵があり、ここで雨乞いをした後、この雨乞山に登ったのだろう。

釜淵には、次のような龍の伝説がある。

昔、釜淵には龍が住んでいて、伯林寺に近い入間川の鬼丸淵と地下で通じていた穴から行き来していたらしい。
この龍は近くに住む機織りの娘に恋をしていた。
人寄せなどで膳椀が必要なときは、釜淵に来て龍に頼むと貸してくれた。
ある時、借りた器を壊してしまった人がいて、それからは膳椀は浮いてこなくなったそうだ。



『埼玉の川を歩く 飯野頼治 著 さきたま出版会 P17』

『ものがたり奥武蔵 P155』にも同じような話が書いてあり、こちらの龍は沢の入口に池を作ろうとしたができなかったという話がある。
この他『名栗の民俗 上 P340』にも「釜淵の竜神様とお膳」というタイトルで同様の話が書いてある。



登中(とっちゅう)

標高501m。 花桐川左岸、伊豆ヶ岳の北北東にある山。飯能市。

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2015年5月2日(土)501m峰 登中山頂

登中 トッチュウ

前ノ沢の東。
大蔵山と花桐の途中だと簡明な説明を土地の古老から伺った。
なるほど地図でみるとそのとおりである。
もっとも栃生(トチウ)⇒途中も考えてみたい。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P165』

南西の旧南川村 大多比良、北の登中、南東の花桐の三つの小字の境界が交わる山頂。
『あしなか 第213号 P2』略図では、この山を笠岩(かさや)としているが、それらしい岩は見つからない。
しかし、『飯能市史 資料編 Ⅺ』でも花桐に笠岩の小字があるとしており、花桐の西端になるので、ここが笠岩であってもおかしくないことになる。
真相を確かめるために再調査が必要な山である。

参照⇒笠岩

奥武蔵には、原市場の登戸(ノボット)をはじめ、いくつかノボットという地名があり、「坂道を登ったところ」というのが由来のようである。
登中にも、ムジナ峠を越える坂道があり、登りの途中だからトッチュウといったのも頷け、ノボットの親戚のような地名なのである。

参照⇒登戸


明るくなった近ヶ坂峠

2016年12月19日(月)
都留市駅~近ヶ坂入口バス停~近ヶ坂峠~鍵掛峠~向峠~大岩山(大岩ノ頭)~屏風岩山~初狩駅

ほんとは、昨日の18日にも踏査へ行く予定でしたが、夜勤明けで昼まで寝てしまい、行けませんでした。
やっぱり、昼夜交代勤務は、山行に向いてないですね~。きつい~。
今日は、Dさんと近ヶ坂峠に行く約束をしていたので、不眠症気味で睡眠不足ですが、なんとか起きて出かけます。
都留市でDさんと合流して、近ヶ坂入口バス停を過ぎると、染色工場跡の石標を発見。
いったい何を染めていたんでしょうかね~。

戦国時代の武将、小山田信茂も越えた歴史のある峠道で、近ヶ坂往還の道標があります。
近ヶ坂峠が近づくとだんだん雰囲気が良くなって来て、峠に到着します。

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近ヶ坂往還入口

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大岩の上の石仏

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支流の滝

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新しい木橋

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落ち葉の積もる峠道

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鍵掛峠分岐

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近ヶ坂峠付近は明るい峠道が復活!

以前来た時、2006年~2007年頃は、灌木とシノヤブが酷く、倒木もあって、どこが近ヶ坂峠なのかわからないほどでしたが、嘘のような明るい近ヶ坂峠になっていて、びっくりくり~w(☆o◎)w
この峠は好きになるわ~。

ここから石仏が良く見えるので、パンを食べた後、行ってみることにしました。
二体あって、一体は割れていたのか、補修された跡があります。
以前歩いた時は北側を歩いてしまったので見つけられませんでした。
南側は灌木の藪が酷くて、まったく歩けなかったのです。
それにしても、明るくなった近ヶ坂峠は素晴らしい!

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2007年1月27日(土)ヤブヤブの近ヶ坂峠 下の画像と比較してみて~!(ほぼ同じ場所から撮影)

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2016年12月19日(月)向こうから早馬が来そうな雰囲気の近ヶ坂峠

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西側から明るい近ヶ坂峠を見る

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石仏は谷村方面を見ている

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2006年12月16日(土)近ヶ坂峠 10年後左の木の手前に指導標が立った

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2007年1月27日(土)近ヶ坂峠 左の枯れ木は撤去されている とにかく灌木がすごい!

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2016年12月19日(月)明るくなった近ヶ坂峠

荒れ放題だった、近ヶ坂峠が復活したのは、まことに喜ばしいことです。
この峠は何度も訪れたいですよ!
くどいようですが、明るくなった近ヶ坂峠は素晴らしい!

高川山方面も以前は、猛烈なシノヤブだったのですが、すっかり歩きやすくなっておりました。
鍵掛峠で、ザックを置いて、先ほどの分岐まで地形図破線路を踏査します。
崩壊箇所やシノヤブがあって、上半分が廃道です。
下半分は、畑があったような平坦地が広がっており、雰囲気が良いです。
下の指導標に、鍵掛峠とありますが、物好き以外は入らない方が良いです。

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鍵掛峠から金井方面の峠道へ

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崩壊が激しく廃道っぽい…

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崩壊してる

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シノヤブの峠道

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この辺は良い雰囲気

崩壊の激しい峠道を引き返す気になれず、もう一度近ヶ坂峠へ向かい、鍵掛峠へ出ます。
ザックを回収して、横木を跨いで、左のトラバース道(地形図破線路)へ
『峠のむこうへ』さんの鍵掛峠プレートがひっそりとかかっておりました。
左後方から、近ヶ坂峠からの道と思われる道を合わせると、崩壊の激しいトラバース道になり、肝を冷やします。
この道は廃道ですね~。
久しぶりに、ドキドキしてしまいました。

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鍵掛峠~向峠の地形図破線路へ 倒木越えが厳しい!

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崩壊して危険なトラバース道

向峠に着くと、行けないように横木があります。
かなり厳しい道なので、物好き以外は入らない方が良い道です。
一般には、尾根上の道を使うのが良いです。

大岩山では、岩殿クラブが設置していた、山名標があったはずですがありません。
10年経ってますからね。

屏風岩山からは、相変わらずの好展望で、富士山をはじめ、三ツ峠山~滝子山~雁ヶ腹摺山まで見えます。
やっぱりこの山にして良かった~!
ここからの下りは落ち葉で滑りやすいので木につかまりながら下りました。

左から林道をかすめた後、シノヤブが酷い道になりました。
10年前は、これほどひどくなかったんですけどね。
手入れがされていないのでしょう。
車道に出たらホッとしましたよ。

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屏風岩山からの富士山

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薮好きにはたまらない道?(笑)

初狩では、ちょうど電車が来て、平日の14時過ぎは空いてますね~。
正月は有休を使って10連休にしたので、今から計画を練りま~す。

笠岩(かさや)

標高598m。 花桐川左岸、伊豆ヶ岳の北東にある山。飯能市。

南の旧南川村 丸山、北の柊木の境界にある山。
『飯能市史 資料編 Ⅺ P166』小字花桐に笠岩(カサヤ)とあり、『あしなか 第213号 P2』略図では東の501m峰を笠岩としているが、このピークではそれらしい岩が見当たらない。
598m峰の岩が半円形で岩の形に見えるので、これを笠岩としたが、501m峰の可能性もあるので、再調査が必要である。

ムジナ峠の位置は間違いで、501m峰の西鞍部が正しいようだ。
申し訳ございません。

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2015年5月2日(土)岩場を登る

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2015年5月2日(土)598m峰 笠の形に見える

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2015年5月2日(土)岩峰

峰ノ山(みねのやま)

標高426m。 花桐川左岸、天久保山の西にある山。飯能市。
別名:峰・上ノ峰

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2015年5月2日(土)峰ノ山山頂

北の旧南川村 下長岡、南の阿奈喜里口の境界にある山。

長岡は、この尾根が長い尾根なのでその名が生れ、正蔵院の山号、長岡山にもなった。

『ものがたり奥武蔵 P17』略図には、上ノ峰と書かれていて、略して峰とも呼ばれていたようだ。

『あしなか 第213号 P2』略図には、峰(峰ノ山)とある。

峰は、山頂のことであるが、尾根筋のことも峰というので、尾根の盛り上がりということであろう。
また建築用語の棟(ムネ)も関係していて、語源は、ミ(御)・ネ(ナ=大地の転)である。
mineは、かなり古い言葉で、ラテン語のmirene(突き出る、そびえる)という語もmin-という語根から派生した語であり、山を意味するラテン語mons、フランス語mont、英語mountは、min-が変形したmon-が語根であり、世界的なつながりがある語であるのが面白い。

丸山(まるやま)

標高640m。 花桐川左岸、伊豆ヶ岳の北東にある山。飯能市。

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2015年5月2日(土)丸山山頂

丸山 マルヤマ

滝ノ入の西の山中で人家は全くない。
滝ノ入の沢道から丸い山に見えることでいうか。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P166』

奥武蔵登山詳細図範囲内で7座あるうちの1座。

山容が尖っておらず、丸みを帯びている山に多くつけられる山名。

北西の旧南川村 実谷(ジッコク)、北東の柊木(ひいらぎ)、南の丸山の三つの小字が交わる山頂。

実谷は、十曲を音読みしたもので、胸突き八丁の急坂が由来。
十国峠(一説には、十国が見えるから)、十石峠もつづら折りの峠道が由来であろう。

宮地山からセーメーバン

2016年12月12日(月)
林沢戸入口バス停~宮地山~セーメーバン~桜沢峠~葛籠峠~笹平~稚児落とし~サンコート大月前バス停

今日は、私を含めて5名で宮地山周辺の踏査をすることになりました。
最初は、大峠までタクシーまで行こうとしていたのですが、林道が冬期閉鎖になったようなので予定変更したのです。
平日はバス便が多く、猿橋から奈良子行きに乗って、林沢戸入口(はやしさわどいりぐち)バス停で下車します。
バスが引き返してくると、小学生が数人乗っていたので、スクールバス的な利用がされているようで、土休日運休というのも頷けます。

以前、大月市指定文化財第一号の宝鏡寺薬師堂(廃寺)から宮地山へ行ったことがありますが、裏に新しい林道ができており、周囲の様子が一変していて、びっくりしました。
残念ながら写真撮り忘れました。
そんなわけで、歩いたことのある薬師堂からの道では無く、用沢から登ることにします。
入口に道標の類はありませんが、意味深な石造物があるので、その道を入ると、なんと!
石畳じゃあ~りませんか!
昔ながらの道を歩けるのは、テンション上がりますね~。
古い土蔵なんかもあって、見応えのある集落です。
鹿柵扉が出て来たので、引き返そうかと思いましたが、相棒がそのまま進むので、ついて行きます。
橋を渡ってまた扉です。
尾根を回り込むところにまた扉があって、ここから登って行くようです。
整備された歩きやすい道で竹林の中を上がって行くと、墓地がありそこから先は道が細くなり、炭焼き窯跡を見るとますます道が細くなって、倒木?
いや倒竹か?
とにかく竹が倒れたのが出て来て、ちょっと怪しい感じになってきます。
ケーブルを見ると明るい尾根に乗って、後はそのまま尾根上を歩けば良い感じ。
雑木の雰囲気が良くて、なかなか良い尾根ですが、下りにとると道形が薄いので、迷うかもしれません。

右から巻道らしい道を合わせると、薬師堂経由チームと合流して登って行きますが、落ち葉が溜まる歩きにくい道でその上急登。
何度も足を滑らせ体力を消耗して行きます。
以前歩いた時は、こんなきつい登り二度とゴメンだ!
なんて思いながら登ったのですが、そんな苦痛を忘れてまた来てしまったのです。

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入口

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鹿柵扉

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炭焼き窯跡

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合流!

何度か休みながら登ってようやく急登が終わると、宮地山の肩とでもいうべき、山神平に着きます。
ここには、文字が摩滅して読みにくいですが、山神大権現があります。
傍らには、なぜか馬の置物がありますが、馬頭観音と勘違いして置かれたのでしょうか?

この山神大権現は、宮地山の由来に深く関わっていて、山麓一帯が神社領であったことから宮(神社)の土地になっている山という意味で、宮地山と名付けられたようです。
ですから宮路山の方は当て字のようです。

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馬頭観音ではありません!山神大権現です!

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宮地山(宮路山)

冷たい風が吹き抜ける宮地山を出ると、ショウジ峠となり、用沢からシロイハタへ抜ける峠道が越えておりますが、北側は歩けるかどうか不明です。
岩科本には、ショウジ坂とあります。
荒れて歩きにくい川沿いを歩くより、安定した峠越えの道が利用されていたようです。
幅の狭い道を小路といいますので、そこから峠名が出たようで、宮路山の当て字にも影響を与えたようです。

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ショウジ峠(ショウジ坂)

大垈山の東で2チームに分れて、南下します。
セーメーバンはカタカナだし、山名語尾が無い山なので、不思議な山名です。
岩科本には、安倍清明が村人のために水路を作ろうとしていたが鬼に騙されて憤死したという伝説があります。
安倍清明といえば、映画化もされた有名な陰陽師です。
京都からわざわざここまでやって来たのかどうか疑問が残ります。
水路の跡は、大垈山の窪地として残っているそうですが、私はまだ見たことがありません。
『奥秩父と大菩薩の山々 実業之日本社 P270』によると、「狭い場」が転訛したのではないかとしており、私もその説には納得です。
狭い場⇒センメーバ⇒セイメイバンというように転訛したと考えられます。
この説は浪漫に欠けているのですけどね。

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セーメーバン(清明盤)

桜沢峠、葛籠(トズラ)峠で分かれて、単独で踏査しますが、さすがに疲れてきましたよ。
葛籠峠は、その昔、浅利式部が鬼退治をして、その首を葛籠に入れて運びましたが、重くなって運べなくなり、葛籠を捨てたところが葛籠峠となったという伝説があります。

富士山景勝地で富士山を眺め、その先のピークから、急下降です。
プラ製階段がありますが、滑ったら崖に落ちてしまうので、想像するとえらい怖いです。
稚児落とし経由で車道に出ると、ちょうどバスが来るところで、大月駅で打ち上げに合流。

二次会のうづきは、駅前再開発の前に行ったことがありますが、夜もやっているとは知りませんでした。
隣の女性に話しかけられたりして家庭的な飲み屋です。
おでんと餃子がうまい。

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富士山景勝地からの眺め

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百蔵山と扇山

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急な下り

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大月駅前

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いろり亭

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うづき

琴平山(ことひらやま)

標高620m。 大蔵山川左岸、松茸山の南にある山。飯能市。

北の旧坂元村 柿ノ久保、西の旧南川村 仁手ノ久保、南東の旧南川村 大蔵山の三つの境界が交わる山。
『ものがたり奥武蔵 P17』略図にある山名だが、西側がガーデンハウスのバリケードで進入できないし、東側もルートが不明であったため、踏査ができず未踏の山である。

『飯能市史』によると、古さびた小社があるらしいので、そこが琴平山なのかもしれない。
昔は山の上にも民家があったそうなので、それらの信仰を集めていたのだろう。

松茸山(まつたけやま)

標高550m。 高麗川右岸、川越山の東にある山。飯能市。

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2015年5月20日(水)松茸山山頂

北のシャリクリ、南東の中平、南西の二ノ渡戸(にのわたど)の境界が交わる場所に山頂がある。
『ものがたり奥武蔵 P17』略図に見える山名で、かつては松茸が採れたらしい。
正丸から登って行くと、擁壁階段から雨乞山までかなりの急坂なので、下りは不向き、登りにとるのがおすすめ。
その後も東の岩場にぶつかってしまい冷や汗をかきながら山頂に立ったが、南にちゃんとした迂回路があったので、調べ直した。
踏査時には、よくあることである。
山頂は、枯れた松が横たわり、薮山の雰囲気が漂っていて、松茸も採れそうな場所。
南へ少し行くと展望が広がり、山頂から西へ進むと岩場になるので、これも北から迂回することになり、人を寄せ付けない雰囲気がこの山の魅力の一つになっている。

シャリクリは面白い地名だが、『飯能市史』によると、「砂利石の多いえぐられた場所」という意味だそうだ。
「お茶に栗を添えて山に行く人を接待したので、茶に栗といったと伝えている」という面白い話もあるが、後から付け足した話である可能性が高い。

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2015年5月20日(水)東の岩場

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2015年5月20日(水)西の岩場

松尾山(まつおやま)

標高620m。 岩井沢左岸、刈場坂峠の南東にある山。飯能市。

松尾(マツオ) マツウ

舟久保の西南、越生みちだが左すれば檥峠にでる。
松尾は尾根の松による命名であろう。
日影指との境に小さな馬頭尊石仏があり、「安永三甲午三月吉祥日/秩父郡北川村之内岩井沢」と刻み、更に願主3名がのっている。
近くに二反田と呼ばれる土地もあり、水田もあったのであろうが、作柄の良いはずはない。



『飯能市史 資料編 Ⅺ P162』

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2015年5月28日(木)620m圏峰・松尾山山頂

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2015年5月28日(木)松尾山の北、越生みちにある馬頭観音

『ものがたり奥武蔵 P57』略図と『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』にある山名。
西の石風呂、東の北袋の境界にあり、松尾は北東にあって、松尾山とは接していないが、由来となった松がこの山頂にあったのかもしれない。

喜多川神社の西の枝尾根を登ってしまったが、『奥武蔵ハイキングマップ 私家版』によると、更に西にジグザグに登る良い道があったようなので、再調査の必要がある。

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2015年5月28日(木)松尾山への好ルート?左? 右は喜多川神社へ

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プロフィール

池田 和峰

Author:池田 和峰
2015年から奥武蔵登山詳細図を手伝うことになりました。

奥多摩登山詳細図(西編)などに名前が載っています。

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